[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

1. 一笑に付されたクレムリンリストだが・・・

 「クレムリンの電話帳」
 「ロシア版フォーブスリスト(長者番付)のコピー」
 「絨毯爆撃」
 「このリストに入らなかった人は悔しがるだろう」
 「自分は入っていなかった。残念だ」

 これらはすべて先月1月29日に公表された米国財務省による「ロシアの財閥と政府系機関に関する報告書(公開版)」、いわゆるクレムリンリストに対するメディアあるいはロシア政府高官の評価である。

 評価の多くは「大山鳴動して鼠一匹」的ニュアンスが満載で、現在の米国内政の混迷に絡めて、これらを一笑に付すようなものであった。

 このリストが公表された時、筆者はちょうどあるロシア政府関係者と会っていた。筆者はスマホを見ながら「ペスコフ報道官も入っていますよ」などとこのロシア政府関係者に伝えたものの、あまり関心がない様子で、こちらが拍子抜けしたほどであった。

 ただし、メディアやロシア政府関係者がこのような評価を下しているからといって、クレムリンリストを侮るべきではない、というのが筆者の見解である。

 先日、旧ソ連地域を主戦場とするビジネスパーソンとの会合に参加したが、参加者からは「クレムリンリストに提携先企業の幹部が掲載され、ビジネスが止まりつつある」といった旨の発言が複数寄せられた。

 賢人として知られるクドリン元財務大臣も同様の発言をしている。

2. 報道されないもう1つのクレムリンリスト

 そしてより恐ろしいのは、ほとんど報道されていないもう1つのクレムリンリストである。

 それがクレムリンリストと同じ1月29日に米国財務省が議会に提出した「国債と金融派生商品に制裁を拡大した際の影響に関する報告書」である。

 これらの一連の報告書は、ドナルド・トランプ大統領が2017年8月2日にサインして成立させた「PUBLIC LAW 115-44 Countering America's Adversaries Through Sanctions Act」に基づくものである。

 同法は「財務長官は法の成立(2017年8月2日)から遅くとも180日後に.蹈轡△虜眸兇叛府系機関に関する報告書国債と金融派生商品に制裁を拡大した際の影響に関する報告書を、また遅くとも1年後に(そして2021年まで毎年)ロシアに関係する不正資金調達に関する報告書を、それぞれ議会のしかるべき委員会に提出する」ことを定めている。

 この中の.蹈轡△虜眸兇叛府系機関に関する報告書、がいわゆるクレムリンリストに当たる。

 しかし経済的インパクトの観点から、筆者が(そして多くの投資家が)より注目していたのは、国債と金融派生商品に制裁を拡大した際の影響に関する報告書(以下「制裁拡大に関する報告書」)、であった。

 筆者の懸念については2018年1月11日付拙稿「ロシアに新経済制裁、米国が検討中」を参照してほしい。

 実はこの「制裁拡大に関する報告書」を米国政府は現時点では公表しておらず、我々が見ることができるのはブルームバーグが入手し2月2日付で公表している”UNCLASSIFIED(機密扱いではない)”と記された6ページにわたる同報告書の公開版だけである。

 この公開版は以下の3部から構成されている。

仝醜埓裁の概要
▲蹈轡経済とその国債・金融派生商品市場について
新規国債や金融派生商品に制裁を拡大した場合、国際市場やロシア政府、ロシア経済に与える潜在的効果

 報告書の結論にあたるの部分は非常に短いので、以下に全文を掲載する(下線・太字は筆者)。

“Expanding Directive 1 to include dealings in new Russian sovereign debt and the full range of related derivatives would likely raise borrowing costs for Russia ; prompt Russian authorities to alter their fiscal and monetary strategies ; put downward pressure on Russian economic growth ; destabilize financial markets, including Russia’s repurchase market, which is critical for overnight bank funding ; increase strain on Russia’s banking sector, and lead to Russian retaliation against U.S. interests. However, because Russia’s economy has extensive real and financial sector linkages to global businesses and investors, the effects of the sanctions could hinder the competitiveness of large U.S. asset managers and potentially have negative spillover effects into global financial markets and businesses, although competitive distortions could be partially mitigated if the EU implemented similar sanctions. Expanding U.S. sanctions to include dealings in new Russian sovereign debt without corresponding measures by the EU and other U.S. partners could undermine efforts to maintain unity on Russia sanctions. Given the size of Russia’s economy, its interconnectedness and prevalence in global asset markets , and the likely over-compliance by global firms to U.S. sanctions, the magnitude and scope of consequences from expanding sanctions to sovereign debt and derivatives is uncertain and the effects could be borne by both the Russian Federation and U.S. investors and businesses.”

 筆者が施した下線・太字部分を要約すると、次のようになろう。

 「現行制裁を国債とその金融派生商品に拡大した場合、ロシア側が報復に出る可能性がある。また制裁拡大が米国企業や国際市場に悪影響を与える可能性もある」

 「加えて米国単独で制裁を拡大した場合、対ロシア制裁に向けた同盟国との一体感が損なわれる恐れもある」

 「ロシア経済の規模や国際的存在感、国際企業による米国制裁遵守の姿勢を考慮すれば、制裁拡大の規模や範囲は不確かで、米ロ双方にダメージを与えるかもしれない」

3. 制裁拡大の危機はいったん遠のいたが、警戒は解けず

 現在、米国の政治は混迷を深めており、この報告書から読み取れることは多くないが、少なくとも短期的には米国がロシアの国債・国債関連金融派生商品に制裁を拡大する可能性は遠のいたと言えそうだ。

 ブルームバーグによれば、ムニューシン米財務長官は下院の委員会で、「我々はロシア国債に制裁を課す代わりに、悪意ある個人や企業に制裁を課す準備をしている」と述べたという。

 しかし、この報告書の恐ろしさは、米国のロシアに対する制裁拡大の意思を具体的かつ詳細に示している点にある。

 一例を挙げると、この報告書は、制裁拡大において標的となり得る金融商品について詳しく言及している。

 大まかに言うとルーブル建て・外貨建て国債と、そこから派生する通貨デリバティブ・金利スワップ・CDSだ(また「報告書の目的に照らして、取引されていないローン・政府保証は除外する」とある)。

 先述のクレムリンリストと同じく、戦闘機同士の戦闘に例えれば、米国がロシアを「ロックオン」し、いつでも攻撃可能な状態にあることを誇示するものと言えるだろう。

 果たして米国はミサイルを発射するのか。残念ながら筆者はその問いには自信をもって答えられない。できるのは警戒を解かないことぐらいである。

筆者:榎本 裕洋