父は映画界の巨匠、夫はフランスの人気バンド『フェニックス』のヴォーカル、従兄弟はニコラス・ケイジ。さらには、自身のファッションレーベルを持ち、映画も撮れる才女といえば?
そう、答えはソフィア・コッポラ!

そんなエンタメ業界のサラブレッドともいえる、ソフィアが手がけたのは、南北戦争を背景に男女の愛憎を描いた『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』。今回は、昨年のカンヌ国際映画祭・監督賞を受賞した本作の見どころを紹介しましょう。

女7人の生活に男が1人迷い込む

ソフィア・コッポラは『ヴァージン・スーサイズ』で映画監督デビュー。その後、『ロスト・イン・トランスレーション』や『マリー・アントワネット』『SOMEWHERE』『ブリングリング』などを手がけました。彼女の作品を語るのに欠かせないキーワードが「ガーリー」。

大人になりきれない思春期の女子の心情を描くのが得意なソフィア。『ヴァージン・スーサイズ』は、10代の女4姉妹が自殺するという破滅的なストーリーを、卓越した音楽センスと映像美で魅了。さらに、『マリー・アントワネット』では、アントワネットの波乱に満ちた生涯をパステルカラーを駆使して描き、『ブリングリング』では、ロスのセレブな10代窃盗団の無謀な日々をスタイリッシュに演出。

ソフィアは舞台が16世紀のフランスであろうが、現代であろうが、一瞬の輝きを放つ若い世代をイキイキと描くことが出来る人なんです。

『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』 監督:ソフィア・コッポラ 出演:ニコール・キッドマン、コリン・ファレル、キルスティン・ダンスト、エル・ファニングほか。2018年2月23日(金)TOHOシネマズ 六本木ヒルズほか全国公開 (c)2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.

『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』は、南北戦争真っ只中のバージニア州が舞台。男子禁制の女子寮に暮らす、5人の生徒と2人の女教師は、ある日、近くの林に迷い込んだ負傷兵を介護することに。敵の北軍兵士であっても、回復するまで面倒を見ることにした彼女達。男子禁制だった生徒達は、男性の負傷兵に興味津々。手当の際、久しぶりに男性の体に触れた園長も、戸惑いが隠せない。1人の男性の登場により、女子寮のルールが少しずつ壊れていき、そして事件が起こる。

本作はトーマス・カリナンの小説『A Painted Devil』が原作。過去にはクリント・イーストウッド出演で『白い肌の異常な夜』('71)という映画も公開されました。

ソフィア・コッポラはこの作品を、女性視線で撮ることにこだわったのだそうです。というのも、ソフィアは『ヴァージン・スーサイズ』では姉妹、『マリー・アントワネット』では宮廷、『ブリングリング』では窃盗団と、集団の中で起こる人間関係を描いてきた監督。

本作では、女性だけの世界に男性が入ることで起こる変化に興味を抱き、「人生のステージが異なる女性同士の関わり合いを見たかった」のだそう。ソフィアはガーリーな生徒達だけでなく、園長と教師という大人の女性が、閉ざされた空間でどう変化していくかを描きたかったんですね。

こだわりの美術とファッションに注目!

ファッションや小道具も1860年代を忠実に再現。(c)2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.

1864年を舞台にした本作は、美術やファッションに細かなこだわりがあります。まず、女子寮に使われたのは、19世紀半ばに立てられた邸宅。ここは現在、アメリカで最も完ぺきなギリシャ様式の大邸宅のひとつで、ビヨンセのアルバム『レモネード』の収録曲『ソーリー』のPVにも使われたのだそう。

さらに、ファッションは戦時中の貧しさを再現するため、洗って色あせさせ、太陽光にさらして退色させたのだとか。男性がいない戦時中に農作業をしていた女性達の生活を考え、動きやすさを重視。フープを使ったふんわりしたプリンセスのようなドレスではなく、細身の動きやすいフォルムにした、というこだわりよう。

食事シーンで使う銀食器はヴィンテージのものを用意。銀を磨く時間の余裕もなかった時代を考え、あえて変色させて使ったのだとか。

当時は電灯がない時代だったこともあり、撮影は日光を最大限に使用。自然光が足りないときはロウソクを使って光を補ったそうです。そのこだわりの成果もあって、この映画、どことなく淡くてはかない色合いなんです。

食事のシーンではロウソクの優しい灯りが、戦時中という緊迫した空気にほのかな穏やかさを出しています。スクリーンで見ると、夜のシーンはちょっと暗すぎるな〜と思ったんですが、それが当時のリアルな明るさだったのですね。

ストーリーだけではなく、美術も映像の見せ方も1864年にタイムスリップさせる。ソフィアのこだわりが随所に感じられます。

歴代のガーリーキャストが勢揃い

ソフィアといえば、ガーリーカルチャーのアイコンとなるスターの発掘が上手い人。『ヴァージン・スーサイズ』や『マリー・アントワネット』などソフィアの過去4作品に出演したキルスティン・ダンストは、本作では女教師エドウィナを演じています。

純粋で従順な女教師を演じたキルスティン。(c)2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.

そして注目なのは、ソフィアの作品『SOMEWHERE』で強烈なデビューを果たしたエル・ファニング。エルは、ダコタ・ファニングの妹として有名になりましたが、めきめきと頭角を現してきた若手スター。

大人の男マクバニー(コリン・ファレル)を背中で誘うアリシア(エル・ファニング)。(c)2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.

ソフィア・コッポラと親交のあるマイク・ミルズ監督の『20センチュリー・ウーマン』では、おませなティーンガールを。ジョン・キャメロン・ミッチェル監督『パーティで女の子に話しかけるには』では、宇宙人役にチャレンジ。ナオミ・ワッツと共演した『アバウト・レイ16歳の決断』では、トランスジェンダーの主人公、と、ジャンルを問わず、様々な監督からオファーがかかっている今、注目すべき女優さんです。

本作では、好奇心旺盛で異性への興味が人一倍強い生徒アリシアを熱演。白く透けるような肌と大人びた表情を武器に、兵士マクバニーを口説き落とそうとするアリシア。彼女の破天荒な行動が、女子寮の規律を大きく壊していきます。可愛くて美しい女の子の大胆な行動が、女子寮という閉鎖的な空間に亀裂を生み出す。アリシアを中心に、じわじわと寮内での空気が変化していく様子をじっくりと堪能してください。

ソフィア映画の常連たちに引けを取らないのが、寮の規律を守ろうとする園長マーサ役のニコール・キッドマンと、負傷兵のマクバニー役のコリン・ファレル。

ソフィアは、原作で描かれていたアイルランド人兵士のマクバニーにコリン・ファレルを抜擢。というのも彼は自然なアイルランドアクセントが使えたからなのだとか。さらにニコールに関しては、『誘う女』で演じたねじくれた役どころを気に入っており、脚本執筆中から、園長役にニコールをイメージしていたのだそう。

時代背景を知ると、楽しさ倍増!

南北戦争の女性を描いた作品といえば、『風と共に去りぬ』や『若草物語』が代表的。『風と共に去りぬ』では、北軍に占領されつつある南部で強く生き抜こうとするスカーレット・オハラの人生を。『若草物語』では、北軍の従軍牧師として出征した父の不在中、家を守ろうと頑張る女姉妹を描いていました。南北戦争当時は、北軍も南軍も男性は出征し、家を守るのは女性の役割となっていたのですね。

生徒を守ろうとする園長のマーサ(ニコール・キッドマン)。(c)2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.

本作でも、男性は皆戦争へ行ってしまい、生徒達の父親的存在になるのは園長のマーサです。マーサは男手のない中、農作業を率先して行ない、生徒達にはレディーとしてのマナーを学ばせます。

そんな女性だけの小さなコミュニティーに突如現れたのが、負傷兵ののマクバニー。本作では、兵士役として数名の男性も出てきますが、顔をはっきりと見せるシーンはほとんどありません。マクバニー以外の男性を極力見せないことで、ソフィア・コッポラは閉塞的な寮内の世界を浮き彫りにしています。

純潔を守ってきた女性達は、敵軍とはいえ1人の男性の登場により、警戒心を抱きながらも異性に対する欲望を感じ始めます。彼女達は、学校というカゴの中で守られてきた鳥なのか、それともカゴという空間に閉じ込められた鳥たちなのか。カゴの扉を開くのはマクバニーなのか、それとも彼女達自身なのか……。

様々な見方ができるこの映画を、オシャレなガーリームービーというくくりだけで見てしまうのは厳禁。女だらけの世界に閉じ込められたら、自分だったらどうするか、考えながら見ると楽しさも恐ろしさも倍増しますよ。