2月24日公開の映画『ザ・シークレットマン』は、ウォーターゲート事件と、その捜査情報をリークした、マーク・フェルトFBI副長官を描く ©2017 Felt Film Holdings.LLC

1974年8月9日。政敵である民主党本部に盗聴器をしかけようとしたことに端を発し、任期途中であったにもかかわらず、ニクソン大統領を辞任に追い込んだアメリカ史上最大の政治スキャンダル、「ウォーターゲート事件」。この事件の裏側には、マスコミに極秘の捜査情報をリークした、通称「ディープ・スロート」と呼ばれる内部告発者の存在があった。

その正体は長きにわたり秘密のベールに包まれていたが、2005年、雑誌『ヴァニティ・フェア』にて、当時のFBI(連邦捜査局)の副長官、マーク・フェルトが「ディープ・スロート」であると告白した――。

FBI副長官がウォーターゲート事件をリーク

2月24日公開の映画『ザ・シークレットマン』は、このマーク・フェルトという人物にスポットを当て、腐敗するニクソン政権に対して、FBI幹部というキャリアを持つ人間が内部告発するに至るまでの裏側を描き出している。本作のメガホンをとったのは、ピーター・ランデズマン監督。ジャーナリスト出身でもある彼は、最高権力者を敵にまわし、孤独な戦いを強いられた男の姿に興味を抱き、綿密な取材で事件の顛末をもう一度調べ上げた。そして、まるで当時を再現するかのように、映画作品として、スクリーンに描き出している。

1月に来日したランデズマン監督に、マーク・フェルトという人物を取り上げて、ウォーターゲート事件に関する映画を作るに至った経緯を聞いた。

そもそも企画がスタートしたのは2005年。前述のとおり、フェルトが「ディープ・スロート」であると告白してからすぐのことだったという。

「2005年に出た記事で、ウォーターゲート事件のディープ・スロートの正体がマーク・フェルトであるということが明かされたわけだけど、その記事が出てから2年間かけて脚本を書き上げたんだ」

ウォーターゲート事件を題材にした映画はいくつかあるが、その中でも『大統領の陰謀』(1976年)が代表作としてあげられる。事件から4年後に公開された作品で、ロバート・レッドフォード、ダスティン・ホフマンらが出演していた。ただ、映画は、事件を調査したワシントン・ポストのジャーナリストの目線で描かれたドラマであったが、当然ながら情報提供者である「ディープ・スロート」の存在は、ベールに包まれた謎の人物という位置づけだった。

マーク・フェルトが、ディープ・スロートということが判明したことで、彼の目線から「ウォーターゲート事件」を再構築し、映画化しようと考えたのが、本作の企画の骨子となった。そしてその企画の脚本家として抜擢されたのは、シカゴ出身の報道記者・従軍記者として知られていたランデズマンだった。

しかし映画が完成したのは、それから10年以上の時を経てからであった。


マーク・フェルト役は『シンドラーのリスト』や『96時間』シリーズなどの出演作があるリーアム・ニーソン ©2017 Felt Film Holdings.LLC

「もともと監督がジェイ・ローチ(『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』『オースティン・パワーズ』)、そしてトム・ハンクスが主演をする予定だった。だが、その時に全米脚本家組合のストライキがあって。企画がいったん頓挫してしまったんだ。自分も映画監督として2作品監督することになってしばらく時間がとれなかった。しかし、あらためて監督も兼ねてでも映画化したいという話をし、企画が動き出すことになったんだ」

2007年に起きた全米脚本家組合のストライキとは、全米映画テレビ製作者協会に対して、ビデオソフトなどの二次使用料のベースアップを求めた全米脚本家組合が、数カ月にわたって起こした大規模なストライキのこと。脚本家がいなくなった現場は大混乱となり、多くの作品が製作中止、延期、およびスタッフの解雇などの憂き目を見た。

権力の腐敗の歴史は繰り返される

そんな本作が、仕切り直されて、改めて製作されたのは、2016年の大統領選の前のことだったが、偶然にもトランプ大統領が巻き起こしたロシア疑惑やFBI長官解任などが、ニクソン大統領の行動を想起させるとして、そのタイムリーさが話題を集めた。最初の企画から10年以上の時を経て、まさに現代に語るべき物語になった、ということかもしれない。

「この映画を撮っている時は、まさか大統領選でトランプが当選するなんて思いもしなかったからね。このタイミングでこの映画が公開されるというのは、本当に偶然なんだ。ただ毎日のように、しょうもないニュースがホワイトハウスから、出てきている。観客の皆さんが、政治の話に食傷ぎみになっていないといいんだけど(笑)。こうした政治の汚職や、腐敗というものは、いつの時代でも起こりうること。権力を握ると、驕りが生まれ、心にスキができる。もちろんウォーターゲート事件は特異な事件だったけど、権力の腐敗の歴史は、世界のどこでも繰り返し起きるものだと思う」

ランデズマン監督は、脚本を執筆するにあたり、フェルトの自伝などをベースに、徹底的なリサーチを行っている。だから、今回の映画は、マーク・フェルトはもちろんだが、この物語全体を、まるでノンフィクション作品のように再構築した感じがある。


マーク・フェルトは、退官後、違法捜査を承認したことで訴追されてしまう ©2017 Felt Film Holdings.LLC

「マーク・フェルト本人だけでなく、まわりにいたいろいろな人物にもインタビューをした。当時、FBIでは秘密文書となっていた文書も、公開されたものは徹底的に調べ上げた。そうすると物語が浮かんでくるんだ。ディープ・スロートの正体がフェルトであるとわかった今、いろいろとさかのぼっていくと、『あの出来事はこういうことだったのか』と、感じることがたくさん出てきた。だからジャーナリストとして、一から『ウォーターゲート事件』という物語を再構築していったということなんだ。情報元から話を聞き出すということは、監督業と似ているかもしれない。俳優からこういう芝居を引き出したい、ということは、情報元からこういうことを引き出したい、というところに似たところがあると思う」

脚本執筆にあたり、彼が亡くなる2008年まで、幾度となく直接会いに行き取材をしていったという。当時のフェルトは90歳を越えており、認知症の症状が出始めていたが、自身がとった行動や、なぜそうしたのかといった詳細はしっかりと覚えていた。

「私が会ったマーク・フェルトは晩年の彼だからね。バリバリのFBI捜査官の頃ではなかった(笑)。娘を溺愛する父親という感じで、だいぶ柔らかくなっていたね。ただ、会ってみて感じたのは、自分がこの世に何を残していくのかという気持ちだった。そして自分がしてきたいろいろなことをすべて清算しなくてはならない、という気持ちを持っていた。なぜマーク・フェルトが告発をしたのか? それはきっと家族のためなんだと思う。父がこんな偉業を達成したということを、誇りに思ってもらいたいと。彼自身、(FBIの幹部として違法捜査を承認した罪に問われた)汚名を着せられ、家族にもつらい思いをさせていた。家族には誇りを持って、こういう父親だったと、言わせてあげたい。そういう家族への思いからとった行動だと思う」


原題は『Mark Felt: The Man Who Brought Down the White House』文字どおり、ホワイトハウスを追い込んだ男の生きざまを描く ©2017 Felt Film Holdings.LLC

そうした彼の行動を監督は、「日本人的」と表現した。

「マーク・フェルトの人物像って、日本人的なんじゃないんじゃないかと思う。彼には品格があるし、謙虚で高潔だ。アメリカ人は『俺が、俺が』となる人が多いが、彼は違う。上司のためではなく、大義のために行動している。そういう彼の姿に日本人は共感するんじゃないだろうか」

作品では、権力の闇を暴くメディアの存在も描かれている。ランデズマン監督も「権力と戦うメディア」への思いは人一倍強い。ジャーナリストの視点から、今回の作品作りを次のように語ってくれた。

「ジャーナリストの仕事はつねにネタ探しをしている感じ。何か面白いことはないかといつも目を見張っている。従軍記者として戦場の経験もあるが、つまらない日々が続いたと思ったら、突然にカオスになったりの繰り返しで、独特のリズムがあった。調査報道の経験も多いが、今回の映画はまさにそれ。犯罪調査をやっているような気持ちでしたね」

監督が抱くジャーナリズムへの危機感

そして、今のメディアが置かれている環境についての危機感を抱く。


PETER LANDESMAN(ピーター・ランデズマン)/1965年生まれ。2013年『パークランド ケネディ暗殺、真実の4日間』にて映画監督デビュー。ニューヨーク・タイムズ、『アトランティック・マンスリー』、『ザ・ニューヨーカー』などで報道記者や従軍記者として活躍。雑誌業界のピュリッツァー賞ともいわれる海外特派員クラブ賞で2度の最優秀国際人権報道賞を受賞している。そのほか、画家や小説家としても賞を受賞しており、これまで2冊の小説を発表。1995年に発表された『The Raven(原題)』は、翌1996年アメリカ文学芸術アカデミーで優秀なフィクションを書いた新人に与えられるスー・コーフマン賞を受賞 (筆者撮影)

「今のメディアの問題は、資金がない。予算がない。時間がない。充分に取材ができないということ。だが、それ以上に問題なのが、人々がニュースを読み解けていないということだ。いろんなフェイクニュースがメインストリームに流れてきている。人々は、ブログやオピニオン記事、ニュースの違いさえもわからなくなっている。だから情報は氾濫しているのに、その情報に対する理解が薄まってきている。それは良くない状況だ。それに加えて、トランプがメディアは『民衆の敵』だと言っているわけだからね……。『民衆の敵』なんて言ったのはソビエトのスターリンぐらいだよ(苦笑)」

くしくも今年は、このウォーターゲート事件の直前に起こった、ベトナム戦争に関する秘密文書が流出・暴露される「ペンタゴン・ペーパーズ事件」を、スティーブン・スピルバーグ監督が映画化している。キャスティングとして実現できなかった、トム・ハンクスが主役のひとりとして名を連ねているというちょっとしたエピソードもあるが、こうした、政治の腐敗やジャーナリズムの意義を浮き彫りにする作品が相次いで登場しているのは、今の時代の流れに警鐘を鳴らさなければならないという、米国民の思いが根底にあるのかもしれない。