バブル崩壊後の低迷する日本を生きてきた“ゆとり世代”。

諸説あるものの、現在の20代がこの世代に当たるとされる。

外資系コンサルティングファームに勤める瑞希(26歳)も、まさに典型的な“ゆとり”。

高学歴、高収入、容姿端麗。誰もが羨むハイスペにも関わらず、その実態は信じられないほど地味だ。

趣味はNetflix、たまに港区おじさん・水野と出かけるのは庶民的な餃子屋。

会話の弾みで会社の先輩から紹介されてしまったゆとり世代男子・福永と渋々デートした瑞希。しかしまさかの割り勘を要求され、恋愛には更に後ろ向きに...。

そして今週は、団塊ジュニア世代・水野とデートの約束があった。




「…黒以外の服も着るんだね」

コの字型カウンターの真ん中に案内され席に着くと、隣で水野が目を細めた。

瑞希が『フロリレージュ』を訪れるのは、今日が初めてだ。

グレートーンでまとめられた広いオープンキッチンには花が生けられ、本来無機質なはずの空間に柔らかい彩りを加えている。

キッチンできびきびと無駄なく動き回るスタッフ達が、水野に目を止め、軽く会釈した。どうやら彼は、常連らしい。

「餃子食べる時はシミになるので黒着るようにしてますけど、一応他の色の服も持ってます」

「合理的だね。良かった、ナプキンのある店に誘ってみて」

ざっくりとした淡い水色のタートルネックに白いウールの台形スカートという組み合わせは、瑞希のクローゼットの中では数少ない“よそゆき”だ。

正直に言うと、今日どういう恰好で来たものか、むしろどういう顔をして来ようかすら悩んだのだが、リクエスト通り、最大限"デート仕様”にしておいた。

先週の福永とのデートには準備に15分しか時間をかけなかったものの、毎週会っているはずの水野に改めてデートと言われると、なんだかんだ鏡の前で30分近く右往左往していた自分を思い出す。

しかし隣の水野はといえば、濃いカーキのモックネックニットに落ち着いたジーンズ、スニーカーと、極めていつも通りの装いだ。

―なんだ、ちょっと悩んでバカみたい。

どこかで少しがっかりしている自分に気付き、瑞希は内心苦笑いした。


久しぶりに気合を入れたはずのデート。水野の知られざる一面が明らかになる...?


団塊ジュニア世代・水野の知られざる過去


上司や先輩に連れられて高級レストランを訪れる機会は多々あるものの、この店のように、明らかに”デート向き”な店には普段なかなか訪れる機会が無い。

『タイガー餃子軒』では何気なく会話出来ていたはずなのに、場所が変わると急に、どういう話をしたものか戸惑ってしまう。

「…そういえば水野さんって最初日系大手の証券会社だったんですよね?どうして外資系ヘッジファンドに移ったんですか?」

プライベートに踏み込みすぎるのもどうかと、仕事の話を無理やりひねり出す。

「移ったっていうか、移らざるを得なかったというか…僕たちの世代って団塊ジュニア世代って言われてるんだけど、新卒で入社した頃に丁度バブル崩壊してるんだよね。

そもそも同世代の人口が多いから、大学入試も就職活動も超高倍率で、なんとか入った会社のエライ上層部には団塊世代が詰まってて。

その上バブル崩壊ときたからみんな、生き残るだけでも必死でさ。何とかして同期や年の近い先輩達よりも自分の価値を高めようとして、常に競争してたんだよね。

周りがそんな感じだったから、僕も何かしなきゃって会社のMBA奨学金に応募したら運よく通って、MBA取って、会社戻ってきたらロンドン支店に配属になって。

その時のご縁とかもあって、そのままロンドンのヘッジファンドに転職したって感じかな。」




昔話のようにのんびりした語り口で、水野はテーブルの上のグラスをくるくると回した。

自分の話のはずなのに他人事のように聞こえるのは、目の前にいる水野自身と、"競争”というイメージが余りにもそぐわないからだろうか。

前職の話をしただけのはずなのに、想定外に水野の個人的な側面に触れてしまったような気がして、瑞希は少し慌てた。

「なんか…意外です。こう言っちゃなんですけど、水野さんって餃子食べてNetflix見てるイメージしか無かったので」

「はは、今は基本そんな感じだけどね。

ファンドで働いてた頃は本当にキツくて、奥歯が3本も抜けちゃったんだよね。文字通り歯を食いしばってたらしくて。

僕たちの世代はよく、不遇の時代を過ごしてきた、とか言われるけど、僕は今があるのはその頃のおかげだと思ってる。

...だから今の若い子たち見てると、この子たちはいつ、何を、必死で頑張るのかなって不思議に思うこともあるよ」

そう言って瑞希に笑いかける水野の視線をまっすぐ受け止めるのが、少し怖かった。

水野の前で自分の仕事の話などあまりしたことが無いが、瑞希が”歯を食いしばって”何かを頑張るようなタイプでは無いのは分かっているだろう。

冷めている、やる気が無い、無気力…

それで良いじゃない、本人はそれで幸せにやってるんだから、と開き直る気持ちと、不甲斐ない自分をどこか認めたくない気持ち。

両極端の二つの間でゆらゆらと揺れながら、瑞希は無理やり意識を目の前のメインディッシュに戻した。


水野のある一言が、ふたりの関係を大きく動かす!?


「...あれ、今更だけど、上野さんって今吉田さんのチームに居るんだよね?」

11皿という長いコースを食べ終え、食後のコーヒーを啜りながら満たされた気持ちで一息ついていると、ふと思い出したように水野が尋ねた。

「ええ、今月いっぱいくらい一緒のプロジェクトの予定です。…吉田さんがどうかしました?」

瑞希の上司である吉田と水野は、以前何かのプロジェクトで知り合って以来の付き合いだとは聞いていたが、何かあったのだろうか。

自分を見つめる水野の目に、普段には無い、どこか真剣な色を感じた気がした。

...聞き返してはみたものの、嫌な予感がする。




予想外の言葉


ワインペアリングでそこそこの量を飲んでいるはずだが、いつも通り静かな表情で水野が続けた。

「吉田さんがプロボノやってる話、聞いたことある?」

プロボノとは、何かしらの分野の専門家が、無償でその専門知識やスキル・経験を生かした経営資源を提供する、ある種のボランティアのことである。

瑞希の勤めるコンサルティング会社では、数年前からNPO等を対象とするプロボノ活動を推奨している。

業務時間内にある一定の時間を割くことが認められており、プロボノ活動に参加する・しないは個人の自由意志ではあるものの、参加する場合にはその活動での成果が社内評価にも反映される。

「…はい、週1、2くらいでどこかのNPOの活動手伝ってますよね。ちらっとお話は聞いたことあります」

「で、彼がプロボノやってるそのNPO、僕が出資してるところなんだよね」

―水野さんが、NPOに出資・・・!?

特に聞いたことは無かったが、ごろごろNetflixを見てビール片手に餃子を食べているイメージしか水野には無い。

てっきり完全に悠々自適のリタイヤ生活を送っているものとばかり思っていた。

ビジネスに関わっているというだけでも意外だが、ヘッジファンドでバリバリ稼いでいた人がNPOに出資と言うのは更に意外に思える。

毎週『タイガー餃子軒』で餃子を食べながら何を話していたのかと思う程、瑞希は自分が水野のことを何一つ知らないことに改めて驚いた。

「で、吉田さんだけだとまだ手が足りないみたいで。…どう、上野さんも、手伝ってくれないかな?」

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アイデンティティの危機⁈巻き込まれたプロボノ活動で突きつけられた、ゆとりの価値観の限界。