一橋大学名誉教授 野中郁次郎氏

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決して負けないことを求められるアメリカ海兵隊。なぜ絶対勝つ戦略策定ができるのか、隊員が瞬時に最高の意思決定を下せるのか。その学習プログラムから、常勝ビジネスの秘訣を探る――。

■世界最強の組織から、学べることは多い

「世界最強」といわれる米海兵隊に日本の組織と共通性があることはあまり知られていない。ゆえに学ぶことが多いのだが、まずは日本と海兵隊との関わりについて触れておこう。

東日本大震災の際、米軍による「トモダチ作戦」という救助救援・復旧支援が行われたことは記憶に新しい。中でも活躍したのが海兵隊だった。

たとえば、自衛隊もたどり着けず、完全に孤立した宮城県気仙沼市の離島、大島に海から上陸できたのは海兵隊だけだった。陸海空の部隊が一体化した海兵隊は揚陸艇を接岸させ、補給物資、工事用車両、要員を陸揚げして救援にあたった。

海兵隊の救援活動は陸海空の複合的な統合作戦である水陸両用作戦を適応したのだが、この作戦はもともと太平洋戦争中に開発されたものだった。

旧日本軍は南方の島々に拠点を構築した。これを一つ一つ攻略するために海兵隊が必要とされ、水陸両用作戦という戦法のイノベーションが起こった。太平洋における日本軍の侵攻がなければ、アメリカでも海兵隊の存在価値はさほど認められなかった可能性がある。逆説的にいえば、「海兵隊は日本によって育てられた」ともいえるのだ。

■戦争もビジネスも、機動戦の時代へ

戦後、日本企業は急速に発展。日本的経営の特質を終身雇用・年功序列・企業内組合の「三種の神器」で分析したボストン コンサルティング グループのJ・アベグレンは海兵隊出身だった。海兵隊にも共通の要素があることから、その特質を見抜くことができたといわれる。

実際、海兵隊は言葉や数値では表せない暗黙知、中でも身体に染みこんだ身体知を重視する点で日本の組織とよく似ている。言葉や数値で表せる形式知のほうを重視する欧米とは対照的だ。ここに海兵隊から学ぶべきゆえんがある。それは「知的機動力」という、現代に求められる能力にかかわる話だ。

戦いには消耗戦と機動戦がある。消耗戦は軍事力を最大限に生かして敵を物理的に壊滅させる。敵の戦力を分析し、明確な計画を立て、物量で圧倒して勝つ。トップダウンの中央集権的な階層型組織が適する。一方、機動戦は迅速な意思決定と兵力の移動・集中により、敵の弱点を突いて物理的・心理的に主導権を握る。常に変化する状況に対応するため、自律分散的なネットワーク組織が必要となる。海兵隊はこの機動戦を徹底して追求する。

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▼量で勝負の時代は完全に終わった!
消耗戦:戦いの長期化や死傷者増加のリスクも大きい
機動戦:現場での素早い判断と行動がより求められる
機動戦でビジネスを賢く勝つ
機動戦とは、戦場で物理的、心理的に敵を追い詰め、相手に「勝てない」と思わせることで勝つ戦い方だ。味方の損失を最小限におさえながら、予測不能な素早い行動で混乱させ、それに乗じて敵の弱点に兵力を集中し、突破する賢い戦い方といえる。実行には、相手に勝る戦況判断や意思決定が必要となる。ビジネスでもプロフェッショナルに徹し、互いに信頼し合い、自律分散的なリーダーシップを持つことが求められる。

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■さらばPDCA、時代はOODA

変化の激しいビジネスの世界でも、価値の源泉となる知識により機動的に戦う知的機動戦が重要になっている。その際、一人ひとりに求められるのが知的機動力だ。絶えず動く現実のただ中では日々矛盾に直面する。ベストな解は誰にもわからない。そこで、その場の文脈に応じて、「よりよい(ベター)」に向かって矛盾を解消する俊敏な判断能力が重要になる。この知的機動力を高めるため、海兵隊が隊員一人ひとりに叩き込むのが「OODA(ウーダ)ループ」と呼ばれる意思決定プロセスだ。

OODAループは「観察(Observation)・情勢判断(Orientation)・意思決定(Decision)・行動(Action)」の4段階からなる。最初の観察では五感を駆使して現実をあるがままに直観し、暗黙知的に知覚する。最新の脳科学でも知覚的な情報はほとんど身体が吸収し、脳はそこからしみ出る一部の情報を認識していることが判明している。次の情勢判断では、過去の経験、自身の資質、身についた文化など自らが蓄積してきた暗黙知と新たに知覚した情報をもとに判断する。そして、対応策を意思決定し、行動に移す。

特に重要なのが「ビッグO」と呼ばれる2番目の情勢判断だ。それぞれの部分的な知を総合して全体としての概念を導き、判断する。こうして暗黙知と形式知を相互変換しながら、「部分から全体へ」と総合し、概念化していくことを「暗黙的知り方」と呼ぶ。客観的な数値データをもとに「AだからB、BだからC」のように論理をたどる「分析的思考」よりはるかに俊敏に判断ができる。この過程で論理では到達できない「跳ぶ発想」が入ると創造的でイノベーティブなアイデアが創発され、新しい価値や意味が生まれる。

このOODAループをより俊敏に回せるように身体知化させるため、海兵隊で行われるのがブートキャンプと呼ばれる新兵訓練だ。3段階に分かれた全13週間の徹底した訓練により、暗黙的知り方を身体知化するのだ。

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▼優先すべきは組織の結束である
1st:自己否定を目的に、一人称の使用は禁止
2nd:2本柱は格闘技プログラムとライフルの射撃術
3rd:総仕上げの戦闘術訓練を経て、晴れて海兵隊員に
13週間徹底訓練、ブートキャンプ3ステップ
ブートキャンプでは、まず、新兵の従順性を強化するため、ショック療法的に軍隊の基本を叩き込む。続く徒手空拳で戦う格闘技の訓練では、限界を超えることで未開拓の能力を鍛え抜く。また、射撃術は照準や風速、風向きの計算や、呼吸、姿勢など、多様な要素への集中が必要だ。それを部分として総合して「1発必中」という全体の概念と結びつける。仕上げは戦闘術訓練だ。こうして暗黙的知り方を身体知化していくのだ。

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OODAループと対照的なのがPDCAサイクルだ。「計画(Plan)・実行(Do)・評価(Check)・改善(Action)」のプロセスのうち、計画(P)はOODAループの意思決定(D)に相当する。

ただ、PDCAサイクルの問題点は、計画の前段階として観察(O)と情勢判断(O)にあたる部分がないことだ。つまり、計画を生み出すプロセスが入っていない。それは、PDCAサイクルがトップダウン型の消耗戦に適応した効率追求モデルであるからだ。

トップおよび戦略スタッフがマスタープラン(基本計画)を策定し、それがブレークダウンされて数値ベースの計画が下りてくる。第一線部隊は計画ありきでPDCAサイクルを回し、効率を追求する。しかし、上から与えられた数値ベースの計画からは新しい意味や価値は生まれない。つまり、PDCAサイクルでは知的機動戦は戦えないのだ。

そのため、「本業消失」を乗り越えた富士フイルムホールディングスの古森重隆会長は、PDCAサイクルを見直し、See−Think−Plan−Do(STPD)というサイクルに改良したが、この前段階にあたる「See−Think(観察・判断)」の重要性を訴えているほどだ。

■問われるのは、人本来の力

では、OODAループを回しながら、知的機動力を高めるにはどうすればいいのか。第1に、身体知の大切さを再認識することだ。身体知は経験の質・量を豊かにすることで磨かれていく。最近、IQなど数値化できる「認知スキル」に対し、「やり抜く力(Grit)」といった数値化できない「非認知スキル」が注目を浴びるが、やり抜く力も身体知だ。

第2に、相手と共感する力を持つ。共感とは相手の主観を受け入れたうえ、自分の主観も加え、1つ次元の高い「われわれの主観」に至ることだ。OODAの観察の対象が人であれば、相手の身になり直観する共感の能力が求められる。米マイクロソフトもAI開発に関して、「他者に共感する力をAIが身につけるのは極めて難しい」として、人間の「代替」ではなく、「能力の拡張」を目指す立場を明示した。AIが進歩しても、最後は人間性が求められるのだ。

第3に、「よりよい判断」を行うための「何がよいことか」という倫理観や「何をやるべきか」という自らの主観を磨く。米GEでは行動指針を「GEバリュー(価値)」から「GEビリーフス(信念)」に変えた。従来は「外部志向」「包容性」など抽象的だったが、「お客様に選ばれる存在であり続ける」「信頼して任せ、互いに高め合う」など人の内面に入り込んだ倫理的な内容になった。

日本でも家電ベンチャーのバルミューダが1台約2万5000円の価格で大ヒットさせたトースターの例がある。創業者が若いころ、放浪の旅に出たスペインの町で疲労困憊の果てにパンを口にしたときの感動を再現したいとの思いが原点となった。そして、食パンを約5000枚焼く実験により、多様な要素を五感で評価しながら、「感動のトースター」というコンセプトへと結びつけた。

知的機動戦で問われるのは人間本来の力であり、それは人間としての生き方にかかわる。自分はどのように生きるのか。改めて問い直すべきではないだろうか。

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野中郁次郎(のなか・いくじろう)
一橋大学名誉教授。
1935年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。富士電機製造(現・富士電機)を経て、カリフォルニア大学バークレー校経営学博士(Ph.D.)。南山大学教授、防衛大学校教授、一橋大学教授などを歴任。近著に『知的機動力の本質』がある。
 

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(一橋大学名誉教授 野中 郁次郎 文=勝見 明 撮影=岡村隆広 写真=ZUMAPRESS/AFLO)