男同士の「イチャイチャ」はそんなに異質ですか?(写真:tkc-taka / PIXTA)

女性の育児や仕事など、女性の問題ばかりが取り上げられるこのご時世。
しかし、男だって「男ならでは」の問題を抱えて生きづらさを感じています。男が悩むのは“女々しい”!? そんなことはありません。男性学研究の精鋭、田中俊之先生がお答えします。

※お悩み相談はこちらの投稿フォームへ

■今回の相談
高校生です。クラスにとても仲の良い男子A君がいます。とても仲がいいのでしょっちゅう手をつないだり抱き合ったり、俗に言う「イチャイチャ」をしてお互いに楽しい学校生活を送っています。
私たちはお互いに「友だち」という意味でイチャイチャしているのですが、どうやら周囲の人からは同性愛者なのではないかとうわさされてしまい、冷ややかな視線を浴びることもしばしばあります。「友だち」という意味でイチャイチャしてる証拠に、A君には彼女がいて、私には好意を寄せている女性がいます。たまに好きな女優の話もするので、私たちは世間がイメージするような男子高校生だと思います(何が言いたいかというと私たちは同性愛者ではないのですが、別に同性愛そのものを否定しているわけではありません)。
ここで私にとって重要な問題が起こるのですが、私は前述したとおり好きな女性がいて交際に至りたいのですが、なかなかうまくいっていないのが現状です。その理由に単純に私自身になにか問題があるのであれば私自身が直せばいいと思えるのですが、A君とイチャイチャしているということも影響しているかもしれないと考えると残念というか、ガッガリした気持ちになります。
またほかにも問題があって、実は私はタイと日本のハーフであり、周囲の人にも公表しています。タイにはいろんな性の方がいて、知り合いにもいるので普通だと思っているのですが、周囲の人のタイのイメージのひとつにLGBTの人が多いというのがあって、それが私がA君とイチャイチャしていることに合致してしまい、同性愛者という根拠を強めていることがつらいです。
全部自分が気にしなければいい話なので普段は気にしないでいますが、先生の記事を読んで共感とか納得とか、なにより私はなにもおかしくないんだな、と実感しました。悩み相談というより愚痴をこぼすような拙い内容になってしまいましたが、お忙しい中最後まで読んでいただきありがとうございました。
(匿名希望)

まずは落ち着いてください。

性別をめぐる悩みや葛藤は、本人の意識の問題とされがちです。たとえば、#MeTooをきっかけとして、女性がいかに性的な被害を公にできないまま抱えてきたかが、あらためてクローズアップされました。


この連載の一覧はコチラ。※読者の皆様から田中先生へのお悩みを募集します。「男であることがしんどい!」「”男は○○であるべし”と言われているけれど、どうして?」というお悩み・疑問がある方はこちら

しかし、こうした動きに対して被害を訴える女性の考えすぎではないか、過剰反応ではないかといったリアクションがあります。女性差別の歴史やそれを生み出す社会構造への理解を欠いた主張なのですが、残念ながら一定の支持を得てしまっている状況です。とりわけ子どもの頃からスマホと一緒に育った若い世代では、ネットを中心としたこうした風潮も気になり、自分の意識の問題だと思ってしまうのかもしれませんね。

男性が男性だからこそ抱えてしまう悩みや葛藤、つまり、自分の性別が原因となって抱えるモヤモヤを、適切な言葉に置き換えて問題解決に導くことは男性学の重要な使命です。「自分が気にしなければ」などと思う必要はありません。一緒に考えてみましょう。

異性愛が「普通」であるという「ルール」は変わってない

前回(「男同士のイチャイチャ」はなぜ"危険"なのか)も書きましたが、現代の日本社会には、男性は同性愛者と誤解されるような言動を慎まなければならないという(暗黙の)ルールがあります。そのため、男同士でイチャイチャ、ベタベタすると同性愛者なのではないかとの疑いをかけられます。ただし、そうした行動をしないからといって、異性愛者であることの証明としては十分ではないので、女性への性的な関心を示したり、同性愛男性への嫌悪を表明したりする必要があるわけです。

中高年の世代と比較して、若い世代では同性愛差別はダメなことだという理解が広がっています。実際、匿名希望くんも、「私たちは同性愛者ではないのですが、別に同性愛そのものを否定しているわけではありません」と書いていました。仲良しのAくんとの関係を「同性愛じゃない!」と強く否定することは、同性愛差別につながると理解できているからこそ、自然にそのような言葉が出てくるのです。同性愛を「おかしい」とみなしているかのような発言をすれば、きっとクラスメートも匿名希望くんは同性愛者を差別するなんてひどいヤツだなと思うでしょう。好きな女の子にも嫌われてしまう可能性もあります。

しかし、その一方で、今の高校生の間でも、異性愛が「普通」であり、同性愛は「おかしい」というルール自体に大幅な変更があったわけではありません。

先日のバレンタインデーは盛り上がりましたか?(ひょっとすると好きな女子からチョコレートをもらえて、すでに悩みが解消しているかもれませんね)。日本においてバレンタインデーは、女子から男子にチョコレートを渡すことで、自分の好意を伝える日になっています。確かに、告白は男子から女子にするものという通常の告白パターンが逆転していますが、男子は女子を、女子は男子を好きになるという前提は同じです。恋愛的な感情は、異性に向けられるものだという常識が根強く残っていることがわかります。

男子である匿名希望くんにとって、好きな女子との距離を縮めるためには、同性愛者かもしれないという「誤解」は大きな壁です。だからと言って、「同性愛者ではない!」と強い否定はできません。そのうえ、表面的には差別的な言動が規制されているにもかかわらず、依然として若い世代でも、とりわけ男子の同性愛的な振る舞いには、周囲からの冷ややかな視線がある。出口のない迷路に閉じ込められているようなものですから、モヤモヤしてしまうのは当然です。

アジアの国々に対する構えから発生している問題

さて、今回のモヤモヤには、親がタイ人と日本人であることがかかわっているかもしれないとのことでしたね。テレビと特定してもいいと思いますが、日本ではマスメディアを通じて、タイと言えばムエタイと「オカマ」(さげすみの意味を含む差別語ですが、この表現が実際にされていたのでそのまま使います)という2つのイメージが流布されてきました。

バラエティ番組で、ムエタイ選手がタレントのお尻にキックをするのは罰ゲームの定番になっていますし、かつてはパリンヤーさんが「オカマキックボクサー」として「重宝」されていました。男なのに女みたいな振る舞いで、それにもかかわらず強いムエタイ選手であるというギャップから、「笑い」にされていたのです。

当時のパリンヤーさんは体は男性だけど、心は女性です。選手を引退後は性適合手術を受け、心だけではなく体も女性になっています。彼女の半生はタイで映画化もされました。

「オカマキックボクサー」という扱いが、本人にとって愉快なものではなかったことは容易に想像がつきます。そもそも、ムエタイはキックボクシングではないので、この点からもタイに対する無理解がうかがえます。最近でも、昨秋のプミポン前国王の葬儀はタイでは国民的な関心を集める大きな出来事でしたが、日本で大きく報道されることはありませんでした。

非常に残念なことですが、日本においてタイに対する関心は高くなく、そのため、ムエタイと「オカマ」というイメージだけが人々の印象に残ってしまっています。したがって、この点についても、匿名希望くんの自意識過剰などではありません。日本のタイを含めたアジアの国々に対する構えから発生している問題だと言えます。

これを機会に匿名希望くんが考えてみる必要があるのは、好きな女子と付き合いたい気持ちとAくんと仲良くしたい気持ちの間に、それほど大きな差があるのかどうかということです。もし、意中の女子がほかの男子とイチャイチャしていたら嫌ですよね。同じように、Aくんが自分以外の男子とイチャイチャしていても悲しくなりませんか。

異性愛/同性愛という区分は、異性愛を「普通」とする社会が要求するもので、実際に他者への好意をそのような基準で明確に隔てることはできません。もし、この境界線に生物学的な背景があるならば、日本とタイで同性愛者を含むLGBTの方々に対する認識が違うことはありえないはずです。言葉を変えれば、どのような社会で暮らしているかによって、同じ問題についての人々の反応が異なるということです。

自分の抱えているモヤモヤを、社会の問題につなげて考えられるような社会学的想像力を身に付けましょう。もちろん、高校生にとっては友情や恋愛も大切です。ぜひ有意義な高校生活を送ってください。