後を絶たない鉄道自殺。その原因の多くはうつ病のほか「勤務問題」だ(写真:hamazou / PIXTA)

一都三県(東京、神奈川、千葉、埼玉)で鉄道自殺した被雇用者は2009年から2016年までの8年間に584人にのぼり、このうち「勤務問題」を原因に含む人が91人いたことが、厚生労働省が筆者の求めに応じて提供したデータの集計からわかった。

「勤務問題」は鉄道自殺原因のうち2番目に多く、最多は172人が該当した「健康問題」だった。詳細な内訳では、うつ病、職場の人間関係、仕事疲れなどが上位となり、ブラック企業問題で指摘される原因が特に目立つ結果となった。

また、「勤務問題」が関係する鉄道自殺がもっとも多かったのは、月曜日の午前8時台から10時台だったことも判明した。

健康問題と勤務問題が上位に

厚労省から提供されたのは、警察が作成する「自殺統計原票」のデータから、厚労省自殺対策推進室が筆者の求めに応じて作成した、全国の鉄道自殺者4825人の職業や原因など9項目。発見場所が「駅構内」または「鉄道線路」で、手段が「飛び込み」だった自殺を対象とした。

584人のうち、原因「不詳」(276人)を除いた308人には、警察によって最大3つまで原因が付けられており、前述の通り「健康問題」を含む人が172人で最多、91人が該当した「勤務問題」は2位だった。3位以下は「家庭問題」と「経済・生活問題」が各34人、「男女問題」が22人などだった。

  被雇用者の「鉄道自殺の原因」  
1位:健康問題…………………172人
2位:勤務問題…………………91人
3位:家庭問題…………………34人
4位:経済・生活問題…………34人
5位:男女問題…………………22人
6位:学校問題…………………1人
その他……………………15人

※一都三県(東京、神奈川、千葉、埼玉)で鉄道自殺した被雇用者のうち、各原因を含んでいた人数。2009年から2016年までの8年間を集計。分類の名称は自殺統計原票による。

「健康問題」で自殺した人の年齢層を見ると、39歳以下が76人、40歳以上59歳以下が72人、60歳以上が24人で、全体では59歳以下が86%(計148人)を占める。働き盛りと言える年齢層の被雇用者が、どのような問題を理由に鉄道自殺したのだろうか。

「自殺統計原票」にある前記の7種類(健康問題、勤務問題、家庭問題、経済・生活問題、男女問題、学校問題、その他)の原因は、さらに計52種類(不詳を除く)の詳細な原因に分かれている。

たとえば健康問題には、身体の病気、うつ病、統合失調症、アルコール依存症、薬物乱用、その他の精神疾患、身体障害の悩み、その他という8つの内訳があり、勤務問題には仕事の失敗、職場の人間関係、職場環境の変化、仕事疲れ、その他という5つの内訳がある。

警察は自殺者一人につき、これらの詳細な内訳の中から最大3つの原因を付ける。

主要な原因は精神疾患

この詳細な原因を集計し、10人以上が該当した原因を多い順に並べると、最も多かったのが健康問題の「うつ病」で96人、2位も同じく健康問題の「うつ病と統合失調症以外の精神疾患」で35人と、上位を健康問題が占めた。このほか、健康問題では「統合失調症」が21人で5位となっており、精神疾患が被雇用者の主要な自殺原因となっていることがわかる。

健康問題と合わせて注目したいのが、勤務問題の「職場の人間関係」と「仕事疲れ」がそれぞれ該当者数29人と28人で、3位・4位となったことだ。これにより、原因の1位〜5位を精神疾患と労働に関する問題が占めることが明らかになった。

この表は、一人一人それぞれの人生を送り、一都三県で鉄道自殺した被雇用者の苦悩の内訳だ。


一方、うつ病を原因に含む96人のうち、約7割にあたる67人はうつ病のみが理由だったが、残りの3割にあたる29人には別の原因との組み合わせが見られた。

うつ病との組み合わせで最多だったのは勤務問題で計23人。うつ病という健康問題と、勤務問題の両方を原因として抱える人がこれだけいたことになる。この内訳として最も多かったのは「仕事疲れ」との組み合わせで8人、次いで「職場の人間関係」が6人、「職場環境の変化」が5人となった。

これらは、52種類ある全原因の組み合わせ(単独原因を除いた2652通り)のうち、特に多い組み合わせだった。


同様に、「職場の人間関係」「仕事疲れ」を軸として原因の組み合わせを見てみると、どちらもうつ病との組み合わせが最多となった。


勤務問題での自殺は月曜朝が最多

鉄道の運行との関わりでは、一都三県で勤務問題を原因とした被雇用者の鉄道自殺は、曜日別では月曜日が13人、時間帯別では午前8時台から午前10時台(2時間刻み)が21人でもっとも多く、曜日と時間帯を組み合わせた84通り(7日×12時間帯)中、月曜日のこの時間帯が6人で最多だった。


比較のため、鉄道自殺に限らない被雇用者の自殺原因(全国、2016年)を見ておくと、1位はうつ病(1149人)、2位は仕事疲れ(514人)で、職場の人間関係(407人)は4位。夫婦関係の不和(422人)が3位、多重債務(301人)が6位に入るなど一都三県の状況と異なる点もあるが、勤務問題が上位という傾向は一都三県の鉄道自殺と同じだ。


勤務問題が自殺原因の上位を占める状況からは、労働環境の劣悪さなどの問題があることがうかがえる。

過酷な労働環境は「虐待」では

「仕事疲れ」や「職場の人間関係」という分類がどのような実態を指すのかわからないが、これほど多数の被雇用者を自殺に追い込むほどこれらが過酷なものであるなら、「労働問題」や「勤務問題」という言い方は不適切であり、被雇用者に対する「虐待行為」と言うべきだろう。

虐待防止に関する身近な法律には、児童虐待防止法、高齢者虐待防止法、障害者虐待防止法、動物愛護管理法がある。この4つの法律はいずれも、目的を定めた第1条で明確に「虐待」の言葉を使用する。

「児童虐待の防止等に関する施策を促進し」
「高齢者の尊厳の保持にとって(…)虐待を防止することが極めて重要」
「障害者に対する虐待を防止することが極めて重要」
「動物の虐待及び遺棄の防止」

しかし、被雇用者への虐待を定義し、防止する法律は存在していない。過労自殺やパワハラ自殺に代表される過酷で暴力的な労働実態を被雇用者に対する虐待として捉え、これを防止するための労働者虐待防止法が制定されれば、鉄道自殺を含め、勤務問題と原因とする自殺を大幅に減らすことができるのではないだろうか。

(追記)※この記事で使用した「被雇用者」とは、政府の自殺統計で「被雇用者・勤め人」とされる職業分類を指す。表現を簡素にするため記事中では「被雇用者」と表記した。