広告宣伝や営業のプロとしての視点を活かし、デジタル化・クラウド化の波をとらえたサービスを展開されてきた、電通グループ出身の稲葉雄一社長(写真:Signifiant)

「脳の記憶補助装置を開発する会社」をテーマに、中小企業向けのクラウドサービスを展開するナレッジスイート。踏み込んだ顧客管理情報をクラウドで共有することによって、営業社員の効率改善を図り、中小企業の働き方改革に挑戦しています。


当記事はシニフィアンスタイル(Signifiant Style)の提供記事です

電通グループ出身の稲葉雄一社長は、広告宣伝や営業のプロとしての視点を活かし、デジタル化・クラウド化の波をとらえたサービスを展開されてきました。「ブルーオーシャン」という中小企業向けのSaaSビジネスで、どのように事業を拡大するのか、稲葉社長のお話を伺っていきます(事業の詳細については「成長性に関する説明資料」)。

2006年創業のナレッジスイートは「脳の記憶補助装置を開発する会社」として中小企業向けのクラウドサービスを展開するIT企業。クラウド型のSFA/CRM統合ビジネスアプリケーションの「ナレッジスイート」やGPS位置情報を活用したフィールドナーチャリングCRMクラウドサービス「GEOCRM」などを提供しており、2017年12月、東京証券取引所マザーズ市場に上場を果たす。2017年9月期の売上高は約7億9000万円、営業利益は約1億5100万円。証券コードは3999。

電通人生のピーク。だからこそ辞めた

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):稲葉社長は電通にいらしたということですが、どういう経緯でナレッジスイートを創業されたのでしょうか?

稲葉雄一(ナレッジスイート代表取締役社長。以下、稲葉):起業する前は電通グループに在籍し、長年電通に出向していました。僕がやっていたのはプロモーション、いわゆる販売促進でしたが、その中でもデバイス、フィールド、ネットといった異なる領域を統合してプロモーションする仕事を好み、それで成果を上げてきました。最終的には数社が競合するようなコンペになると必ず呼ばれるようになり、「負けない」という評判が立って、社内でもかなり重宝されるようになりました。


2018年1月 営業支援EXPOより(写真:ナレッジスイート)

稲葉:ただある時、軽い気持ちで担当した小さいコンペで負けたことがあって、周りからの評価が一気に下がったことがあったんです。その仕事は結局獲得することができたんですが、人の評価というのはこんなにも目まぐるしく変わるものなんだと考えるきっかけになりました。


稲葉雄一(いなば ゆういち)/ナレッジスイート株式会社 代表取締役社長。1968年生まれ。電通グループ企業で、企業の統合プロモーションプランニングを担当。リアルとバーチャルを融合したクロスプロモーションをいち早くクライアント業務に取り入れ、インターネットを活用したCRM領域において多くの実績を残し、電通社内の統合プロモーション分野でプランニングMVPを2年連続受賞する。2006年、ナレッジスイート(旧ブランドダイアログ)を設立し代表取締役に就任(写真:Signifiant)

電通グループを辞めて起業することを決意したきっかけの1つは、2年連続でプランニングMVPという賞を獲ったことです。自分にとって、電通でのキャリアのピークだと感じたんです。そのタイミングで独立し、僕とアシスタントという少人数の体制で電通からのコンサルティング業務を請け負い、売り上げを上げることができました。

起業のもう1つの理由は、テレビの地上デジタル放送への移行です。当時、統合キャンペーンをやっていて気づいたのは、テレビCMを打つととんでもないトラフィックがインターネットサイトに来るということです。インターネットサービスというのはピーク時に合わせて設計するので、ピーク時のとんでもないトラフィックに耐えられるように余裕を見て設計するわけです。でもすぐにまたアクセス数は落ちるわけだから、ピーク時以外はその余剰分は無駄になりますよね。だからそのムダを省くために可変的な動きによってサーバーサイドも変化する仮想サーバーというのができないかと考えたんです。

来る地上デジタル放送への移行によって、サーバーサイドの負荷の課題はさらに大きくなるだろう、では、いざ仮想サーバーを実現しようとしたときに、そのインフラのおカネはどこが出すんだろう、といった課題について考えるようになりました。この課題に取り組んでみたいという興味の高まりと、自分の会社員としての評価のピークが重なって、その時が辞めるタイミングだと思ったんです。 実際、会社を興してしばらくは電通の仕事をしながら、仮想インフラを実現できる技術やサービスがないか、多くのエンジニアに話を聞いて回りました。でも、なかなか簡単には見つかりませんでしたね。

トップ営業マンの知見を新人が活かせるCRM

村上:そこから今のビジネスに着手をしたのはいつごろだったんですか?

稲葉:CRM (顧客関係管理)とSFA(営業支援システム)については、実は電通時代にすでに手がけていました。某自動車会社のインターネットを活用したCRMを通じて営業活動を効率化する仕組みを作り、インターネット上でのキャンペーンで見込み顧客と接触するきっかけづくりをしたんです。


ナレッジスイート「成長可能性に関する説明資料」より

稲葉:その時にクライアントから言われたのが、1人の営業マンが抱えられる顧客数、1日に訪問できる顧客数は限られているということ。ですから、営業成績の差は受注率の差によるわけです。それならどうしたら受注率を上げればいいか、を考えるわけですが、営業成績を挙げている人のノウハウを展開するとか人を教育するとかいったことは、簡単にはできないわけです。

ここは発想の転換が必要です。いかに営業マンの教育をアップするかではなく、営業マンが抱えられる顧客の数を増やすにはどうしたらいいかを考えればいいんですよ。たとえば月に100人の顧客を抱えて3回訪問し、50%の受注率だとします。この50%を簡単に向上できないんだとしたら、顧客の母数を100人から120人に増やせればいい。ただそうすると、訪問回数を減らすか、1回の訪問時間を短くしなければなりません。1回の訪問の密度を上げて、話す時間や内容を精査する必要がある。そのための方法がSFAなんです。属人的なナレッジに依らず、システマティックに原理原則で動くためツールとしてSFAがある。

村上:なるほど。事業としては、「ナレッジスイート」と「GEO CRM」がメインだと思いますが、それぞれどのような事業でしょうか?


ナレッジスイート「成長可能性に関する説明資料」より

SFAとかCRMは本来営業社員のためにある

稲葉:僕らは「脳の記憶補助装置を作る会社」と表現しているんですが、これはさっきの例にあてはめると、限定された顧客数からの受注率を上げることを企てるのではなく、営業に必要な情報をいつでも取り出せるようにすることで、顧客の母数を増やすことを企てる、ということです。もう少しわかりやすい例で言うと、商談の場面で「一度会社に戻って確認してお返事申し上げます」とか「事例を探して次回お持ちします」ということがあると思うんですが、その場で手元のスマートフォンを確認して回答出来れば時間も回数も節約することができますよね。これが僕らの企図する「1回の訪問の時間や内容の密度を上げる」ということです。そうした個々人の対応プロセスを全部、組織内で可視化するんです。SFAとかCRMって経営者のためのものになってしまっているんですけど、僕は、本来は営業社員のためのものだと思うので、本来の使い方ができるようにしたいと思っています。

村上:そこがポイントなんですね。御社のCRMは経営者視点というより、営業マンの視点に立った営業視点なんですね。

稲葉:平たく言えば、成績を上げたい営業マンの視点なんです。「ナレッジスイート」には他の人の営業プロセスも記憶されているので、誰でもそれを真似することができます。たとえば新卒の営業マンなら、自分で知識や経験は持ち合わせていなくても、検索やGPS位置情報を通じてすぐに先輩の知見が探し出せるし、先輩の営業プロセスを知ることができる。だから新人や若手も、すでにある知見を活かして効率をあげようという視点を持ってさえいれば、安定的に成績を上げることができます。

村上:顧客を管理するというCRMの発想よりも、営業職のユーザーが顧客に対して発揮する価値を上げられるようにするという発想なんですね。一方で、もう1つの主力サービスである「GEOCRM」も、管理的な思想が強い商材に見えてしまいますが、違うのでしょうか?

営業社員の味方、「ナレッジスイート」と「GEOCRM」


営業マンを管理するのではなく、営業マンが使えるツールを提供する(画像:ナレッジスイート)

稲葉:いや、「GEOCRM」も逆の発想なんです。営業マンを管理するのではなく、営業マンが使えるツールを提供する。たとえば、街なかを歩いてると「100m先にあなたの管理顧客がいますよ」や「200m先に3ヶ月訪問してない管理顧客がいるのを覚えていますか?」といったポップアップが出ます。それだけでなく、「1キロ先にチームメンバーの管理顧客で6ヶ月訪問してない顧客がいますよ」や「600m先にまもなく競合製品の契約満了を迎える潜在顧客がいますよ」といった踏み込んだ内容の通知も出る。自分の記憶に加えてチームの記憶も共有されており、自分が直接関わっていない顧客の場合でもプロセスが記録されているので、他の営業マンの代わりに客先に顔を出すことも簡単にできるようになるんです。

村上:私も営業をやっていましたから、それがどういった効果があるかはわかる気がします。

稲葉:自分が忘れていた記憶も全て呼び覚ますんですよ。人間の記憶からは消えてしまうビジネスノウハウだとか、お客様との関係、名前、それを全部クラウドで共有することによって、自分の能力を高められる。「ナレッジスイート」と「GEOCRM」を通じて、それをシステマティックに実現しようとしているんです。

村上:「ナレッジスイート」や「GEO CRM」を通じて、営業社員が効率的に顧客を管理できるようになれば、会社経営にもメリットも出てきますね。

顧客の成長なくしてビジネスの成功なし

稲葉:僕らがやってるのは中小企業の働き方改革なんです。中小企業の社員は必ず1人で何役もこなさないといけません。「ナレッジスイート」と「GEO CRM」を通じて、その効率化を推進したいんです。たとえば、営業であったとしても、今月の会社の売り上げや見込みの数字をまとめてレポートにして出せと言われたら出さないといけないわけですよね。その作業をしている間は営業本来の仕事はできない。でも僕らのサービスを使えば、ボタン1つでそうした情報を出すことができます。つまり、こなさなければならない役割の1つをクラウドサービスがやってくれるんです。中小企業ではまだ仕組み化されていない業務を、クラウドコンピューティングを使えば再現性高く効率的にできるようになるんです。


当時は格式あるテレビや新聞にベンチャーが広告を出すなんてありえなかったんです(写真:ナレッジスイート)

村上:顧客開拓の視点からは、中小企業にこのサービスによって実現できる世界を説明するには説明コストがかかるのではないかと思ったんですが、このサービスはある程度プッシュ型で営業しないと価値を理解してもらえないのか、それともインバウンドで顧客が入ってくるものなのか、どちらなんでしょうか?

稲葉:ここは自慢したいポイントなんですが、顧客はすべてインバウンドなんです。月平均で500社程度の問い合わせが来ます。事業を始めた当初、新聞や雑誌に広告をバーンと載せたのが大きかったです。当時は格式あるテレビや新聞にベンチャーが広告を出すなんてありえなかったんですが、それをやりました。雑誌とインターネットにも広告を載せて、3カ月で5000万円以上を使ったと思います。それを続けてSEO対策を実施したことで、その後、絶えず問い合わせが来ています。

村上:それからはある程度、既存ユーザーの口コミで広がっているんですか?

稲葉:今でもなぜか問い合わせが来るんです。 ただ、最初、ユーザー数無制限で2000円から導入できるという、破壊的な低価格でスタートしたのは大きかったと思います。その当時、「フリーミアム」という言葉があって、僕らは「BtoB版のフリーミアムサービスだ」とも言われたんです。無料サービスから広げていって、そこからアップセルさせていくという手法を取ったので、参入時、同業社に「お前たちは価格破壊を起こしている」と言われました。

ですが、僕らはグループウエアそのもので儲けるつもりはありませんでした。低価格で始めたのは先行投資だったんです。その後、中小企業向け顧客管理CRM/営業支援SFAサービスの「ナレッジスイート」と「GEOCRM」に進化させていく、きっかけづくりだったんですよ。だから最初のハードルは低くして、まずは顧客を獲得することを先行させたんです。

村上:B2C系の企業が得意な「面をとる戦略」ですね。広告宣伝を含めて初期に積極的に投資できたことが大きな成長につながったわけですね。

稲葉:それに、僕らは導入企業の成長とともにおカネをもらうという考え方でサービスを提供しているんです。 マネタイズの仕方として、1ユーザーあたりに課金をする方法がありますよね。でも、僕らはデータビジネスをしていて、利用データ量が増えれば金額が上がっていくという形式でおカネをいただいています。貸金庫みたいな考え方ですね。ソフトウエアはあくまでデータを出し入れするインターフェースなので無料で提供しますが、金庫の大きさによって金額が変わってきますよ、ということです。


ナレッジスイート「成長可能性に関する説明資料」より

稲葉:データ量が増えるとはどういうことか。あるユーザー企業のなかでデータが溜まっていくと、僕らのサービスを使ってもらうことで、経営効率がより高まっていくんです。そうすれば、収益性が高まって利益が増える。同時に、うちに支払っていただく金額も増える。

こういった仕掛けになっているので、僕らのビジネスの成功は導入企業の成長とともにある、と言えるわけです。

稲葉:一方、マイナス面としては、エントリーの金額が安いためにすぐには利益が上がらない、という面もあります。始めた頃なんかは、熊本まで営業2人で潜在顧客に2回会いに行って、月2000円の売上にしかならない契約を1本取るということもありました。仮に2年間の契約でも、収益は5万円にしか到達しません。営業の交通費のほうが断然高いですし、この契約単体で見たら完全な赤字ですよ。それでも、まずはおカネを出してくださるお客さんが欲しかったんです。年間最大2億円以上の赤字を出しながら頑張ってきました。

村上:その頃から出資は受けられていたわけですよね。

稲葉:すでに受けていました。資金調達も戦略が必要で、バリュエーションをどう説明していくのかという意味で、重要な経営戦略なんです。僕らがキャッシュポジションの目安として考えていたのは、「1年分の事業資金を現金として保有する」というものでした。だから、現金残高が1年分を切る前に新サービスやプレスリリースを連続して出して、次の成長戦略を見せつつ資金調達を繰り返していましたね。

それでも最初の7年くらいは、先の光が一切見えない時期もありました。いくら試算してみても、一向に黒字になる光が見えなかったんです。でも、僕らはSaaS型の事業ですから、やり続けていればいつか黒字化の時が来ると信じていました。僕自身は、おカネが尽きる前に資金調達をうまくやりながら事業資金とつないでいくことが最も大事な仕事だと思ってましたね。

それでも5〜6年前に1回、僕の読みが外れて大赤字が続き、現金がなくなりかけてダウンラウンドになってしまったこともありました。緊急で3億円弱くらいを出資してもらったんですけど、その時が一番つらかったです。そこから2年後にようやく黒字化しました。

中小企業向けクラウドサービスはブルーオーシャン

村上:これから、御社の成長の可能性はどこにあるとお考えですか?

稲葉:「ナレッジスイート」の直販を含めた営業体制強化ですね。

村上:売り上げの拡大に向けたKPIを分解すると、使ってもらう頻度を高めるのか、利用企業社数を増やすのか、どのような戦略が考えられますか?

稲葉:一般的には、「新規顧客にアプローチするよりも、既存顧客からアップセル、クロスセルしていったほうが効率的」と言われていますよね。でもうちの場合、継続してインバウンドがあるので、新規顧客を獲得するほうが早いんです。中小企業向けのクラウドサービスというのはブルーオーシャンで、競合が誰もいません。このマーケットで早くポジションを築いたほうがいいと考えて、新規を取り続けてきました。

ただ、今後はデータ量を積み上げることによって既存顧客の単価を伸ばすことも同時にやらなければならないと思っています。それが今回のIPOのきっかけなんです。

村上:新規獲得と既存アップセルのバランスですが、マーケットはまだ開拓の余地が大きいですよね。そんな中、新規獲得にフォーカスするのか、それとも既存アップセルやクロスセルに注力するのか、どちらでしょうか?

稲葉:新規ですね。日本の企業数が420万社で中小企業が400万社、その中で個人事業主を鑑みても、ターゲットとなるのは100万社から200万社いるわけですよ。うちの顧客はまだ約4800社しかいません。シェアは1%にも届いていないんです。だから、利益率・収益性を考えても、まだまだ新規を取り続けたほうが効率的だと思います。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):中小企業向けのCRMマーケットがブルーオーシャンである一番の要因は、顧客開拓が大変だ、といった理由なんでしょうか?

稲葉:違います。以前は中小企業マーケットに大きな会社がパッケージを売るために参入してきましたが、パッケージは初期費用が何百万円、あるいは何千万円もかかります。僕らはクラウドコンピューティングによって、利用ユーザー数無制限で利用できる低価格なビジネスモデルで参入したということですね。既存事業者は中小企業へのアプローチの仕方がわかっていないんです。だから入ってくることができない。また中小企業の業務フローやキャッシュフローをわかっていません。

逆にベンチャーで3〜5名でSFA(営業支援システム)を作っているような会社もあるんですが、立ち上がるまでは相当きついということを、僕は経験上知っています。彼らがどこまで耐えられるかという思いで見ていますし、どこかで支援したいとも思っています。

小林:御社は、立ち上げのハードな時期をくぐり抜けており、一方で大企業がこの事業領域に参入するのは難しい、ということなんですね。

稲葉:絶対できないでしょうね。たとえば、大企業向けのERP(統合業務パッケージ)の機能はそのままで、価格を弊社製品と同じに設定して中小企業向けのマーケットに参入してきたところで、中小企業ではそのリッチな機能を使いこなせないんですよ。中小企業は「何でもできるすごい機能」が欲しいのではなく「ニーズを満たす機能」が欲しいだけなんです。 僕らの強みは、毎月、何百、何千という利用者の声が届くことです。一番ニーズの高いところを作り変えていけば顧客満足度が上がるんです。これを繰り返してるだけなんです。

ノンポリシーがポリシー

村上:御社は、今はSaaS型のビジネスを展開してらっしゃいますが、今後、ユーザー企業のビジネスの履歴がデータとしてどんどん溜まってくると思います。クラウドを脳の記憶補助装置と位置付けていらっしゃいますが、次に狙われる新規事業の構想などがあれば、お聞かせください。

稲葉:僕らはノンポリシーをポリシーとしているので、具体的に「これ」というものはありません。 これは僕らの1つのルールでもあるのですが、開発ポリシーやサービスの方向性、ビジョンや展望を聞かれたとき、いつも「ノンポリシーです」と答えているんですよ。今後のことは良くも悪くもお客様の声で決まっていくので、僕らのポリシーや展望というものはないんです。


ナレッジスイート「成長可能性に関する説明資料」より

稲葉:ただ、最初にお話ししたように、中小企業の社員は1人何役もこなさなければならないので、それをサポートするものとして活かせるのであれば、データマイニング、AI、IoTといった新しい技術を選択することになると思います。今のマーケットはキーワード先行で動いているという気がしますが、僕らはニーズ先行で物事を考えているので、「お客様にAIを提供します」ではなくて、ニーズに基づいてどんな技術を選択するかを考えるんです。もちろん研究開発はしているんですが、新しい技術で既存の技術を代替するという考え方ではなくて、お客さまのニーズが先にあって、どの技術を当てはめればそれに応えられるのか、またどれだけ効率化や生産性に寄与するのか。という考え方でやっています。

僕らにとって一番悩ましいのは、汎用性を高めるという課題です。たとえば運送業のお客様から「こういう機能を作ってほしい」という声が溜まったとして、その機能が運送業でしか使えないのなら意味がないので、どうやって汎用的な機能にするかを考えるんですが、これが難しいんです。汎用化できない機能は作りません。その判断が一番難しいですね。

小林:世の中によくある、顧客ごとにカスタマイズしていく方向ではないんですね。

稲葉:それは絶対にダメですね。ユーザー側がカスタマイズしていけるように、ベースは汎用度の高いものにしないといけません。実はそれが一番難しく、真剣に考えてプロダクトに落とし込んでいく必要があります。僕らは業務の効率化を実現させるためのプラットフォーマーなんです。プラットフォームにさまざまな汎用的な機能を乗せて、ユーザーにはその中から機能を選択してカスタマイズして使っていただく。自分にとって使い勝手のいいものを自分でアレンジできるようにすれば、ユーザーには使っていただけます。そうすればデータが溜まり、僕らもマネタイズできるんです。

大胆な投資戦略を取れるか

村上:既存ユーザーにデータ量を増やしてもらったほうが、利益率の上がり幅は大きいですよね。一方で、まだマーケットでのサービスの浸透度は低いですから、投資先行で攻めていき、この先10年くらいは拡大期ととらえておけばよいでしょうか。

稲葉:今回のロードショーで機関投資家も意見が割れているところです。「アマゾン的に先行投資型で動け」という機関投資家が多い一方で、「日本のマーケットの制約を考えると、早い段階で利益を確保しながら前に進むしかない」という意見もあって、どちらの意見を優先させるかの判断は難しいと思っています。

村上:そこは非常に重要な判断ですね。投資家もどっちの戦略をとるのかによって、いい意味でも悪い意味でも評価が分かれるでしょうし、投資判断に大きく影響しそうですね。今回の上場で獲得された資金も限られていますから、たとえば営業を優先して人材確保に使うのか、もしくはシステム投資に重点を置くのかなど、判断が求められますね。

稲葉:それは、クラウドビジネスにとって一番重要な経営視点だと思います。通常毎月の利用料が12カ月分入ってくるのは翌期なんです。契約期は数カ月分しか売上計上できません。また営業経費もかかります。決算のタイミング次第では、翌々期に12カ月分フルにもらえるタイミングもあります。一方でプロモーション費用を一気にかけたり、人を一度に多く採用したりすると、その期の業績に大きく影響が出てしまいます。そこの舵取りが難しいところですね。クラウドビジネスは完全に先行投資型のビジネスなんです。

日本のマーケットは短期的な赤字を非常に気にしている

村上:国内と海外の機関投資家で意見に違いはありますか? たとえば、海外の方がもっと先行投資でやったほうがいいとか?

稲葉:海外はそうですね。あと国内の大手も同じで、「LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)で物事を考えたほうがいい」「一時的な株価を気にすることはない」と言いますね。ただ、日本のマーケットは短期的な赤字を非常に気にしていると感じます。考え方としてはあるのかもしれませんが、日本のマーケットを見てしまうとまだまだ難しいだろうなと感じてしまいます。

村上:当時、KDDIや電通など、大手企業と事業提携されたり、出資を受けられたりしていますが、どのようにして関係を築かれたのでしょうか。

稲葉:僕が経営者として心掛けてきたことは、狙うべきターゲットとなる企業の決算資料を全部読み込むということです。そして、彼らの戦略の要素を、僕らの会社のビジョンや展望に埋め込ませる形で、SEO対策として自社ホームページに仕込むんです。そうすると、彼らが自社に近いビジョンを持つプレイヤーを探した時に検索上位に来て、彼らから問い合わせが来るんです。通信業者と組みたいと思った時には、ソフトバンク、ドコモ、KDDIの資料を全部読み込みました。その結果、KDDIから声がかかったんです。


2017年12月18日 東証マザーズ上場(写真:ナレッジスイート)

村上:それは非常にユニークな取り組みですね。広告宣伝のプロならではの、インバウンドを作る戦略が素晴らしいですね。

稲葉:あとは、全部ゴルフです(笑)。IT業界では最初、何のつながりもなかったんですけど、ゴルフのコンペに出続けることによって多くの方とのつながりができました。会社の中でも、僕のゴルフだけは認められていると思います。

村上:本日はありがとうございました。日本の中小企業を活性化する取り組み、楽しみにしております。

(ライター:石村研二)