日銀の当座預金には巨額の資金が積み上がっている


 日銀の黒田東彦総裁の続投が固まった。2期目の黒田氏は、量的緩和策について従来路線を堅持しつつ、徐々に出口戦略に舵を切るというのが一般的な見方だが、岩田規久男副総裁の後任には、リフレ(通貨再膨張)論者である若田部昌澄氏が就任する。若田部氏は現実路線を選択する可能性が高いが、場合よっては、出口戦略が後退し大規模緩和が継続となる可能性もある。

 このところ量的緩和策の弊害について指摘する声が高まっており、一部の識者は、当座預金に積み上がった巨額のマネーが予想外のインフレを引き起こすリスクについて懸念している。

 このまま緩和策が継続された場合、当座預金の円資金はどうなるのだろうか。

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当座預金には368兆円もの資金が放置されている

 一昨年末、日本の政府債務に関してちょっとした論争があった。当初は過大な政府債務の是非というニュアンスだったが、議論の中身は次第に日銀当座預金の位置付けに変わっていった。論争そのものは、少々テクニカルなものだったが、うずたかく積み上がった日銀当座預金が市場にどのような影響を与えるのかというのは、多くの人にとって関心の高いテーマだろう。

 ちなみに2018年1月末時点において、日銀は446兆円の国債を保有しており、当座預金には368兆円の現金が積み上がっている。銀行は融資先の開拓に苦慮しており、国債売却の代金として振り込まれた資金を活用できず、ただ預金している状態にある。

 これを金融業界では「ブタ積み」と呼んでいるのだが、適切な使い道がない以上、このマネーは今のところ市場には出回らない。日銀は当座預金の活用を促すため、残高の一部にマイナス金利を設定したが、あまり効果は上がっていない。

 だが、数字だけから判断すれば、これだけの規模の当座預金が存在するということは相当なインフレ要因となる。日本の名目GPD(国内総生産)は約540兆円だが、ほぼ同額の現金が何にも使われず余っている現状を目の当たりにすれば、これを放置した場合、インフレが加速すると考えるのは自然なことだ。

 だが日本はインフレが加速するどころか、2%のインフレ目標ですら達成できていない。その理由は、デフレ傾向があまりにも顕著で、お金の使い道がなく、当座預金が市中に出回る見込みがないからである。

 つまりインフレが発生するためには、当座預金からマネーが引き出される必要があり、逆にいえば、当座預金に資金がとどまっているうちは物価目標を達成できない(言い変えればインフレを抑制できる)ということでもある。

官邸は大規模緩和の継続を望んでいる?

 日銀の量的緩和策は期待したほどの成果を上げられなかったが、米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)はすでに量的緩和策を終了し、金利の引き上げフェーズに入っている。またECB(欧州中央銀行)も欧州の景気回復を背景に、出口戦略に舵を切り始めた。

 日本だけが大規模な緩和を継続した場合、為替市場などへの影響が大きくなってくることから、徐々に出口戦略に舵を切ると市場は予想している。実際、日銀は2017年に入って国債の買い入れペースを急激に減らしており、現時点では、当初の目安であった年間80兆円の半分以下である30兆円台にまで縮小している。

 黒田氏の続投も想定内であり、氏は量的緩和策の継続を主張しつつ、出口戦略としての色彩を強めていくというのが市場のコンセンサスであった。

 だが、副総裁である岩田氏の後任に若田部氏が内定したことで、必ずしもそうではなくなる可能性も浮上してきた。

 岩田氏は典型的なリフレ派の経済学者だが、若田部氏もリフレ派として知られる。若田部氏は現実路線に転じるとの見方が多いが、一時期は、副総裁候補として安倍首相の経済ブレーンである本田悦朗氏の名前も取り沙汰されていた。少なくとも、官邸は大規模緩和継続を望んでいるようにも見える。もし、若田部氏が従来のスタンスを変えなかった場合、出口戦略はかなり後にズレ込む可能性が高まってくる

 しかしながら、量的緩和策を継続しても、すぐに2%の物価目標が達成される可能性は低く、そうなってくると、当座預金にはさらに大きな金額が積み上がる。大規模緩和継続となった場合には、近い将来、金利の急騰と予想外のインフレを招くとの指摘が増えてくることは間違いない。

当座預金の市中流出を防ぐのに必要な原資とは

 では、仮に国債の金利が上昇を開始し、思った以上にインフレが加速すると仮定した場合、どのようなことが起こるだろうか。

 現時点では、当座預金の引き出しを促したところで、まったくお金が動かない状態だが、いざインフレとなれば話は別である。インフレが進んでいるにもかかわらず、現金を遊ばせてしまうと、銀行は事実上、巨額の損失を抱えてしまう。銀行は真っ先に当座預金から資金を引き出すに違いない。現時点ですでに数百兆円に達する巨額の資金が市中に溢れた場合、これがインフレを一気に加速させるのはほぼ確実である。

 こうした事態を回避するためには、当座預金には市場金利と同レベルの利子を付与する必要が出てくるだろう。市場金利に応じた利子を付与し続けることができれば、これらのマネーは市中に出回らず、インフレを抑制する作用をもたらすことになる。

 問題はその利子の原資である。金利が3%に急騰し、当座預金には500兆円の資金が預けられていると仮定すると、日銀は毎年15兆円の利子を付与しなければ、当座預金からの引き出しを防げない。

 日銀が得られるシニョリッジ(通貨発行益)は、取得した国債から得られる利子であり、その金額はおおよそ1兆6000億円である。コストを差し引いた日銀の経常利益は約1兆円しかなく、15兆円の利息を毎年捻出することはほぼ不可能である。

 ここから先は“イフ”の話であり、この原資を国民負担で捻出するのか、預金の引き出しを制限するような政策を実施するのか、それとも引き出しを黙認するのか、その時になってみなければ分からない。

 だが、量的緩和策が今後も長期にわたって継続となり、加えて、日本でも物価上昇が本格的にスタートした場合には、当座預金の問題が再度、浮上してくることになるだろう

日本でインフレを抑制するのは極めて難しい

 こうした議論に対しては、デフレマインドも払拭されていないうちにインフレの議論を行うのは拙速だとの意見があり、それももっともである。だが日本社会の特質を考えた場合、一旦、発生したインフレを止めるのは容易なことではないというのも確かだ。

 米国は1970年代に深刻なスタグフレーションを経験したが、最終的にはボルカーFRB議長(当時)がFF金利(米国の基準となる政策金利)を一気に20%まで引き上げるという荒療治でインフレを乗り切った。今となっては、当時の雰囲気を直接知ることはできないが、相当な混乱が発生したことは間違いない。

「石頭」「頑固」と揶揄されたボルカー氏は、激しい批判を受けてもまったく動じなかったが、ニクソン政権時代のFRB議長だったバーンズ氏は政治的圧力に抗しきれず、インフレの最中に金利を引き下げ、物価上昇をさらに加速させるという大失態を演じている。

 米国ですら世間の圧力に逆らってインフレを退治するのは容易なことではない。ましてや「空気」に支配される日本ではなおさらのことだろう。

 実際、1980年代のバブル経済時には、不動産価格や株価の異常な高騰を抑制する引き締め策が、世論の圧力で何度も撤回させられている。インフレが始まったら計画的に引き締めに転じればよいというのは、日本ではかなり難しいと思った方がよい。

 総務省が発表した2017年11月の完全失業率は2.7%と24年ぶりの低さだった。日本のフィリップス曲線(インフレ率と失業率の関係を示したグラフ)を見ると、失業率が2.5%を切ると急激にインフレモードに突入する。

 仮に量的緩和策が継続となり、人手不足の深刻化からさらに失業率が低下するのだとすると、インフレになる確率はさらに高まってくる。デフレ脱却の実現と想定外のインフレは、ほぼ同時にやってくるかもしれない

筆者:加谷 珪一