5年前に日中両国が国交正常化および平和友好条約締結を祝うために計画していた諸々の記念行事―その中には将来、日中の架け橋になる青少年たちの夢を乗せた交流行事もあった―の多くが中国側の一方的な都合で中止や延期に追い込まれた。

 日本が尖閣諸島を国有化(2012年)した直後ではあったが、その大きな要因は海保の巡視船に中国漁船が追突した事案(2010年)や尖閣周辺に中国漁船1000隻が押し寄せたこと(2011年)などであった。

 こうした事象を乗り越えて、お互いの友好を確認しようと双方が話し合いで進めた記念行事であったはずである。

 いま思い出すだけでも腸が煮えくりかえり、反吐が出るような気分になる。その余韻というか、凍りついた緊張は昨年夏頃まで続いていた。ところが、それが嘘であったかのように、いま中国が微笑外交に転じたのである。

 就任早々の河野太郎外相も中国に厳しい物言いをしていたが、最近の訪中で撮った中国外交部の華春瑩報道官との2ショット写真はあたかも籠絡されたかのようで、今後いろいろな場面で利用されよう。

 微笑外交への転換要因はいくつか考えられるが、日中国交正常化45周年(2017年)と日中平和友好条約締結40周年(2018年)を前にした昨年10月の第19回党大会で習近平氏が権力を固め、余裕が出てきたことが最も大きいであろう。

 また、「中華民族の偉大な復興」を掲げで進めている「一帯一路」やAIIB(アジアインフラ投資銀行)が信用問題などから思うように進捗していないとも言われ、日本懐柔を目論んでいることも考えられる。

 中国側の巧妙な外交戦略と言えばそれまでであるが、手のひらを返すように困ったときの日本頼み、他方では反日や歴史戦を展開しながら日本を利用するという虫のいいもので、これまで何回も繰り返してきた手法である。

 以上は政治的要因であるが、もう1つ疎かにできないのが上野動物園で生まれたシャンシャン(香香)の存在である。

 メディアは動物園が発表するたびに報道し、愛くるしい仕草に国民はメロメロになってきた。しかし、応募して絞り込まれた名前も、最終的には中国に伺いを立てなければ決められなかった。そこにパンダ外交と言われるゆえんがある。

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シャンシャンに占領された紙面

 2017年12月19日はシャンシャンの一般公開日であった。40倍前後の抽選で当たった400組(最大2000人)程度が観覧できる状態が年明けの1月末まで続く初日であった。紙面がシャンシャンに占領されたのも頷ける。

 当時はリニア工事の談合が問題になっており、多くの新聞がトップ扱いで報道していた。そうした中での以下のようなシャンシャンの扱いであったことを思い浮かべてもらいたい。

 朝日は1面の記事紹介欄に「シャンシャン きょう一般公開」と書いたのをはじめ、31面の半面を「シャンシャン この目で」に割き、39面では左上6段(紙面の約3分の1)を使い「シャンシャン いよいよ」「きょうから会えるね」と飼育展示係長の観察3か月間の話しともども書いている。

 毎日新聞は典型的なパンダ特集と言ってよかった。1面中央に写真入り4段記事「シャンシャン会えるね!」を載せ、同面「余禄」欄もシャンシャン記事に充当。5面の社説(第2)もパンダ関連であり、13面は全面を割いて「こんにちはシャンシャン」である。

 このように、朝日と毎日はこの日の主役はシャンシャン以外にないと言わんばかりに目立たせた紙面編集であった。他紙はどのように報道したのだろうか。

 読売新聞は35面に観覧の要領図と写真を含め「慌てずに会いに来てね」と14行5段記事。

 日経新聞は9面中央に15行2段記事と43面にも少し小さめで「シャンシャン きょう会えるね」の記事。

 東京新聞は29面の約4分の1(30行3段)を使って「元気いっぱい きょうから会えるね」と報道。

 産経新聞は1面左上に写真入り4段記事で「やっと会えるね」「シャンシャン きょうから一般公開」と報道。

 実はこの一般公開の前日(18日)には、駐日中国大使の汪婉夫人や報道陣(日本約70社150人以上、海外十数社)を招いて、上野動物園ではお披露目が行われていた。

 ところが、この雰囲気とはおよそ相容れない強硬姿勢を中国は見せていたのである。

 しかし、全国紙のほとんんどが、上述のようにシャンシャンを大きく報道したが、中国の強硬姿勢については産経が1面で大々的に、ほか2紙が簡単に報道しただけであった。

パンダ外交の裏面

 中国大使夫人を招いてお披露目が行われていた17日、中国空軍のスホイ30戦闘機2機、H6爆撃機2機、そしてTU154情報収集機1機が東シナ海から対馬海峡を通過して日本海を往復飛行したのだ。

 しかも、中国の戦闘機が対馬海峡を通過して日本海に飛来したのは初めてである。

 シャンシャン報道の一方で、中国のこの強硬姿勢を各紙はどう報道したのだろうか。朝日、読売、産経が報道(他紙では見あたらなかった)したが、朝日の報道内容は全く異なっていた。

 朝日新聞は11面左中下段に「中国機 日韓の防空識別圏に」「防衛省『領空侵犯なし』」の見出しで、飛行ルート図を含め4段記事があるが、見出しがあまり大きくない明朝体でほとんど気づかない。

 しかも、なぜかソウルと北京駐在記者の記事で「韓国軍合同参謀本部は18日、中国軍機5機が・・・」と、リードからして他人事のような書き出しである。

 実際、記事は韓国の対応とホットラインによる中韓の応答などがほとんどで、空自のスクランブルはわずか6行、しかも小見出しの「領空侵犯なし」で分かるように、気にかけることはないと言わんばかりである。

 読売新聞は2面左中段に写真入りで「中国戦闘機 日本海に」「初確認 空自が緊急発進」の見出しで報道。

 「防衛省は・・・」のリードで、2段にわたって中国軍機が対馬海峡を往復したこと、空自がスクランブルしたこと、そして「中国の戦闘機の日本海進出が確認されたのは初めてで、同省は、中国軍が活動を活発化させているとみて警戒している」と述べる。

 最後の1段で韓国軍合同参謀本部と中国空軍の発表について簡単に触れているが、記事全体からは中国軍機の行動には注意を要するという印象が読み取れる。

 一方、産経新聞は1面トップにゴシック体で「中国軍5機 対馬海峡通過」の大見出しで報じ、スホイ30戦闘機の写真と中国軍機の侵入経路図も配した9段ぶち抜きの記事となっている。

 「戦闘機で初 日本海往復」を中見出しに置き、「防衛省統合幕僚監部は18日・・・発表した」となっており、中国軍戦闘機が対馬海峡を通過して日本海に飛来したのは初であることを述べている。

 「空自機が緊急発進」の小見出しでは、「統幕によると・・・」として、中国軍機の動き、韓国軍合同参謀本部の発表、空自のスクランブル対応に言及している。

 小見出しはもう1つあり、「米韓に対抗 半島有事牽制」となっており、北京駐在記者による中国国防省の発表を中心に、専門家の発言も交えながら、朝鮮半島周辺での米韓演習の活発化の牽制や第2列島線への遠方展開能力の向上を図る狙いではないかなどと紹介している。

 パンダと中国の脅威を1面で対照的に浮立たせていたのは、産経紙だけであったことは特筆に値すると言えよう。

名護市長選でもパンダが

 中国はパンダを外交の重要な道具として使ってきた。1941年に中華民国が米国の世論を味方につけるために贈呈したのが、政治利用の最初とされる。

 2008年には「団団」と「円円」の2頭のパンダが台湾に送られた。2頭の名前からは「団円」が読み取れるが、これは中国語では「(長く離れた)家族の再会」を意味するそうで、将来の中台統一を示唆しているとされた。

 絶滅危惧種はワシントン条約で外国への無償譲渡(贈呈)が禁止されている。中国が1981年にワシントン条約に加盟したことを契機に無償譲渡は終わった。

 日本と国交回復した1970年代は贈呈であったが、その後は贈呈できなくなりレンタル(貸与)で、1頭当たり年間5000万〜1億円とされる。

 ところが、台湾へは贈呈されたと言われる。ということは、中国から見て台湾は外国ではなく国内、すなわち「中国は1つ」という見方に立っているということである。

 贈呈か貸与かは台湾の在り様にかかわる大問題であるのだ。パンダは語らないが、重要な外交使節であることを示している。

 驚くなかれ、2月4日に投開票された名護市長選挙でもシャンシャン人気に肖ろうとしたのか、パンダが使われたそうである。翁長雄志沖縄県知事の支援を受けた稲嶺進前市長はパンダ誘致を選挙公約に掲げていたそうである。

 知事の支援と立憲民主党の支持、日本共産党などの推薦を受けた稲嶺氏が当選の暁には、1億円超のレンタル料が市民にのしかかり、経済振興どころではなくなっただろう。

 そして、反基地ゆえに補助金をもらえない日本政府に反感を抱く市民と県民に、海の向こうから「沖縄独立」という甘い声と共に、支援の手が差し伸べられたかもしれない。 

 パンダ外交は、中国にとっては一石二鳥にも一石三鳥にもなる貴重な道具であることを、日本人は肝に銘じておく必要がある。

 名護市長選挙では若い世代の渡具知武豊新知事への支持が目立ったと言われる。愛くるしいパンダに目がくらむこともなく、日本の現実、そして世界(ここでは中国というべきか)の現実を見つめる若者世代の姿勢が頼もしい。

パンダが狂わす日本人の対中観

 「パンダの裏に潜む怖い現実」について調査報道のメスが入ることを期待するのは神戸大学大学院法学研究科の蓑原俊洋教授(「産経新聞」平成29年12月17日付「新聞に喝!」)である。

 教授はパンダ外交に対して、「中国共産党の懐を肥やすだけでなく、同国のソフトパワーを高め、自らの立場を認めさせるための戦術的な『武器』としてパンダを駆使している」と難詰する。

 経済評論家の上念司氏によると、パンダの生息地は現在よりも広かったが、1911年の辛亥革命以降、中華民国軍(蒋介石軍)が東チベットを侵略し、多くの中国人が入植しパンダを乱獲した。しかし、仏教徒であるチベットの支配地域に残ったパンダは虐殺を免れた。

 ところが、1951年に中共軍がチベットの首都ラサを占領し、55年に東半分を青海省と四川省に組み込み、領土だけでなく同地域に生息していたパンダまでも盗んでいった。

 このように、パンダはもともとチベットのもので、中国のものではないと主張する。パンダの希少性は中国政府が人為的に作り出してきたと言える。

 乱獲の結果、一時は「絶滅危惧種」に指定されていたが、国際自然保護連合(IUCN)によると2014年までの10年間で中国国内の野生パンダが17%増加して1864頭になったという。

 ほかに動物園飼育は約400頭。 こうしたことから世界自然保護基金(WWF)は2016年9月、絶滅危惧種から「危急種」に引き下げられたことを公式見解で朗報として伝えているそうである。

 パンダはもはや絶滅危惧種ではないわけで、「有料でレンタルして共同研究を進める正当性もかなりグラついていると思える」と上念氏は述べる。しかし、中国はこのビジネスをやめる気配はないようだ。

おわりに

 日本人はパンダの愛くるしい姿を見て、中国人に投影して「優しい中国人」と思うかもしれない。しかし、現実の中国は共産党一党支配の、法治でない人治の国である。日本人8人は明確な理由も明かされないまま、昨年から拘束されている。

 言論の自由や人権を厳しく追及する産経新聞はやり玉に見上げられ、敬遠される。産経を除く各紙がパンダ公開日に中国戦闘機などの行動をほとんど報道しなかった一因も、中国の官憲に睨まれたらたまらないという意識が働いた結果ではないだろうか。

 日本生まれのシャンシャンであるが、両親のリーリー、シンシンともども有料レンタルで、期限が来れば中国へ返還される存在である。シャンシャンは約束によって24カ月前後とされる。

 シャンシャンに見惚れるだけでなく、政治経済的な視点も含めた経緯を報道機関はもっと丁寧に国民に知らせることが大切ではないだろうか。

筆者:森 清勇