終わってしまった恋に執着するのは、いちばんやってはいけないこと(写真:bee / PIXTA)

新宿のカウンセリングルーム。カウンセラーの男性と私は、会員の小宮省吾(40歳、仮名)が来るのを待っていた。ところが、約束の16時を10分過ぎても、現れなかった。約束に遅れてくるようなタイプではない。携帯に電話したがつながらない。

嫌な予感がした。

「事務所に何か連絡が入っていないか、ちょっと聞いてみます」


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カウンセラーにこう告げ、部屋を出てスタッフの女性に連絡をしたが、省吾からは何の連絡も入っていなかった。

私の脳裏に断崖絶壁に1人たたずみ、強風に吹かれながら海を見下ろしている省吾の姿が思い浮かんだ。その脳裏映像が今度は、1人暮らしをしているマンションの1室で、天井にくくられたロープを思いつめた表情でジーッと見つめている省吾の姿に切り替わる。いらない心配だとはわかっていても、嫌なことばかりが思い浮かんできた。

「とにかく連絡して!待っているからね。何時になってもいいから電話かメールをください。」

LINEにメッセージを送り、それから何度も電話をして着信歴を残した。

部屋に戻り、カウンセラーの男性に言った。

「すいません。連絡がつきません。でも、何の連絡もしないで約束をすっぽかすような男性ではないんです。それだけに心のダメージが心配です。1時間だけ来るのを待っていただいてもいいですか?」

そうして1時間待ったけれど、彼は現れなかった。

40歳独身男が憔悴しきった理由とは

結果から言えば、その日、省吾は新宿に来ていた。しかし、携帯電話を家に忘れてきたことに駅を降りてから気づいた。携帯がなかったために、場所がわからず、さらに私にも連絡ができなかったという。

「約束をすっぽかしてしまう形になりました。社会人として最もしてはいけないことをしてしまいました。本当に申し訳ありません」

それから2時間後、省吾からのLINEを見て心底ほっとし、いらない心配をしていた自分に苦笑いをした。

なぜ私がそこまで心配をしたのか。そして、なぜ心理カウンセラーとともに省吾を待っていたのか。それは省吾が10月末にプロポーズし、それを受けてもらった女性から、3週間後に“婚約解消”されたからだ。その直後に面談をしたのだが、その憔悴ぶりがあまりにも痛々しかったからだ。

「食事がノドを通らないんです」

身長175cm、もともとやせ型だった彼がさらにやせて、ガリガリになっていた。ほおはこけ、目もうつろで生気が失われていた。弱り目に祟り目、ひどい風邪をひいてしまったようで、足どりもフラフラしていた。

婚約解消は、単なる失恋よりも傷が深いだろう。これから残りの人生を共に歩んでいこうと、意を決してのプロポーズ。それを受けてもらい、あれやこれやと未来の結婚生活を思い描いていた中で、相手の気持ちが変わり、「あなたとはやっぱり結婚はできない」と別れを宣言されたのだから。

失意のどん底に陥った省吾であるが、そこから2カ月で、見事にはい上がり、新しい幸せをつかんだ。今回はその復活劇を記す。

なぜマリッジブルーを起こすのか

お見合いに限らず、恋愛の末に婚約したとしても、それが解消になるケースはそう珍しくはない。いったん決めた結婚をやめたくなるのは、いわゆるマリッジブルーに陥るからだ。

では、なぜマリッジブルーになるのか。

結婚というのは、それまで暮らしてきた生活環境が変わることだ。人には変化を楽しめる人と恐れる人がいる。環境の変化を恐れる人は、結婚後にまったく違う環境に自分の身を置くことに、漠然とした不安を感じるようになる。結婚することが楽しいとは思えず、憂鬱な気持ちが膨らむようになる。

もう1つの要因は、結婚に対する観念がつくり出す恐れだろう。“結婚とは、こうあるべき”“私の結婚観はこうだ”という思い込みが強いタイプは、自分の思いと少しでも違う状況を相手がつくると、柔軟な対応ができずに矛盾を感じるようになる。そして、“私が結婚するのは、この相手ではない”と思うようになる。

省吾のお相手、遠藤佳恵(37歳、仮名)は、後者のタイプだったように思う。プロポーズを受けて、彼とより密に時間を過ごしていく中で、彼女の考える結婚観に省吾が当てはまらなくなっていったのだ。

2人のすれ違いは、プロポーズ旅行から始まった。

省吾は、金曜の午後から2人で箱根に出向き、その旅先でプロポーズすることを計画した。プロポーズにふさわしい温泉旅館をネットで探し、そこでドラマチックプロポーズを仕掛けることにした。

それは、こんなプロポーズだった。

まずは旅館にチェックイン。夕方散歩に出掛け、真っ暗な部屋に帰ってきて電気をつけると、テーブルの上には、真っ赤なバラの花束が置かれている。それを省吾が手に取り、ひざまずいて言う。

「僕と結婚してください」

この計画はうまく遂行され、プロポーズは感動的で思い出深いものとなった。

旅行は、2泊3日の日曜帰りだったが、省吾も佳恵も月曜、火曜と有給を取っていた。省吾の中では、ロマンスカーで新宿に戻ってきたら、そのまま2人で省吾の家に行き、火曜日まで一緒に過ごすつもりでいた。ところが、佳恵は、「新宿からこのまま自分の家に帰る」という。

「どうして? 何か予定が入っているの?」

「何もないけれど、3日間一緒にいたのだから、2日間はゆっくり家で休みたいの」

「僕の部屋で休めば?」

「1人の時間をつくりたい」

ここで言い争いになった。

「横に僕がいたらいけないの?」

「1人で気持ちを休めたい」

「僕がいると、気持ちが休まらない? 結婚したら2人でずっと一緒に暮らすのに? それって、おかしくない?」

「だって、まだ結婚したわけじゃないでしょ!」

会話はどんどん悪い方向にヒートアップしていったので、いったんは省吾が折れ、佳恵が家に帰っていくのを新宿駅で見送った。しかし、家に帰り部屋で1人寂しくなった省吾は、その気持ちをメールでぶつけてしまった。

すると、こんな返信がきた。

「結婚は、依存ではありません。自立した個々が織りなしていく生活です。2人でいる時間も大切ですが、私は自分1人の時間も持ちたいと思っています」

いつもなら甘えた口調のタメ口メールを返してくるのに、理路整然とした、ですます調のメールが腹立たしく、売り言葉に買い言葉で、「その言い方はなんだよ!」と返信。そこでまたケンカが勃発した。

ラブラブだったはずの2人が、ここからギクシャクしだした。

婚約中に言ってはいけない一言

省吾は、ただ彼女と一緒にいたかっただけ。男としてはちょっと恥ずかしいが、彼女に甘えたかっただけ。ところが、それから1週間は、メールも電話も会話がすれ違うようになり、彼女はひたすら自分の結婚観を語る。省吾には、それが押し付けに取れた。

「わかったよ。もう一緒にはやっていけないね。さようなら」

これは、婚約中に最も言ってはいけない言葉だ。しかし省吾は、別れを切り出したことで、「ごめんね。しょうちゃんと一緒にいたいよ」と佳恵が甘えてきてくれると思っていた。

ところが、佳恵からはこんな返信がきた。

「私もこの結婚について、考え直したいと思っていました。しょうちゃんと結婚したら、自分が自分らしくいられなくなる気がしています。そんな結婚だったらしても意味がない。受けたプロポーズはいったん白紙に戻してもらえませんか? お見合い後の交際に入った状態に戻して、今後の2人の関係を考え直したいです」

驚いた省吾は、すぐに返信して、「取り返しのつかないことを言ってしまった。ごめんなさい」と詫びた。そして、「これからは、自分が変わり、佳ちゃんにふさわしい男になれるように努力するよ」とも、書いた。ところが佳恵は、頑なだった。

「私は基本的には人間は変わらないものと考えています。“自分を変える”という言葉は、申し訳ないのですが信用できません。たとえばこの先数カ月間、誠実な姿を見せてくれて、結婚したとしても、またいつ同じことが起きてもおかしくないという考えを、私は一生持ち続けてしまうでしょう」

事態が取り返しのつかない方向に向かっていると感じた省吾は、「とにかく会って話そう」と懇願し、週末、佳恵に品川の駅ビルの中にある喫茶店で会う約束を取り付けた。

しかし、目の前の佳恵は、省吾が何を話しかけても一言もしゃべらず、ただただうつむいているだけだった。

その後に省吾と面談したのだが、彼は私にこう言った。

「あんなつらそうな顔を見ていると、僕がこのまま彼女との関係を続けることは、本当に彼女のためになるのかなと。そうかといって、関係を終わりにするのは、何か逃げている気がするんです。せっかくつながったご縁を自分から切るのは筋が違うとも思いますし。もうどうしていいかわかりません」

ところが、この数日後、佳恵の仲人から私に電話がかかってきた。

「遠藤より『小宮様とのご縁はなかったことにしたい』と申し出がありました。私としてはいったんプロポーズを受けたのに、こんな形になるのは本当に残念でしたので、『今結論を出さずにもう少し考えていみたら?』と説得したのですが、彼女の気持ちは変わりませんでした」

こうしてプロポーズをしてから3週間後に、婚約解消となり、2人は別れることとなった。

大失恋をしたときにすべきこととは?

その後の省吾の落ち込みと憔悴ぶりは、冒頭に記したとおりだ。

恋愛経験が少なかった省吾にとって彼女は、手をつなぎ、キスをして、男女の関係にもなった2人目の女性だった。35歳のときに付き合った1人目の女性は3つ年上で、リードされるがまま3カ月程度付き合ったのだが、なんとなく連絡がこなくなり、恋愛関係は自然消滅をしていた。

毎日のように連絡を取り合い、気持ちを確認し合い、結婚を真剣に考えたのは、佳恵が初めての女性。しかも味わったことのない緊張感の中で、一世一代のプロポーズをした。それがすべておじゃんになったのだから、失意のどん底に陥るのも無理はない。

では、こんなときはどうすればいいのか?

まず一番してはいけないことは、終わってしまった恋に執着することだ。“真剣だったからこそ、心が痛くなる。つらくなる。その苦しみはキチンと味わうべきだ”という人がいる。しかし、それは違うと私は思っている。苦しみを味わって何になる。過去の傷をなめ、感傷に浸るのは、自己満足でしかないのだ。

人の気持ちは、どんなに努力をしても手に入らないことがある。いったん背を向けてしまった人に、“私はこんなにあなたを思っています。わかってください”“私の嫌なところがあったら、あなたに好かれるように直す努力をします”そう言ったところで、相手は重たいだけだ。

そして、悲しみに浸っていたところで過去は変わらない。過去は操作できない。でも未来は、自分次第でどんなふうにも変えることができる。ならば、気持ちを切り替えて、新しい出会いに向かって進んだほうがいい。つらく苦しいときこそ、“ハイ、次!”の精神で、新しい恋の上書きするのだ。

私は、省吾に言った。

「悲しんでいる暇があるなら、どんどんお見合いしましょう。私がいくらでもお見合いを組むから、次のお相手をまた探しに行きましょう」

ただ、省吾には、お見合い以外にもしてほしいことがあった。それは、自己肯定感を上げること。「つねに一緒にいたい」「一緒にいないと寂しい」というのは、相手からの承認欲求を強く求めている状態。いわゆる依存である。なぜそうなるかといえば自分に自信がないからだ。自己肯定感が低いと何かトラブルが起こったときに、気持ちがオセロゲームのように白から黒へと一気に裏返ってしまう。

省吾には、何が起こっても自分にOKが出せる状態、自分を認めてあげる状態がつくれるように、自己肯定感を上げるプログラムセミナーに参加してもらうことにした。そこは専門家の方にお手伝いいただいた。

セミナーを受けていく中で、彼がみるみる変わっていくのを感じた。そんな中で5件のお見合いを組み出会ったのが、今交際している吉田百合子(39歳、仮名)だった。

お見合いしたときから互いを気に入り、早々に真剣交際に入り、これから一緒に未来が紡げるのか、互いの気持ちを確認し合いながら2人は結婚に向かっている。

先日、省吾から、こんなメールがきた。

「前回の婚約解消は、本当につらく苦しかったけれど、いい人生勉強になりました。僕が悩んでいたとき、鎌田さんをはじめ、心理カウンセラーの先生、母、友人、会社の先輩など、たくさんの方に話を聞いていただき励まされ、なんて自分は恵まれているんだろう、なんて幸せなんだろうと実感しました。あのときの反省点も踏まえて、吉田さんとのお付き合いは自分本位にならないように、また吉田さんの気持ちを大切に受け入れながら、大切に前に進めていきたいです」

短期間のうちに、なんと成長したことか!

大失恋をしたときに大切なことは何か、重ねて言う。

過去の過ちは真摯に反省。さりとて後悔はなし。失敗を糧にして、幸せな未来を紡ぐためには、前に進め! そしてするべきは、新しい恋の上書き、だ。