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「AI(人工知能)を導入したのに、成果が出なかった」。そんなボヤキが聞かれるようになった。失敗の原因はなにか。BCGのパートナー・高部陽平氏は「『工場を効率化したい』といった漠然な問題は、AIでは解決できない。現状のAIの特性と限界を知ったうえで、目的を明確化させる必要がある」という――。(後編、全2回)

■現時点のAIはそれほど賢くはない

AIを正しく活用するには、その特性と限界を知る必要がある。現在普及しているAIのベースは、実は20年以上前に開発されたものだ。では、当時の技術と最新AIは何が違うのだろうか。

最新AIの特徴は「自分で学習できる」と「自分で進化できる」の2つだ。専門用語で前者を「機械学習」、後者を「ディープラーニング(深層学習)」と呼び、機械学習の一部をディープラーニングが構成するという関係にある。

AIは豊富なデータを分析して有用なパターンを発見し、そこからさらに学習を重ね、あたかも知能を持つかのごとく「自分で進化」し、未知のパターンを発見する。「機械学習」と「ディープラーニング」によってデジタルが人間の知能に近づいたことが、昨今のAIブームを巻き起こしている。

一般に、AIができると思われていることは大きく3つだ。

(1)「人間のできることを拡張・支援する」
(2)「人間の作業を代替する」
(3)「人間には不可能なことをする」

このうちマスコミではとかく(2)ばかりが注目されがちだが、現時点のAIは人間がやっていることを即座に代替できるほど賢くはない。

■「安全運転」に必要な多数のアルゴリズム

AIの実力を理解してもらうには、現在急ピッチで開発が進む「自動運転技術」を例にとるとわかりやすいだろう。無人で車を動かすには、最低7つの「アルゴリズム」が必要だ。アルゴリズムとは課題に対して必要な解を導くための具体的な手順、つまりロジックのことを指す。

まず、車外の状況を把握するだけでも、3つのアルゴリズムが必要になる。1つ目は、カメラを通じて得られた画像情報を解釈するアルゴリズム、2つ目は、「ミリ波」などを通じて得られた距離情報を解釈するアルゴリズム、3つ目は、外の情報を統合して状況を見極めるアルゴリズムだ。

次に、これらの情報を基に、運転動作に関するアルゴリズムが4つ必要になる。1.早く目的地に着くためのアルゴリズム、2.安全に走行するためのアルゴリズム、3.快適に運転するためのアルゴリズム、そして4.これらを総合的に判断し、動作を決めるアルゴリズムである。車の動作を考える場合、1.の早く目的地に着くロジックだけだと、車は確実に暴走する。しかし、2.の安全ロジックだけだと車は止まったままで動かない。基本的に動かなければ事故には遭わないからだ。そして3.の快適さロジックがないと、いわゆる安全運転には到達しない。そのうえで、3つのアルゴリズムの優先順位を決めるアルゴリズムが必要になる。

ここまでの過程で、既に7つのアルゴリズムが登場している。実際に決めた動作を車が行うには、ハンドルやアクセルなどの動作をつかさどるアルゴリズムも必要になる。

人間ならば無意識下で、しかも一瞬のうちに、「どんな場面においてどのロジックを優先すべきか」を判断しながら運転できる。しかしAIが同じように安全運転をするには、アルゴリズムを設定するだけでなく、それ相応の「学習」が必要だ。

具体的にどうするかと言えば、実際に公道を走り、遭遇するさまざまなケースをインプットする。そして蓄積した無数のデータと各種センサーから送られてくるリアルタイムの情報を統合し、分析しながら有用なパターンを見つけ出す。それを元に学習を重ねることで、もし未知の場面に遭遇しても、「どう動けば安全なのか」を瞬時に判断できるようになっていく。

人間が学習を重ねて少しずつ賢くなっていくように、AIも学習を積み重ねることで「できること」が増えていく。積み重ねた学習の差が将来の差につながるという点では、人間もAIも同じだ。

人間にとって「勉強」が決して楽ではないように、安全運転のために必要な情報をAIにインプットするのは想像以上に地道な作業である。とかく「ウサギが勝つ」と思われがちなデジタルの世界において、自動運転に関してはコツコツ型のカメが最終的には勝つと言われている。

■単機能は強いが、複合的な判断は苦手なAI

一方、医学の分野ではAIの強みと弱みが明確にわかれる分野がある。診断と治療方針決定のサポートである。

一人の医師が経験できる症例の数は限られているが、AIを使えばケタ違いの情報を蓄積できる。しかもその記憶は正確だ。そのような正確なデータベースを元に、患者の症状をリアルタイムにインプットし機械学習させれば、AIは自分で判断しながら診断し、それに合った治療法を見つけることができる。そういう意味で、AIは人間よりもはるかに優秀だ。

ただし、人体は複雑であり、症状が出ていないところに本質的な問題が隠れている場合もある。AIはレントゲンの画像を見て、人間の医師よりも早くそこに映る影を正確に発見できるかもしれないが、それが身体のほかの部位とどう関係しているのかなどを複合的に判断して診察するのはまだ苦手だ。

現時点では、AIはあくまで単機能である。得意とするのは主に「分類」「識別」「予測」の3つであり、活用できる場面はおのずと限られる。

先に触れた医療の話をビジネスシーンに置き換えてみると、「AIを使って工場を効率化したい」という話とよく似ている。AI関係者を悩ませるのは、このような漠然とした問題をドーンと提示され、「AIを使って解決してください」と言われることだ。

現時点のAIが扱える範囲として、「工場」は広すぎる。工場内のあるラインの生産性を上げたいという依頼なら、いくらでもやりようがあるだろう。カメラをつけてラインの動きをモニターしながら、AIが自分で判断してロボットを動かす仕組みを作ることも可能だ。しかし工場全体を俯瞰して、どこに問題があり、それをどう改善すればいいのかを総合的に判断するのは、まだ、人間のほうが得意だ。

鳴り物入りでAIを導入したものの思ったほど成果は出なかったという場合、それは現時点でのAIの能力を正確に理解していないか、過信していた可能性が高い。

■「ユースケース」を決めてから取りかかれ

現状のAIには限界がある。このことを踏まえ、以下ではAIをビジネスの変革に利用する場合の正しい条件を考えてみたい。

各種センサーの発達により、最近はさまざまなデータの収集が可能になってきた。テキスト、画像、音声など、そのバリエーションが広がると同時に、処理するマシンの性能も向上している。だからといって、なんでもかんでも情報を集めて分析にかければいいかというと、そんなことはない。注意すべきは、豊富なデータをどのような基準で整理分類するか、だ。

人間に例えると、AIはまだ言葉を覚えたての子どものようなもの。可能性は無限だが、大きくやろうとすると失敗する。単機能でもできる、小さな問題にまで落とし込んでから導入することが肝要だ。必要なのは「なんのためにAIを使うのか」という目的を明確に決めること。これはあくまで人間の仕事だ。

例えば、コンビニエンスストアに来店する客の購買履歴を分析したい場合。その気になれば、Aさんという客が何月何日の何時何分何秒に来店し、何を買ったかまで詳細なデータを収集し、それを分析にかけることは可能だ。しかし、顧客にとっての付加価値を上げるという観点で考えた場合、はたしてそこまで細かな情報を分析にかける必要はあるのだろうか?

この場合、もしかすると、朝、昼、夕方、夜くらいの大ざっぱなくくりで分類したほうが、ビジネスにとって意味のある結果が得られるかもしれない。

重要なのは、あらかじめ明確な「ユースケース」を決めてからデータを集めることだ。ユースケースとはデータを実際に使用する場面のこと。収集するデータを分析にかけることで、具体的に何を明らかにし、ユーザーの側にどんな付加価値を提供したいのか。その結果、ビジネスとしてどのような成果につながるのか。そうした道筋が見えていないと、データを集めて分析する意味はない。

例えば「分類」はAIの得意分野であり、製造業の原料分析などでは大いに活躍できる。金融業界における貸し出しの審査や不正の検知など、これまで人間が経験則で判断してきた「このパターンは危ない」「このパターンは儲かる」という見極めも、AIは高精度で分析できる。機械のメンテナンスもしかり、だ。たとえばAIにその機械の正しい振動の波形を学習させると、人間であれば故障の直前まで気づかない変調を、何週間も前に識別できることがある。

「AIを使って分析してみたけれど、たいした結果は出なかった」「むしろ、わかっていたことを再確認しただけだった」。そうした失敗の原因は、ユースケースを明確にしないまま、今あるデータだけで分析している、ということが多いのだ。

■新しいアウトプットを得るには新しいインプットが必要

AIを活用するうえで、ユースケースの次に立ちはだかるのは「データの壁」である。企業が持つデータには「あるもの」と「ないもの」がある。新しいアウトプットを得るためには、新しいインプットが必要だ。具体的には、これまで紙やPDFでしか保存してこなかった顧客情報とつなげて分析してみたらどうか。明確なユースケースに基づき、現在データとして蓄積していないものを選んで取り込まないと、意味のある分析は得られない。

日本において特に、経営がデジタルを使いこなす必要があると考えられる大きな理由の1つに少子高齢化がある。例えば企業のコールセンター業務をイメージしてみてほしい。顧客にシニア層が増えるほど丁寧な対応が求められるようになる一方で、それを受ける労働力は不足し、人手不足が深刻になっていく。この場合、AIを積極的に活用することが、サービスの質を落とさずにコストを下げる有効な手段になるだろう。

コールセンターは顧客との重要な接点でもある。そこに寄せられる情報は、企業にとっての「隠れた宝」だ。たとえばコールセンターに寄せられた声を、内容に応じて営業に回すことができれば、業務を効率化できるばかりではなく、商品・サービスの付加価値を向上させることにもつながる。

ところが現状では、コールセンターが受けた顧客の声を営業へと回すことは、必ずしも業績評価につながらず、営業に回すべき情報を抱え込んだままになりがちだ。人手が足りなくて、十分に対応しきれないという職場も多いだろう。

ここにAIを導入し、必要な情報を全社的に共有できるよう、システムを構築し、コールセンター業務を起点にビジネスモデルを組み直していく。そうしたビジネスモデルの改革を伴う決断は、経営層にしかできない。

デジタルでできること(手段)がたくさんあるということは、それを選び取るための目的と確かな目が必要になるということだ。必要なのは事業の本質を見つめること。経営者が何を実現したいのかというビジョンが問われるし、それをサポートする経営企画室には、経営者のビジョンを具体的な技術と結びつけながらビジネスモデルとして構築していく力が求められている。

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高部 陽平(たかべ・ようへい)
ボストン コンサルティング グループ(BCG) パートナー&マネージング・ディレクター
BCGジャパンのデジタル&アナリティクスリーダー。BCG金融グループ、保険グループのコアメンバー。デジタル・IT分野に豊富な経験を有し、保険、金融を含むさまざまな業界の企業に対しテクノロジーを活用した競争優位構築を主軸とするプロジェクトを手掛けている。【デジタルBCG紹介ページはこちら】

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(ボストン コンサルティング グループ(BCG) パートナー&マネージング・ディレクター 高部 陽平 写真=iStock.com)