中央線の車窓に映る、ニセモノの東京 #東京と働く。

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「学生時代、東京に出たくて出たくて眠れなかった」

こんな話をすると、よく人から笑われる。でも、大真面目だった。眠れない夜は、決まってベッドにもぐってバンプの『東京賛歌』を聞いた。それはもう飽きるほど。今でも私のiTunesのトップ25にその曲は君臨しているけど、この街で過ごす7年間の中で、それを聞くことはいつしかなくなった。だって、今の私は『東京賛歌』がなくとも東京を得られる。おかげで、ぐっすり眠れる。こんなダサい話、できればしたくなかった。でも、グンマーなんてネタにされちゃうような田舎で生まれ育った私のリアルはこれだった。

東京に行きたい、じゃなくて行かなきゃならない。そう思うようになったのは、いつからだろう。地元は嫌いじゃないけど、ないものが多すぎる。編集者になるには、絶対東京に行かなきゃ。あのころの私が眠れない日々を過ごしていたのは、そんな漠然とした焦りがあったから。そこに行けさえすれば、やりたいことのすべてが手に入ると思い込んでいた。

やっとの思いで都内の大学へ入った私に与えられたのは、想像とはちょっぴり違う東京だった。高崎線に揺られて向かう新宿駅、そこから中央線の下り電車に乗り込んで20分ちょっと。国分寺という、地元に気持ちばかりの洗練と人口密度がプラスされただけの場所だ。ここには、東京タワーの夜景も、浮世離れした高層ビル群も存在しない。

“空と地面がある街だよ 育った街とどう違うだろう”

中野、高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪。流れていく中央線の車窓からは、真っ青な空がよく見える。あの『東京賛歌』を歌う、藤くんの気だるげで優しい声が何度もリピートして、この情景と地元を比較する自分がいた。東京の空だって、地元と同じくらい広いじゃんか。ここは、死ぬ気で勉強してやっと手にした東京。できれば、私が育ったあの街とはまったく違う景色であってほしかったのに。

だから、私はムカつくくらい真っ青な車窓が嫌いだった。それでも、いつの間にか中央線が纏う平凡で懐かしい街並みこそが「東京」なんだとインプットされていく。違うよ、東京はこれじゃない。国分寺の街で4年も過ごせば、そんな感覚すら忘れる自分がいた。

きらびやかで、すべてを持っていて、どんなに手を伸ばしても届かない。それが、みんなの言う東京。でも、私がはじめて知った東京は違う。そこは、地元とよく似た空に埋もれた場所。何もかもが手に入る、という全能感はどこに消えちゃったのか。編集者になりたくて、中央線で何度も就職活動へ向かったけど、もらったのはお祈りばかり。この上り電車が終着する先に行くのは、簡単じゃないことを知った。

それでも東京にしがみついて、私は編集者になった。やっともらった内定先は丸の内のすぐ近くで、あれだけ乗った中央線にはもうほとんど乗らない。車窓に空も映らない。その代わり、ここには東京タワーの夜景だって、浮世離れした高層ビル群だってある。

中央線の車窓越しに見ていた東京は、今見る景色と比べればまるでニセモノだ。それでも、私が東京と聞いて最初に思い浮かべるのは、窓に映る真っ青なそれ。嫌いだったはずなのに。そういえば、あの『東京賛歌』の歌詞にはこんな続きがある。

“勝手に選ばれて 勝手に嫌われた この街だけが知ってるよ 帰れない君のいる場所を”

あの車窓の景色があるから、私はここで踏ん張れる。

(群うま子)