<スポーツ取材ベテランの筆者が、男子フィギュアで歴代最低点を出した選手のファンになった理由>

フィギュアスケート男子シングルの世界歴代最高得点は、平昌オリンピックで金メダルを取り連覇を果たした日本の羽生結弦がもっている。2015年のISUグランプリファイナルで出した330.43点だ。ショートプログラムとフリーの記録も羽生のもので、それぞれ112.72と223.20だ。

では、過去最低は? それは、2016年に日本の横浜で開催されたISUジュニアグランプリシリーズに出場したインド人選手、クリシュナ・サイ・ラフール・エルールの13.09点だ。ショートプログラムは3.02点、フリーは10.07点。羽生と同じトリプル記録だ。

エルールは、ちょうど羽生の対極にある。写真で言えばポジに対してネガ。そしてエルールもやはり賞賛に値する。エルールを初めて見た3年前からこれまでに、彼は私が最も愛するスポーツ選手の一人になった。それがなぜかを説明しよう。

エルールはインドのハイデラバードの出身で、初めての国際大会に出るため横浜にきたときはまだ14歳だった。ISUの記録によれば、彼の趣味は水泳とジョーク。スケート歴はたった1年で、プログラムの振り付けは自己流だ。

ほとんどすべてのジャンプを失敗

最低点の演技の録画を見つけたとき、恥辱にまみれて滑る彼の姿を見ることになるのではないかと不安だった。だが、心配する必要などなかった。彼はほとんどすべてのジャンプを失敗し、スピンもフラフラ、彼自身の手になる振り付けはあまりにもベーシックだったが、エルールは国際舞台で戦うことを心から楽しんでいた。大勢の観客の前で滑ることを楽しみ、観客も楽しくなって彼を応援した。

エルールの得点が低いのは当然だ。初心者が世界トップの選手に挑戦するようなものだった。試合後のインタビューで、エルールは毎日3時間「ローラースケート」で練習をすると言った。ハイデラバードにはスケートリンクがなかったのだ。

だが、彼は決して恥さらしなどではなかった。オリンピックなどの試合の大きな魅力は、選手が自らの限界を超えようとすることにある。その点で、エルールは実によくやったと言える。洗練されたトップ選手から失われがちな、素朴で純粋なスケーティングの喜びで観客たちを魅了した。ISUのコメンテーター、テッド・バートンは感嘆して言った。「彼には技術もない、時間もない、他の選手が持っている多くのものがない、しかし心は同じだ」

採点を待っていたエルールは、10.07点という得点に顔を輝かせた。歴代最低点だが、個人最高点。お祝いに値する。その後、大会で彼を見かけたことはないが、もう戻ってこないのだろうか。

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ジャスティン・ピーターズ(ジャーナリスト)