誰もがインターネットやSNSで監視され、さらされてしまうこの時代。

特に有名人たちは、憧れの眼差しで注目される代わりに、些細な失敗でバッシングされ、その立場をほんの一瞬で失うこともある。

世間から「パーフェクトカップル」と呼ばれる隼人と怜子は、一挙一動が話題になり、「理想の夫婦」ランキングの常連として幸せに暮らしていたが、結婚6年目、夫が女の子と週刊誌に撮られてしまう。夫婦で記者のインタビューに答えたが、そのことで夫婦の絆にヒビが入る。そして夫が番組での釈明に臨んだが…。

「世間の目」に囚われ、「理想の夫婦」を演じ続ける「偽りのパーフェクトカップル」の行く末とは?




『旦那が浮気したのに、幸せアピール?ウケるwww』

インスタに朝食をアップした直後、待ち構えていたように書き込まれたそのコメントに、私は釘づけになったまま動けずにいた。

アンチと呼ばれる人たちからの悪口に攻撃されることには慣れているし、普段ならどんなに辛辣な言葉でけなされたとしても気にしないことにしている。

けれど昨日、記者の取材を受けたばかりで、隼人の番組が始まる直前のこのタイミングに「浮気」というワードを使われるなんて。

「おはようございます。モーニングライトの時間です。もうすぐ日の出の時間ですが、まずは屋上の定点カメラの様子をご覧いただきましょう。」

リビングのテレビから夫の声が聞こえてきたけれど、振り向く気になれない。今日の番組内容を説明する夫に背を向けたまま、私はキッチンの椅子に座り込み、さっきのコメントをもう一度見返してみる。

―え。

さっきのコメントに、続々と返信がついていた。

『え?浮気って誰が?』
『堀河アナが?それとも怜子さんが?』
『どこ情報なんですか?いい加減なこと言わないでください。』

どんどん増えていくコメント通知。その中に…

『情報ソースはツイッター。画像出てるよ。』

URLと共にそんなコメントまで書き込まれた。さっきの人だ。あのツイッターのURLだとわかったが、なす術もない。

SNSの情報は止めることができないのだと茫然と思い知り、増え続けるコメントをただ見つめるしかなかった。


夫の番組が始まると…SNSの暴走が始まる。


「今日は、堀河さんのニュースがあるんですよね?」

女性アナウンサーが隼人の名前を呼び、私は思わずテレビの方を振りかえると、えーっ?とスタジオで歓声が上がり、隼人が申し訳なそうに喋りだす。

「そうなんですよ。実は、私ごときが来週発売の週刊誌に撮られてしまいまして…。」

画面右上の小さなテロップが「堀河アナにスキャンダル発覚!?理想の夫婦の全てを本人が激白!」という文字に切り替わる。

―文字の並びが下世話だな…。

昨日の今日なのに、よくこんな文章を考えたものだと少しショックを受ける。

生放送のテロップは、直前に入ってきたニュースにも対応できることは隼人に教わって知っていたけれど、番組司会者の「スキャンダル」すら「ネタ」にしようとする。

昨夜、隼人とスタッフが「どうせなら視聴率も狙おう」とでも話し合って決めたものかもしれない。

スキャンダルの文字を、コメンテーターやタレント達が芝居がかったリアクションでいじっていく。私ごときの話題で申し訳ないのですが…、と隼人が苦笑いしながら続けた。

「他の人のスキャンダルは取り上げるのに、自分のことをスル―するのはフェアじゃないとスタッフと話しまして。のちほど、芸能コーナーで少しお話しさせていただきます。妻にもしっかり話してきなさい、と言われていますので。」

―私はそんなこと言ってないでしょ。顔も合わせず出社したじゃない。

私の「完璧なウソ」が怖いと言ったくせに、隼人もちゃんと演技を始めている。

私はインスタの反応が気になり、スマホを手に取った。

『なんか、堀河アナ番組でコメントするらしいですよ。』
『じゃあ、このツイッターの画像、本物ってこと?』
『え?本当に不倫??この女、誰なのー?怜子さんかわいそうー!!!』

隼人は「説明する」と言っただけなのに、コメント欄が暴走を始めている。

―かわいそう、なんて思われるのは、絶対イヤなのに。

思わずため息が出て、私は携帯を伏せた。口にしたコーヒーが冷め切っているのに、淹れなおす気力もない。

「ではまず、今日のトップニュースからまいりましょう!」

「ママぁ。」

夫がいつも通り進行を始めた声と、わが子の寝起きの声が重なった。

「おはよう、翔太」

できれば今日はもう少し寝ていて欲しかったけど、と思いながら、笑顔で抱きしめる。

「あ!パパだあ!パパぁ、おはよぉ。」

無邪気にテレビに話しかけながら近づいて行く翔太を、ごはん食べよっか、と強引に抱き上げ、テレビに背を向けたキッチンの椅子に座らせる。

最初はパパを見たいとイヤイヤしていたけれど、すぐに卵焼きに夢中になった。

たとえ意味が分からないとしても、言い訳する隼人を翔太に見せたくはなかった。私はそっとテレビの電源を落とし、ハードディスクの録画ボタンを押す。

―幼稚園に送ってから確認すればいい。

「ねーねー、ママぁ。」

甘えた声に、なあに?と答えてキッチンに戻る。隼人の演技が上手くいくことを祈りながら、冷め切ったコーヒーを口にした。



いよいよ番組が始まり、隼人は「完璧な演技」をしたはずが…。


隼人:ウソはついていない。ただ、元恋人だとは言わないだけだ。


「CMの後は堀河アナウンサーの初スキャンダルをお伝えします!堀河さん覚悟はいいですか?」

台本通りの進行をした女性アナウンサーに、僕も予定通りに答えた。

「なんでもお答えしますから、みなさん容赦なく質問してください。」

スタジオがドッと沸き、CMに入った。CMは2分間。台本に目を通していると、プロデューサーが打ち合わせに来た。

「隼人、少しでも言い淀んだらアウトだからな。あと奥さんに全部話してるってことも強調しろよ。」

「大丈夫ですよ。やましいこと、何も無いんですから。」

笑顔で答えた僕に、プロデューサーがため息をついて言った。

「これで笹崎が来てくれれば完璧だったんだけどな。あいつ今日に限って朝からロケらしくてさ…。」

笹崎とは、あの日一緒にいた3期下の後輩アナウンサーのこと。一緒に出演して証言してもらう計画はダメになってしまった。

CM明けまで30秒です!という声がスタジオに響き渡ると、プロデューサーが「しっかりな」と念を押してからカメラの後ろに下がる。僕はネクタイを締め直し、気合いを入れる。

「CM明け、5秒前!」

フロアディレクターがカウントし、CMが明けるとスタジオの大きなモニターが、週刊誌の写真に切り替わった。おおーっ!という出演者たちのリアクションを受けて、芸能ニュース担当の男性レポーターが説明を始める。

「これは来週発売の週刊誌に掲載される写真なんですが…。堀河さん、これは堀河さん、ですよね?」

映し出されているのは、出版社が最初に送ってきたゲラ。『日本一の理想の夫に「帰らないで!」とすがる20代後半美女。午前3時の密会!』という記事タイトルは、プロデューサーと相談してあえて残した。

僕が、そうですと答えると、スタジオがまたどよめいた。

辛口で有名な男性コメンテーターが「堀河くん、不倫したの?」と言ったのをきっかけに、女性出演者が「やだー!ショック!」と非難めいた声を上げるなか、男性レポーターが進行を始めた。

「堀河さん、今日は、この写真が撮られた状況について全て説明してもらえる、ということでよろしいですか?」

僕は、もちろんですと答えた後、カメラ目線になり続けた。

「視聴者のみなさんの貴重なお時間を僕のために使うことは、大変恐縮なのですが…。時間が許す限り誠実に答えさせて頂きます。」

一礼して頭を上げた僕に、芸能レポーターが最初の質問を口にした。

「まず、この女性が誰なのか教えてください。」


全てを話し合ったはずの夫婦…しかし夫は妻に秘密があった。


その女性は、撮影時に服をよく借りるスーツブランドのプレスで、写真を撮られた日はこのブランドの展示会だったこと、元々夫婦で招待されていたけれど、妻が行けなくなったので後輩の笹崎アナウンサーを連れて行ったこと。

そして、女性のことは妻もよく知っていて、夫婦の昔からの知り合いである、ということもさりげなく会話に織り交ぜた。

「だいぶ親密そうに見えるけど、本当に下心なかったの?」

レギュラー出演者である女性タレントに、キツい口調で質問された。既婚者の彼女は自分の身に置きかえ、僕に腹が立っているのだろう。

展示会の後、後輩の誘いで3人で飲みに行き、帰りは3人でタクシーに乗ったのだが、最初に僕の家に着いた時、酔っぱらっていた彼女が間違えて一緒に降りた瞬間を撮られてしまった、と説明した後、少し声のトーンを変えて続けた。

「そのあとすぐに彼女はタクシーに戻りました。タクシーには笹崎アナも乗ってたんですけどね。ご存じの通り、記者さんたちは写真がうまくて…。」

僕が苦笑いしながら、以前、週刊誌に撮られたことのあるお笑いタレントの方を見て言うと、彼が「俺を巻き込むな!」と怒って、スタジオに笑いが起こった。

―何もウソはついていない。ただ、元恋人だとは言わないだけだ。

僕とさやかの過去を知る人物は多くはないが、記者にさやかの素性を調べ上げられる可能性もある。昨夜プロデューサーに相談した時に、あとから言い訳できなくなるようなウソだけは絶対につくな、と言われていた。

もしも「元恋人」だと後でバレたとしても、一般人である彼女に迷惑がかからぬよう配慮した、ということもできるだろう。

―結婚直前に振られたことは、できれば誰にも知られたくないけどな…。

自虐的な気持ちになりながら受け答えを続けていると、『そろそろまとめてください』というカンペが出て、芸能レポーターが、これが最後の質問です、と切り出した。

「奥さんに怒られませんでした?」

僕は、姿勢を正したあと、口を開いた。

「妻には、相手の女性に迷惑をかけちゃだめ、と怒られました。で、彼女を守るためにも、番組で正直に答えてきなさいと。妻には飲みに行くことも事前に報告してましたし、僕のことは何でも知っているので…。」

奥さんすごいなあ、という出演者たちの声に、本当に最高の妻なんです、と僕が真剣な顔で答えると、結局ノロケかよ、と男性お笑い芸人が突っ込んで、またスタジオに笑いが起こった。

その笑いの中、僕はまとめのコメントを口にする。

「実は、この週刊誌のインタビューを妻と一緒に受けました。妻がこの記事をどう感じたかも、撮られた女性のコメントも載っております。もしさらに詳細を知りたい方がいらっしゃったら、そちらを是非ご覧ください」

このたびは大変お騒がせいたしました、とカメラ目線で頭を下げると、番組はCMに入った。



「お疲れ様でしたー!」

番組を終えスタッフに挨拶しながら、楽屋に戻った。

―できるだけのことはやった。

昨夜、記者は「記事を番組で扱うこと」を条件に、好意的な記事を書く、と約束してくれていた。

怜子が、さやかに連絡し記者と話しをさせたことで、スキャンダラスな記事にはできないと踏んで、売り上げを伸ばすことを選んだのだろう。

プロデューサーが、番組のツイッターには好意的な意見が多いと報告してくれたことで、自分の口で喋ったことに意味があったとホッとする。

ただ、一つだけ…。怜子に伝えていないことがある。それは…




―夫とうまくいってなくて。だから相談に乗ってくれない?ー

後輩の前では敬語を崩さなかったさやかが、僕がタクシーを降りると、ついてきて言った言葉。

彼女は涙目にも見えたが、僕はどうでもいいと思ったし相談に乗るつもりはない、とすぐにタクシーの中に追い返したのだが。

それを、なぜか怜子には言えなかった。

―そういえば昨日、怜子にひどいこと言ったな…。

自分も番組で「演技」してみると、昨日の怜子がいかに必死だったのかが、よく分かった。それに結果的に、怜子の行動に守られたのだから…。

―帰ったら、ちゃんと謝ろう。

急いで帰宅しようと、楽屋のドアを開けた。すると。

「隼人さん、お疲れ様でした!」

そこにいるはずのない、意外な人物が立っていた。

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