自身も銀行を定年退職前後にコンピュータを学び始めた(撮影:尾形文繁)

人生100年時代、複数のキャリアを渡り歩く“マルチステージ”の人生を生き抜くコツとして注目されているのが、リカレント(学び直し)教育である。2月19日発売の『週刊東洋経済』は「ライフ・シフト 学び直し編」を特集。広がりつつある社会人の学び直しの現場やそのノウハウを紹介している。
そうした中、かねてシニア層の学び直しの必要性を訴えていたのが、82歳の現役プログラマーとして知られる若宮正子さんだ。若宮さんは81歳のときにスマートフォン向けゲームアプリ「hinadan」を開発。米アップル本社の世界開発者会議「WWDC」に招待され、ティム・クックCEOに絶賛されたことで一躍脚光を浴びた。
2017年秋には安倍晋三内閣が設置した「人生100年時代構想会議」の有識者メンバーに起用され、今年2018年2月にはアメリカ・ニューヨークで国際連合の事務局が主催する会議に招かれ、シニア層によるデジタル技術活用の意義を英語でスピーチした。若宮さんが考えるシニアのあるべき学び直しの姿とは何かを聞いた。

「リケジョ」ならぬ「リケロウ」を増やす

――リカレント教育の大切さを訴えています。

今、「人生100年時代」なんて言われて、寿命が延びています。私が若い頃は、戦争や結核などの病気で亡くなる若い人も多かったけど、そうしたケースも減りました。そんな時代の大人、特に高齢者にとっては、子ども時代の義務教育で習ったことなんて、すでに古びてしまっており“減価償却済み”です。学び直しをしないと時代についていけません。


――何を学び直すべきでしょうか。

シニア層に対しては理科教育に重点を置いて、「リケジョ」ならぬ「リケロウ」を増やすべきと思っています。というのも、私たちの年代は特に理科の力が非常に低い。実は子ども時代にもきちんと習っていないからなんです。

たとえば、乾電池が液漏れして手にかかってしまったとき、台所の酢をかければいいというのは「年寄りの智恵」だといわれています。ただ、それは「年寄りの智恵」でも何でもなく、乾電池の液がアルカリ性で、酢が酸性なので、かければ中和できるということ。そういう理論的な裏付けについて、われわれシニアは習っておらず、知らない人が多いのです。

理科をきちんと習っていない理由は2つあります。1つは、私たちが小学生だった時代は戦争中で、学校でも理科をじっくりと教える余裕がなかったこと。それから、当時は家庭でも裸電球が灯って喜んでいたような時代。とてもではないけど、その電気が直流か交流かといった知識まで、じっくり学んで身に付けるという状況ではありませんでした。

――シニア層に理科の知識が乏しいのは、時代の影響があると。

もちろん、時代の影響というのは昔からあることです。たとえば私の母は、初めて銀行のATMでおカネを下ろした世代。ATMできちんとおカネが下ろせるか、自分の番が来たら心臓がドキドキした、と言っていました。駅の自動改札も同じ。私の母は初めて自動改札を通るとき、通れなかったらどうしようと怖かったと(笑)。それでもわれわれの親世代は必死になって追いついて、苦手を克服してくれた。前提となる知識を教えてもらっておらず、その結果として技術進化に置いていかれそうになる状況というのは、昔からあったと思うんです。

でも今、技術進化のスピードがどんどん早まっています。だから今のシニア層は、取り残される人がより多くなるのではと危惧しています。

――実際にどのような事態を危惧していますか。


若宮正子(わかみや まさこ)/1935年生まれ。銀行を定年退職前後に、パソコンを始める。ネット上の高齢者クラブ「メロウ倶楽部」の創設メンバーの一人。2017年、スマホ向けアプリ「hinadan」を開発。政府の「人生100年時代構想会議」の有識者メンバー

たとえば江戸時代と比べるとわかりやすいと思います。料理の味付けをするとき、江戸時代にはおそらくしょうゆと酢、酒くらいしか使わなかったのではないでしょうか。それが今では、ソースとかドレッシングとか、とにかく種類が豊富。一事が万事で、今の時代はものすごく大量の情報に囲まれて暮らしています。

私は今、認知症が増えている背景には、社会の変化が激しいので、ついてこられなくなった人が増えている状況があるのではと感じています。おそらく江戸時代に生きている人は、同じように生活していても、認知症だなんて言われなかった。認知症の人が増えたというより、そう言われるような社会的要因が大きいのかもしれません。

私が今心配しているのは、「IoT」などというモノのインターネットがこの先、どんどん普及していくと、時代についていけませんでは許されない状況になるということ。今までは「私はコンピュータが嫌いですから、スマホもパソコンも使えません」で済んでいても、これから先、冷蔵庫や洗濯機もインターネットにつながる時代になれば、「使えません」では済まなくなる。そうなると、時代に置いていかれるシニアが増える可能性があります。だからこそシニアも学び直しを通じて、技術進化についていく必要があるはずです。

プログラミングは究極の“脳トレ”

――具体的にはどんなことを学び直すべきと考えますか。

シニアと言っても、60代からの「ヤングシニア」と70代後半以上の「ハイシニア」とは、学び直すべき内容を分けて考えるべきでしょう。

ヤングシニアにお勧めしたいのは、先ほど話した理科の学習です。もちろん、すでにそうした知識に詳しい人には必要ないかもしれません。でも、そうでない人は今の技術進化のスピードについていくだけの、最低限の理科の知識を学び直したらいいと思います。

そのためには、乾電池を並べ、電気を流し、直流と交流について学ぶ、といった実験も必要になりますね。それをやるには、たとえば廃校の理科教室を開放するなど、国や自治体がかかわって環境を整備していただけるといいと思います。

それから、これからの時代はプログラミング学習も重要。私もスマホ用アプリ「hinadan」を開発しましたが、プログラミングは究極の“脳トレ”になります。そのためには、コンピュータの体系的な知識も必要になります。今後AI(人工知能)が進化していくと、プログラミングもAIがやってくれる時代になるかもしれません。そういうAIとうまく付き合っていくためにも、体系的な知識が不可欠といえます。

便利になればなるほど使いこなせなくなるものもある

――ハイシニア層にはどんな学び直しを勧めますか。

ハイシニアに必要だと感じているのが「デジタル駆け込み寺」。つまりデジタル技術がわからないときに、いつでも聞きに行ける場所です。

ハイシニアがパソコンやスマートフォンを使おうとするとき、いちばん最初につまずくのが設定の場面。次が思うように機械が動かなかったときです。そもそも、いちばん面倒な設定をシニアに課すというのがデジタル嫌いにさせる要因。そこは駆け込み寺の和尚さんにやっていただければと。あと思うように動かなくなったときも、少し見て解決してくれるところがあると大きく違います。

実際、機械が便利になればなるほど、逆にシニアにとって使いづらくなるというのは、これまでもありました。たとえば2011年の地デジ移行。それに伴って、地デジ対応テレビが売られ、耳が聞こえにくいシニアのために文字表示機能を増やしたり、とにかくリモコンでいろんなことができたりするようになりました。でもその結果、シニアはどのボタンを押したらいいかわからず、リモコンを使えない人が増えたんです。

若い人は何となく手探りで使い方を覚えてしまいますが、シニアは下手に使って問題が発生してはいけないと思い、怖がって手を出せないものです。

そうした事態を防ぐためにも、やはり駆け込み寺が必要。そこの和尚さんは万能である必要はありません。自分がわからないときには、もっと詳しい専門家を紹介してくれればいい。そういう場があちこちにできてほしいです。


すでに民間ではそういう場が徐々に生まれています。ただ、まだまだ足りません。そこで教える先生の指導者教育や教室の確保などについて、国や自治体のサポートがあればより広まりやすいと思います。

これからは時計でも何でも、あらゆる機器がネットにつながる時代が来ると思います。すると、ある1つの機器が故障したと思っても、本当にその機器の具合が悪いのか、もしくはそこにつながっているネットワークに不具合が生じているのか、パッと見ただけではわかりません。だからこそ、それぞれの機器メーカーのサポートセンターではなく、あらゆる不具合に対処してくれる駆け込み寺が必要なんです。

IoT時代になり、AIとも付き合っていかなければならない時代になれば、人間がいかにコンピュータと共存していくかが問われるはずです。それは簡単に答えが出せる問題ではありません。

今、書店では『君たちはどう生きるか』などの人生論の本がはやっていますね。それも、今多くの人が、コンピュータと向き合う人間力を身に付けなければいけないと感じていることの裏返しかもしれません。そう考えると、学び直しの対象としては哲学も必要になってくるかもしれませんね。理科など実験を伴う学習とは違い、リベラルアーツのたぐいは個人での学習もしやすいと思います。

『週刊東洋経済』2月24日号(2月19日発売)の特集は「ライフ・シフト 学び直し編」です。