一見、何の問題もなく幸せそうに見える仲良し夫婦。

けれども彼らの中には、さまざまな問題を抱えていることが多いのだ。

仲良し夫婦だと思っていた北岡あゆみ(32歳)のもとに届いた一通のメール

「あなたの旦那さん、浮気しています」

樹の怪しい行動で、徐々に不安を募らせたあゆみは、日曜から出張に行くと言う夫への尾行を決行。後日問い詰めるが、言い逃れされてしまう。

一連の浮気疑惑で、どんどん自分が醜くなっていることを感じたあゆみは、あることを決意した。




―最後の望みが、絶たれた……。

レシート事件について、夫に追及したあの日。

あゆみは99%クロだと思っていたが、1%の望みを捨てていなかった。浮気を素直に認めて、土下座してくれるのではないか。もしくは納得のいく説明をしてくれるのではないか、と。

しかしその期待は、見事に裏切られた。愛する夫は最後までシラを切りとおし、浮気相手との生活を守ろうとしたのだ。

―紀子さん、お願いごとがあって近々お会いできませんか?よかったら清香ちゃんも一緒に、ランチでも。

あゆみは、紀子と清香のグループLINEに送った。ここまできたら、ずっと考えていた“最終手段”をとるしかない。



約束の日曜日。あゆみは早めに家を出て、恵比寿に向かった。樹と顔を合わせたくなかったし、二人に尾行や介抱してもらったお礼を買おうと思ったのだ。

恵比寿の三越でHRヒギンスの紅茶とクッキーのセットを買い、待ち合わせ場所である『リストランテ ヒロミチ』へ向かうと、すでに清香が到着していた。

「あれから、体調は大丈夫ですか……?」
「うん、あの日は本当にありがとうね。これ、この間のお礼にと思って」

お礼のクッキーを渡しながら話していると、少し遅れて紀子がやって来た。しかし、いつもと様子が違う。

「あ、紀子さん。この間はありがとうございました」
「…………」
「紀子さん?」

あゆみの問いかけに、紀子は深いため息混じりに口を開く。

「……私の旦那も、どうやら浮気しているみたい」

そう言った紀子は、いつもの自信に溢れたオーラがなく、心細そうにしているか弱い女性に見えた。

「紀子さんのところも……?何で分かったんですか…?」


紀子にあった出来事とは…?


妻会議議題:人はなぜ、浮気をするの?


「昨日、旦那の車のダッシュボードをたまたま開けたら、そこにピアスが入っていたの。…絶対わざとだわ」

紀子の口調が、段々と怒りに満ちてくる。

「しかも何より腹が立つのが、旦那が今までになく浮気相手に夢中だと分かるの。この間なんて、子供とディズニーの約束をしていた日に、仕事だって出かけたのよ。今まで子供との約束だけは守っていたのに……」

浮気相手に、夢中。その言葉に、あゆみは思わず反応してしまう。樹もそんな気持ちなのだろうか?

「相手の方は分かっているんですか?」
「分かんない、今までは変に探ったりしなかったけど、今回だけは子どもを裏切ったことが、許せなくて……」

紀子の目には、うっすら涙が見えた。

「それは辛いですね……。私も婚約者のことが心配になってきました。何で、みんな浮気をするんだろう?」

清香の単純な問いに、誰も答えられない。夫婦間に何か問題があったかと言うと、取り立ててそんなことはないからだ。

三人の間にしばしの沈黙が訪れたが、紀子が姿勢を正し、少しおどけながら言った。

「……やだ、私らしくないわね。自分はこんなことで動じない、大人の女だと思ってたのにね。それよりも、あゆみちゃんのお願いごとって?」

その言葉に、あゆみはふと我に返った。自分も、人の心配をしている場合ではないのである。

「私、ちゃんと事実と向き合おうと思うんです。今は、別れる、別れないは決められないですけど、本当のことが知りたいんです」

あゆみは、これまでの疑惑について聞いてみたけれど流されてしまったこと、また、証拠は全て処分されてしまったことを話した。

「きっと彼は、きちんとした証拠がないと何も話してくれません。なので、第三者に調べてほしいんです。……探偵事務所にお願いするとか。本当はここまではしたくなかったんですが」

あゆみは、自分が“探偵”という言葉を口にしていることに、驚いている。まさか自分が、探偵のお世話になろうとは。

「それでお願いですが、顔の広い紀子さんなら、良い探偵事務所を知らないかと思って。ネットで色々探したんですが、きちんと調査をしてくれなかったり、高額請求されたりと難しいみたいで……」

紀子は“探偵”という言葉に一瞬怪訝な表情を見せたが、あゆみの真剣な眼差しを感じとったのか、すぐにこう言ってくれた。

「ちょっと今すぐには分からないけど、私より顔の広い友人が何人かいるから、それとなく聞いてみる。でもそっか、とうとうそこまで決意をしたのね」

「ありがとうございます。他にお願いできるような人がいなくて……。職場ではもちろんこんな話できないし、友人も夫とつながっていることが多いから」

しがらみがないこの二人だからこそ、何でも話すことができる。この二人がいてくれることが、今は何よりの支えだった。

「任せて、私もいつかお世話になるかもしれないし。女の友情をなめるんじゃないよって知らしめてやりましょう 」

紀子が強い口調で言うと、すかさず清香が「紀子さんは、そうでなきゃ」と合いの手を入れた。

こうして探偵探しを紀子にお願いし、あゆみは樹がこれ以上警戒しないよう、普段通りの生活を心がけることにした。



紀子はすぐに、信頼のおける友人何人かに連絡を入れた。

あゆみの浮気調査を助けることで気を紛らわせていたが、やはり自分も、夫である徹の浮気は許せなかった。

-けれど、私は離婚なんて現実的じゃないし、証拠なんて見つけない方が良いのよ……。

ここ数年、紀子は証拠を見つけようとはしなかった。その代わりに、何度か徹に釘を刺してきた。

過去に浮気を疑った時には、すがる思いで対処法をネットで探した。

多くのサイトは、「旦那さんが帰りたくなるような暖かい家庭を心がけて、問い詰めずに待ちましょう。ただ、軽く釘は刺しておきましょう」そんな風に書いてあった。

紀子は素直にそれに従い、家事は完璧にこなし、子供たちが懐くように徹を褒め、仕事から帰って来た彼のことは常に労った。

たまにストレスで怒りが爆発しそうになっても、「決してヒステリックになってはいけない」と書いてあったので、気分転換をしたり体を動かすことで、何とかやり過ごした。なのにー。

―結局何をしても、徹は浮気をやめてくれない…。私が離婚できないと思って…。

紀子の怒りは、最高潮に達していた。

そして……。

徹専用のパソコンを立ち上げる。頭ではダメだと分かっていながらも、電源を入れる手が止まらなかった。


紀子が見てしまったものとは…?


紀子の夫の浮気相手


当然パスワードはかかっていたが、徹の名前と実家の電話番号を入れたところ、すんなり解けてしまった。

-私が見るはずがないと思っているのね……?

そんなところも腹立たしい。そして夫に舐められていながら、抗えない自分にも腹が立ってくる。

真っ先にメールを開く。仕事関係がほとんどで、怪しいものは見当たらない。次に写真のフォルダをクリックした。

ほとんどは子供の写真と、友人や仕事仲間との写真。しかし、ある一枚の写真が目にとまった。

-何これ…誰よ……?




20代前半くらいだろうか。茶色く染まったセミロングの髪に、いかにも男ウケを狙っている感じの白いファーのコートを着た女性と徹が、仲睦まじい様子で写っている。多分その女性が、インカメラで撮ったものだろう。

これまで幾度も浮気を重ねて来た徹だったが、相手の女性を知ることはなかった。想像では自分と同年代か、若くても30代前半の大人の女性だと思っていた。どんどん、血の気が引いていく。

-こんな若い子にうつつを抜かしていたなんて…。どこにでもいるような子なのに……。

隣で、鼻の下を伸ばして嬉しそうにしている徹の笑顔に虫酸が走る。見てしまったことをひどく後悔しながらも、その写真をスマホに保存し、それ以上の詮索は終わりにしたのだった。



翌週の土曜日の午後、あゆみたちは『アンティカオステリアマジカメンテ』に来ていた。

先ほどから、怒りに満ちた表情を浮かべて話しているのは紀子だ。

「ほんと、許せない…。あんな若い子に手を出すなんて、馬鹿としか思えないわ」

あれから、紀子は耐えられなくなり、いつもより強く夫に釘を刺した。「子供を悲しませるようなことだけはやめてよ?」と。すると徹は鬱陶しそうな顔をしたきり、その日は部屋に篭ってしまった。

「相手の子なんて、絶対お金目当てよ。きっと利用されているのよ。私も相手を調べて、突撃してやろうかしら……」

紀子の怒りは、話せば話すほどヒートアップしてくる。あゆみと清香になだめられ、何とか冷静さを取り戻した紀子は、思い出したように言った。

「あ、そうそう。あゆみちゃんに朗報よ。探偵事務所、一つ紹介してもらったの」

そう言って紀子は、シンプルなデザインの名刺を差し出した。

星川探偵事務所 代表、星川登 東京都品川区…

「そう、なんか小さい事務所らしいんだけど、信用できる人だって。少し変わった人らしいけどね」

-これでやっと、真相に一歩近づいたかしら……。

これまでの真相を知る日がそう遠くないと思うと、妙な高揚感を覚えた。

-知らなくて良い真実もあるー

昔から、特に大人になってからよく聞く言葉。多分そうなのだろうと思っている。それでもこの時のあゆみは、真実を知らなければならないと、半ば使命感のようなものを感じていたのだ。

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探偵の元に訪れたあゆみが言われた言葉とは…?