2018年平昌五輪アイスホッケー女子予選そっくりさんが登場(YONHAP NEWS/アフロ)

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●北朝鮮からの南北首脳会談の提案

 韓国大統領府の報道官によると、北朝鮮の金正恩労働党委員長の妹で、高官級代表団の一員として韓国を訪問し文在寅大統領と会談した金与正氏は、金正恩氏の親書を渡した。金与正氏の肩書は党中央委員会第1副部長。金正恩氏は南北関係改善を望んでおり、「可能な限り早期」の首脳会談を望んでいると書かれていたという。こうした事実を韓国政府は2月10日に明らかにした。この提案に対する文大統領の基本姿勢は、「条件を整えて実現させよう」である。

●米国の対北朝鮮政策

「北朝鮮の南北首脳会談提案後の朝鮮半島情勢は、どのように展開するか」を考察する前に、極めて重要な国際政治の原則に言及しておきたい。

 ある地域にAとBとの国家が存在し、AB関係がどう発展するかという問いがあったとする。その際、AB双方の意図の分析のみ行って将来を読むと、しばしば間違いを行う。それを行う前に、超大国(現在は米国)がこの地域にいかなる戦略を持ち、それがABの思惑とどう関係するかを見ておく必要がある。この超大国の動きが流れをつくる。

 その意味で今日、トランプ政権の北朝鮮に対する政策は、

・北朝鮮の核保有を認めない
・北朝鮮の核保有を阻止するため、圧力をかける。そのなかには北朝鮮への軍事攻撃も含む

というものである。この姿勢は、昨年よりも一段と強化されている。

 米国の北朝鮮政策を決定するのに主要な3名がいる。マティス米国防長官、マクマスター国家安全保障問題担当大統領補佐官、ティラーソン国務長官の3名である。このなかで北朝鮮への武力行使を最も強く主張しているのはマクマスターで、軍事攻撃も選択肢のなかにあるとしている。次いでマティスは、外交的手段が成功しなければ軍事攻撃もあり得るとの立場である。軍事攻撃に反対するのはティラーソンである。そしてトランプ政権内で、ティラーソンの発言力が最も弱く、常に辞任の噂が出ている。

 こうしたなか、現在の米国政府内の空気を象徴する事件が発生した。ビクター・チャが昨年10月の時点で駐韓大使に内定し、韓国側に通報されていたが、この内定が取り消されたのである。ビクター・チャは韓国系米国人。2004年12月にホワイトハウス(共和党ブッシュ政権)入りし、国家安全保障会議(NSC)アジア部長となり朝鮮半島や日本などを担当。6者協議ではヒル国務次官補のもとで米国次席代表を務めた。07年5月NSC退任後はジョージタウン大学教授に就いた。ビクター・チャは米国学界における朝鮮半島に関する最も有力な専門家といっていい。

 本件に関し、米軍準広報紙「星条旗新聞」が「駐韓米国大使をめぐる決定は北朝鮮への攻撃への新たな懸念を惹起(US ambassador decision raises new concern about ‘bloody nose’ strike on N. Korea)」という論評を掲載した。主要点は次の通り。

・著名な学者を駐韓大使候補から外すという米国政府の決定は、北朝鮮に対する軍事攻撃への懸念を増大させた。
・米国はすでに韓国に対し、チャの指名を非公式に伝えており、極めて異例の動きである。
・米国の対応には、さまざまなシグナルが流れるなか、トランプが一方的な先制攻撃に踏み切る証拠とみなす者もいる。
・トランプの発言は対話の用意を述べたり、北朝鮮を完全に破壊すると揺れている。
・韓国中央日報紙は論説のなかで、最終段階でのチャ大使の変更は米国が先制攻撃に関心があることを示す不吉なシグナルと書いている。
・トランプの一般教書での北朝鮮に対する強い文言の使用は憶測を呼んでいる。
・この決定は米国政権内に軍事行動と外交努力の間で見解の対立があることを示している。

 北朝鮮への圧力の主たる動きは、米韓軍事演習である。米国は平昌五輪期間中、米韓軍事演習を一時延期するとしているが、オリンピックが終われば再開するとの立場である。

●韓国の文大統領の対応

 韓国にとって平昌五輪を無事終わらせることは、国際的評価を勝ち取るため、ぜひとも必要なことである。そのためには、北朝鮮が妨害工作を行わないことが強く求められていた。こうしたなか、韓国は北朝鮮の高官の訪問を要請し、ホッケー等に統一チームをつくるなどの策を出した。これが成功し、懸念された北朝鮮の妨害工作はない。

 こうしたなかでの北朝鮮からの南北首脳会談の提案である。文大統領は基本的に南北首脳会談に前向きである。だが、前述の通り、現在米国は北朝鮮の核開発を諦めさせることを最優先している。他方、北朝鮮は核保有国としての立場を確保したいとして、両者は根本的に対立している。

 さらに韓国側の姿勢を考えるときに重要なのは、仮に米国が北朝鮮に武力行使をした場合、北朝鮮が報復攻撃を行う可能性が高く、その目標は主としてソウルとなり、莫大な死傷者が出ることが想定される。したがって文大統領は、米国の軍事攻撃を避けたいとの思いがある。

 こうしたなか、文大統領は南北和解ムードを形成したいとしても、米国・北朝鮮間で核開発問題に歩み寄りの可能性が見えないなか、その成功の見通しは当面低い。ここに、文大統領の「条件を整えて実現させよう」との発言がある。この言葉は、別の言い方をすれば、「まだ実現への条件が整っていない」ということになる。

 韓国の東亜日報、朝鮮日報、中央日報が首脳会談提案について社説を掲載しているが、「この提案にあまりにも前向きになって米韓関係を壊すな」というのが基本主張となっている。

●北朝鮮の狙い

 今日、北朝鮮の最大の目的は、国際社会が北朝鮮を核保有国として認知することである。つまり、核開発進行中の現状を維持することにある。現状が継続すれば、核保有国としての態勢が一段と進む。したがって、

・韓国が冬季オリンピックを無事に終結したい
・そのためには北朝鮮の妨害を阻止しなければならない
・その手段として北朝鮮に平昌五輪をめぐる融和策を示した

という情勢を踏まえ、北朝鮮は南北首脳会談を提案した。

●今後の見通し

 最大の焦点は、米韓軍事演習の動向である。米国は平昌五輪期間中は米韓軍事演習をしないこととしたが、それが終われば、4〜5月に開始する。この演習には北朝鮮への攻撃訓練が含まれる。当然北朝鮮が反発し、ミサイル発射や核実験等を行う可能性が高い。したがって4〜5月頃、再度緊張が訪れる可能性が高い。

 文大統領はこうした緊張を避けたい意向が強い。そこで、「南北首脳会談が検討されているなか、米韓軍事演習への韓国軍の参加のレベルを下げたい」と米国側に伝える可能性が十分想定される。

 ここで、米韓関係に緊張状態が出てくる可能性は十分ある。もしそのような状況が出れば、韓国国内で韓国主要紙が中心となり「米韓関係を壊すな」というキャンペーンが展開する可能性もあり、その際は韓国国内政治も動揺する。

 ちなみに、こうしたなかで日本が韓国に対して、南北首脳会談にどう臨めとか、あるいは米韓軍事演習にどう臨めなどと発言をしても、その動向になんらの影響ももたらさない。
(文=孫崎享/評論家、元外務省国際情報局長)