静岡県の富士川にかかる橋を渡る東海道新幹線。世界に誇る秀麗な景色の裏で、静岡県とJR東海は長年にわたって熾烈なバトルを繰り広げてきた(写真:Mt223N/PIXTA)

スズキ、ヤマハといった名だたる大企業が本社を置く静岡県浜松市。人口約80万人を擁する政令指定都市である。ウナギの養殖で有名な浜名湖をはじめ観光資源も豊富だ。


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にもかかわわず、東京からの交通利便性は必ずしも高いとは言えない。東京―大阪間の新幹線は1時間に片道17〜18本運行することもあるが、浜松駅に停車するのは基本的には1時間に片道3本のみ。しかも、速達タイプの「のぞみ」は浜松駅を素通りし、「ひかり」と「こだま」しか止まらない。

東京―浜松間の所要時間はひかりなら1時間半程度でそれなりの速達性を維持しているが、こだまの場合は途中駅で後から来るのぞみの通過待ちがあるため、所要時間は2時間近くになる。

「スピード化」から取り残された浜松

たとえば、浜松への日帰り出張を済ませて東京に戻る場合、毎時11分発のひかりに乗れば、1時間半後に東京に着く。だが、仮にタッチの差で乗り遅れて次の毎時21分発のこだまに乗ると、東京までの所要時間は40分近く違ってくる。


浜名湖のそばを通過する東海道新幹線。近くにある浜松駅の交通利便性は決して高いとは言えない(写真:tuccy1968a/PIXTA)

毎時21分発のこだまに乗れないと、次のこだまが来るまで30分近く間隔が空く。数分間隔で出発するのぞみのダイヤに慣れた出張者の中には、ひかりやこだまの使い勝手の悪さに戸惑う人もいるだろう。もちろん、地元の新幹線ユーザーにも、この状況に忸怩(じくじ)たる思いを持っている人は少なからずいるはずだ。

東海道新幹線が開業した1960年代も、浜松駅に停車する新幹線の本数は1時間に片道3本程度、東京との所要時間も2時間程度。利便性が悪化したわけではない。しかし当時はひかりとこだまを合わせた本数が1時間に片道5〜6本程度しかなく、東京―新大阪間も3時間10分かかっていた。

また、当初は速達タイプがひかり、各駅タイプはこだまと役割が分かれていたが、後に浜松に停車するひかりも登場するなど利用者の声にある程度は応えていた。しかし、1992年にのぞみが登場し、さらに2003年の品川開業でのぞみ中心の運行ダイヤに変わると、のぞみが止まらない浜松はスピード化から取り残されてしまった。

静岡駅も浜松と状況は似たり寄ったりだ。静岡市も政令指定都市で人口約70万人。製造業が集積し、多種多様な工場が日本のものづくりを支えている。富士山世界文化遺産の構成資産に登録された景勝地「三保の松原」も静岡市内にある。だが、やはり新幹線は朝と夜に4〜5本止まる時間帯があるものの、日中は1時間に片道3本しか止まらない。


浜松駅は政令指定都市の玄関口とあって、駅ビルも大きい(写真:kash* / PIXTA)

首都圏を除く政令指定都市は、札幌、仙台、新潟、静岡、浜松、名古屋、京都、大阪、堺、神戸、岡山、広島、北九州、福岡、そして熊本の15都市。新幹線がない札幌と堺を除けば、速達タイプの新幹線が素通りするのは静岡と浜松だけだ。しかも、停車する本数も少ないとなると、政令指定都市の交通インフラとしては脆弱だ。

静岡、浜松だけでなく、熱海、三島、新富士、掛川と、静岡県内の新幹線駅は6駅もある。東海道新幹線全17駅の3分の1を占める。だが、これら6駅すべてをのぞみは通過する。県や沿線自治体がのぞみの県内停車の必要性を訴えた時期もあったが、その声はJR東海(東海旅客鉄道)に届かなかった。

静岡県知事が実質値上げに猛反発

「静岡軽視だ」として、当時の石川嘉延・静岡県知事が不快感を示した一件が2002年に起きた。速達性の高いのぞみの指定席特急料金はひかりやこだまより若干高く、JR東海は、2003年の品川駅開業に伴うダイヤ改正で、ひかりとこだまの特急料金を割高なのぞみと同一にするという考えを打ち出した。これが、のぞみを利用しない静岡県民にとっては実質値上げと映った。石川知事は、「県内を単に通過するだけののぞみは通さないくらいの気持ち」として、県内を素通りするのぞみに「通行税」を課すことを「真剣に検討する」と述べて物議を醸したのだった。

県の強硬姿勢が功を奏したのかどうかは定かではないが、ひかりとこだまの実質値上げは回避された。さらに県や自治体はひかり停車本数の増加をJR東海に迫る。実際、ダイヤ改正の都度、少しずつ改善し、2003年に上下16本だった浜松駅のひかり停車本数は現在34本に倍増、静岡駅も同34本から37本に増えている。


静岡県牧之原市にある富士山静岡空港。高速道路を使うと、東海道新幹線の静岡駅まで約40分、浜松駅まで約50分かかる。空港の真下を新幹線が通る地の利は活かせていない。(写真:KOHEI 41/PIXTA)

交通の要衝、静岡県には「富士山静岡空港」もある。2009年開港という比較的歴史の浅い空港だ。国内便は全日本空輸などが就航して新千歳や福岡など4都市と、国際便はソウル、上海、台北など6都市と結ばれている。2016年度の搭乗者数は61万人。開港初年度で138万人という需要予測とはあまりにも懸け離れている。ただ、最近は国際線が好調で、搭乗者数は少しずつだが増加基調にある。

この空港は静岡駅と掛川駅の間に位置し、空港の真下を東海道新幹線が通っている。空港のすぐそばに新幹線新駅を造って東京と結び、羽田、成田両空港に次ぐ「第3の首都圏空港」としての役割を持たせたい。そう考えた県は空港建設の基本構想策定段階から新駅設置を要望に入れていた。

しかし、JR東海は「新駅は掛川駅と近く、十分な加速ができない区間となってしまう」として、否定的な態度に終始した。当時の報道によると、「JR東海は航空機に乗客を取られるので駅を造らない」という県側の発言に対し、JR東海首脳が、「静岡空港にどんな飛行機が来るのか知りたい」と皮肉たっぷりに応じたという。

リニア工事をめぐり再びバトル勃発

現在各所で建設工事が進むリニア中央新幹線。その東京(品川)―名古屋間は山梨、長野、岐阜の各県を通るルートが中心となり、静岡県は県北部にある南アルプスの約10kmをかすめるのみ。全区間がトンネルで、駅も設置されない。


静岡県は2011年からJR東海に対して、リニア工事におかける環境への配慮を求めてきた。写真は、2014年10月、JR東海の柘植康英社長(右)が静岡県の川勝平太知事(左)を訪問した時のもの(写真:共同通信社)

そのリニア工事に関し、昨年10月、川勝平太知事がJR東海に抗議した。トンネル工事の際、湧き水が出るため、大井川の流量減少が懸念されるというのが県の主張だ。県は2011年からJR東海に対してトンネル湧き水の全量を大井川に戻すことを求めてきたが、6年経ってもJR東海から誠意ある回答がないという。「静岡県がおとなしいのをいいことに(JR東海は)傲慢な態度を取り続けた」「堪忍袋の緒が切れた」など、川勝知事は強い口調で批判した。

JR東海側は、「県を通じて利水者との協定文案を詰め、締結間際だった」として、川勝知事の発言をいぶかりつつも、「導水路トンネルを設置し湧き水のポンプアップなども行い、大井川中下流域の水資源利用への影響を回避する」と説明する。


リニア中央新幹線の建設工事が各地で始まっている。JR東海は2017年11月に品川駅での工事を初公開した。品川駅のリニア開業は2027年で、東海道新幹線の地下40メートルを走らせる計画だ(撮影:尾形文繁)

実は、川勝知事は「リニアは重要な事業」とも発言しており、リニア自体に決して反対しているわけではない。むしろ発言内容で注目したいのは「(静岡県民にとって)何のメリットもないリニアは静岡県にはいらない」という部分だ。裏返せば、静岡県にメリットがあるリニアなら賛成ということになる。

前述のとおり、リニアが静岡県に直接メリットを与えることはないが、間接的なメリットは考えられる。2027年にリニア東京―名古屋間が開業すると、同区間をスピーディに移動したい人は新幹線からリニアにシフトする。つまり、東海道新幹線は現在のひかり、こだまタイプが中心のダイヤになる可能性が高い。

リニア開業で新幹線の利便性向上に期待

そうなれば、静岡県内のひかり停車本数を大幅に増やすことができ、「のぞみ通過待ち」が減ることでスピードアップも図られる。ひょっとしたら空港新駅も実現するかもしれない。JR東海は「リニア開業後は東海道新幹線のダイヤに余裕ができる」としか語らないが、これも裏返せば、過密ダイヤを理由に拒んできた施策がリニア開業後に実現し得る、ということである。

東海道新幹線・東京―新大阪間552kmのうち、静岡県を走る区間は全体の3分の1を占める。静岡県はJR東海にとって重要な経営基盤ともいえる。これまでどこかぎくしゃくしていた両者の関係が、リニア開業をきっかけに改善の方向に向かうかもしれない。