デンマークのオンラインチケット販売会社「Momondo」のサイト

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PRとは「斬新なことを発信すること」と思われがちだ。だが潜在的に「みんながそう思っていること」を狙い、「よくぞ言ってくれた!」を引き出すという手法もある。デンマークのある企業はDNA技術を使った実験で、世界中で吹き荒れる「差別主義」を批判した。戦略PRプランナーの本田哲也氏は「このPRは『そもそも』を活用した好例だ」という――。

■「そもそも」で普遍的な問題に気付く

PRというと、「斬新なことを発信しなくてはいけない」と思いがちだ。確かに、それも大切なことではあるが、何でもかんでも新しければいいというものではない。世の中にじっと目を凝らしてみると、表面的なトレンドや風潮の水面下に、みんなが忘れている原点や普遍的な何かが潜んでいる場合がある。そこを突いて、PRチャンスに変える。大事なのは、「みんながそう思っていること」は、案外に社会では表面化していないことがあるということ。あるいは、「そういう時期」があるということだ。

もっと言えば、「潜んだ普遍性」という視座だ。社会で明らかになり過ぎていることでもなく、かといって誰も思いつかないような斬新なことでもない。その間をつく。表面化しそうでしていない、潜在的に「みんながそう思っていること」を狙う。その結果、「よくぞ言ってくれた!」を引き出し、価値変換を起こす。

そのときに役立つのが戦略PRの4つ目の要素「そもそも」だ。「そもそもこの問題の原因は」「そもそもの目的に立ち戻ろう」など、安易に発言されるとうっとうしいときもあるが、当を得た「そもそも」には価値がある。紛糾し枝葉の議論になり果てた会議などで、それまで黙っていた女性上司の「そもそもの目的に戻りましょう」という一言で皆が「ハッ」となり、その場の空気が変わる……なんていうこともある。問いかけることであらためて本質的な問題や課題に耳目が集まる。

さて、最近の社会風潮のひとつに「人種差別主義」がある。日本でも「嫌韓」「嫌中」の声が吹き荒れ、トランプ政権しかりブレグジットしかり、世界は今、差別主義に傾いているように思える。そんな風潮に「そもそも」を突きつけた戦略PRの成功例がある。今回紹介するのは、デンマークのオンラインチケット販売会社「Momondo」による「The DNA journey」というキャンペーンだ。同社は、DNA技術を使ったある実験プロジェクトを行い、その様子を動画で配信し、話題になった。その内容は次のようなものだ。

■「The DNA journey」キャンペーンとは

世界各地から参加者が集められ、「自分にとっての母国はどこか」「他の国にどのような印象を抱いているか」などと質問される。誰しも、生まれ育った国への愛着を抱いているのと同時に「正直言って、あの国の人は嫌い」など多かれ少なかれ、偏見があることが明らかになる。

インタビューの後、ルーツを探るためのDNA検査が行われる。そして、2週間後にテストの結果が発表されたとき、集まった人々は驚いた。結果はまるで想像と違っていたからだ。例えば、「自分は100%アイスランド人だ」と答えていた男性は東欧、スペイン、ポルトガル、イタリア、ギリシャのDNAの持ち主だった。「嫌い」と答えた国が、自分のルーツのひとつだと判明した人もいた。想定外の結果に驚き、感激し、涙ぐむ人もいたほど。

動画に登場する面談員はこう問いかける。

「自分のルーツを探す旅に出たいと思いますか?」

参加者全員が「Yes!」と答え、「広い視野を持つことで、新しい世界が広がる。」というMomondo社からのメッセージが流れる。

■シンプルなメッセージと、明確な答えが大切

このキャンペーンが訴えるメッセージは非常にシンプルなものだ。「人類は皆、兄弟である」「他国への偏見や差別意識を持つのは間違っている」……。いずれも、過去にも聞いたことがあるものだろう。しかし今でも、国や人種を越える普遍的な問題だ。

加えて、この動画はとてもシンプルだが、最新の科学技術を用いて「明確な答え」を示している。見る人の主観でどうとでも取れるような、曖昧な答えではない分、メッセージが力強く響く。

さて、「そもそも」を啓発するPRを実施する上で、もうひとつ重要なポイントがある。それは、時間軸を意識することだ。いくら普遍的なメッセージといっても、いつ発信してもいいわけではない。ヒット商品がリバイバルするように、その価値観やメッセージが注目される瞬間と、そうではない瞬間がある。そのタイミングをつかむには、しっかり世の中を観察する必要がある。

「The DNA journey」キャンペーンが支持された背景には、前述のようにトランプ政権の誕生や難民問題の悪化など、前提となる文脈がある。行き過ぎた愛国主義への疑問や不安。果たして、これでいいのか? という思いが無数に点在している中に、このキャンペーンが打ち出されたからこそ、たくさんの気付きを喚起し、多くの人の心を引きつけたのだ。これがもし、「世界をひとつに」という潮流が盛り上がっているタイミングに発表されたらどうだったか。おそらく、今回ほどは盛り上がらなかっただろうというのが僕の推測だ。

■みんなの“もやもや”を「世間の空気」に変える

日本人はけっこうこの「そもそも」が好きな民族だ。その「そもそも」がうまく腹落ちすれば、人々は絶賛し、引きつけられ、賛同する。「以心伝心」の日本人は思っていることを腹に抱え込むことも多く、それが大衆心理化することも少なくない。だからこそ、「よくぞ言ってくれた!」というカタルシスが強まるのも日本人に多い傾向なのかもしれない。

PRの役割のひとつは、社会になにがしかの合意形成をもたらすことだ。表面化しそうでいてしていない領域を狙い、みんながひそかに気にしていた“モヤモヤ”を晴らす。それは簡単なことではないけれど、モヤモヤ感がある領域を突くことで、一気に「空気」ができることがある。これは、知っておいて損はないはずだ。

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本田 哲也(ほんだ・てつや)
ブルーカレント・ジャパン株式会社 代表取締役社長/CEO。1970年生まれ。戦略PRプランナー。「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」にPRWeek誌によって選出された日本を代表するPR専門家。99年、世界最大規模のPR会社フライシュマン・ヒラードの日本法人に入社。2006年、ブルーカレント・ジャパンを設立し代表に就任。2009年に『戦略PR』(アスキー新書)を上梓し、広告業界にPRブームを巻き起こす。『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』(田端信太郎氏との共著、ディスカヴァー刊)などの著作、国内外での講演実績多数。2015年よりJリーグマーケティング委員。2015年の『PRWeek Awards』にて「PR Professional of the Year」を受賞。「カンヌライオンズ2017」PR部門審査員。

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(ブルーカレント・ジャパン代表 本田 哲也)