マイナス金利の影響で、厳しい状況にある銀行業界。転職希望者も増加している (撮影:尾形文繁)

年収200万円ダウン――。

採用内定時の給与提示を見ても、田島泰雄さん(仮名)の転職意思は揺るがなかった。「目先の給与よりも、将来の目標に近づくことが大事。もうすぐ30代を迎える。このまま行くと職位も上がり、引き返すことが難しくなりそうだから、今、決断しなければ」と、転職を決意した1年ほど前のことを振り返る。

田島さんは新卒で大手銀行に入行。大学時代から「いずれ独立起業したい」という想いがあった。就職活動では、起業に向けて経験が積める業種として、コンサルティング、商社、金融機関に注目した。学生のころから中小企業診断士の資格を取得する勉強も進め、経営について幅広く学ぶ中、自分は数値分析や財務に適性があると感じて銀行を選んだという。

銀行入行後に配属されたのは、店舗での住宅ローン営業。その後、法人営業部門に異動し、RM(リレーションシップ・マネジャー)として、融資をはじめ、資産運用や不動産仲介など、さまざまな金融商品の提案を行ってきた。

30歳を前に大手メーカーへの営業職を選択

入行7年目、30歳を目前にした田島さんは、「起業という当初の目標にそろそろ近づけていかなければ」と考えた。行内でのキャリアアップの道も考えてはみたが、自分が興味を持てる部署が見当たらない。さらに昇進を果たしている先輩たちの姿を見ても、生き生きと楽しそうに働いているようには感じられなかった。転職の意思を固めていたわけではないが、今後の選択肢を探ってみようと、リクルートエージェントに相談に訪れた。

当初、田島さんに提示されたのは、これまでの経験を活かせるベンチャーキャピタルやM&Aアドバイザリーといった、金融関連企業からの求人案件だ。しかし、最終的に田島さんが興味を示したのは、全くの異業種である消費財・食品の大手メーカーA社の営業職だった。

高いブランド力を持つA社だが、金融業界と比べると。業界の給与水準は低い。それでも田島さんはA社への入社を決めた。1つが、将来の起業を見据え、「事業会社」での経験を積んでおきたい、と考えたからだ。扱っている商品が好きで、いい商品を自分の手で世の中に広げていけることにも、やりがいを感じた。

もう1つが自分の時間がほしかったこと。銀行での仕事は、年次を重ねるにつれて、ハードになってくる。新しい環境ならば、そうした厳しい業務から解放され、残業時間をはじめ、自分に余裕が生まれることも大きかったという。

現在、田島さんは、小売店やコンビニエンスストアなどへの提案・交渉を担当している。有形の商材を扱うのは初体験であるため、棚割りや什器の配置など、新しく覚えることは山ほどあるが、顧客に対して収益の分析・提案を行う際、銀行での経験が活かせているという。それは「数字がわかる」という点。ほかの同僚よりも一日の長があり、所属する部署の数値目標を設定するときなどにも、田島さんの知見が頼りにされている。

営業での経験を積み、将来は経営企画など、本社の管理部門への異動も視野に入れているという。

コンサルや不動産で銀行の人材が求められる

銀行に勤務する人たちが転職を考えた場合、「同じ金融業界」か「事業会社の経理・財務」が主な行き先だ、と思っている人は多いだろう。だが実際、銀行出身者は、実に多様な業界・職種からの求人であふれいてる。


銀行出身者の転職状況を2年前と直近で比較しても、金融業界への転職が大きく減る一方、コンサルティング会社を筆頭に、建設・不動産、人材・教育、電気や電子、機械などのメーカー、IT・通信などへの転職が増えている。田島さんのようにまったく異業種の営業に転身する例も少なくない。

以前から、転職市場では銀行出身者を高く評価する傾向が見られたが、最近では、銀行出身者を「狙って」、採用活動を行っている企業も出てきている。

多様な業界が銀材人材に期待を寄せるのは、主に次のポイントになる。

・数字の管理・分析に強く、緻密な作業ができる
・融資営業なら経営者層と、リテール営業なら富裕層との折衝力を身に付けている
・財務諸表を読み解くことができる

過去に銀行出身者を採用した経験を持つ企業からは、「真面目で誠実に仕事に取り組む人が多い」、「出した指示に対して忠実にこなす力がある」という声も聞こえてくる。


同時に銀行出身者の転職希望も増えている。リクルートキャリアが提供する、転職支援サービス「リクルートエージェント」に登録する銀行出身者は、2016年に比べて1.3倍まで伸びた。

大きなきっかけは2016年のマイナス金利導入だ。おカネを企業などに貸し出し、その利息で稼いでいた銀行にとって、金利の低下は柱となるビジネスモデルに、大きなダメージを与えているのだ。

また、AI(人工知能)やフィンテックの台頭により、仕事の省力化が可能となってきた。銀行業界は、ビジネスと業務の方法の両面で、転換を迫られている。

そんな中、先行きに不安を感じた人たちが「この先、自分にどんな選択肢があるか」という可能性を探りに、転職エージェントに訪れている。特に20〜30代半ばの層が、「キャリアチェンジを図るならチャンスが多い若いうちに」と積極的に動いている。

社格や待遇を捨てることができるか

ただ、銀行出身者が転職を成功させるには、2つのポイントが重要になってくる。1つは「自律的にキャリアを考えることができるか」。もう1つは「社格・待遇よりもやりがいを重視できるか」というポイントだ。

銀行出身者が転職活動を始めるとき、多くの方が「社格」と「給与」を重視している。当然、それにこだわり続ける人もいるが、徐々に、あるいは突然、スイッチが切り替わる人もいる。転職活動を通じ、求人企業の姿を知り、考えた方を変える例は少なくない。

「少し興味がある」という程度で転職の求人企業に面接に行き、事業の可能性や働く人たちに魅力を感じて、「仕事のやりがい重視」に転換するケースは多い。面接を通じ、これまで接点がなかった人々と話すことで、視野が広がっていくのだ。

メガバンクに勤務していた20代後半のある女性は、「忙しすぎるのでワークライフバランスを整えたい。大手企業の事務職がいい」と志望して、転職活動をスタートした。が、キャリアアドバイザーとの面談を重ねるうちに、本当に求めているのは「仕事へのやりがい」だと気付いた。結果、「伸びている業界で新しい価値を生み出す仕事がしたい」と、IT系ベンチャー企業の企画職に転職を決めた。

冒頭で紹介した田島さんのように、「将来、どんなポジションにいたいか」を見据え、それに近づくために今どうすればいいかを軸に考える。それが、転職の成功だけでなく、中長期視点でのキャリア構築を成功させる秘訣といえるだろう。

これとは別に、銀行出身者が転職を成功させるために、重要な要素がある。それは「周囲から反対を受けても、意思を持って行動に移すことができる」ということだ。

”嫁ブロック”という言葉があるように、妻が夫の転職に難色を示すケースは多い。やりがいを感じられる企業に出会い、内定にこぎつけても、妻や親からの反対で、転職を断念する人も実際にいる。知名度も待遇の高い銀行からの転職にもなると、周囲の反対も強くなりがちである。

家族と共有し、合意形成しておくこと

では、スムーズに転職できている人は、どのように家族の理解を得ているのか。うまく運ぶポイントは、転職活動をスタートする段階から、配偶者と「共有」しておくことだ。内定を得てから相談したのでは、「相談もなく勝手に進めるなんて」と、反発を受けてしまう。どんな会社かもよくわからないのだからそれも当然だろう。

応募から面接などのプロセスの中で、その都度「どう思うか」と意見を聞き、「自分はこうしたい」と思いを伝える。そのように、一緒に進めるというスタンスで合意形成をしていった人は、家族の理解と協力を得て転職成功を果たしている。

ここ1年ほどで、転職を考える銀行出身者が増加し、彼らを受け入れる業種・職種の幅も広がっている。つまり、「銀行出身者のキャリアパス」のモデルが、多様化しながら増えていくことになる。その中から新たに、理想のロールモデルが生まれてくるかもしれない。転職を1つの選択肢として考える人は、固定観念に縛られることなく、可能性を探ってみてほしい。