みなとみらいの夜景と焼き芋機を載せたマツダ・ロードスター

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寒い冬の夜、街中を歩いているとつい温かい食べ物に手を伸ばしてしまうもの。その昔「石焼き芋」の軽トラックがゆっくりと街を走る姿を見かけ、その甘い香りに誘われつい1本買ってしまったものだが、今では石焼き芋の軽トラックを見かけることは少なくなり、もう何年も口にしていない……そんな人も多いのではないだろうか。

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日本の景色がまた一つ消えたのかなと思っていた今日この頃、横浜みなとみらい地区の夜に、懐かしい香りと周囲に集まる人々を発見!

近寄ってみると……石焼き芋店なのだが、ちょっと様子が違う。車が軽トラックではなく、なんとオープンカーなのだ。

■ SNSで大人気!土日のみ営業する「ロド芋」

この石焼き芋店「えるろこ」は、2018年1月2日から営業を開始したばかりの石焼き芋店。車好きの間では、車体がNC型と呼ばれているマツダの3代目ロードスターであるところから「ロド芋」の愛称で親しまれ、営業を開始するやSNSで人気者に。今では営業日である毎週土日の夜になると、長蛇の列ができる人気店へと成長した。それにしてもなぜに「オープンカー」なのだろうか。さっそく話を聞いた。

若き店主がこのオープンカーと出合ったのは2年前のこと。日を追うごとに、クルマに惹かれていったそうだ。“クルマ熱”が高まっていくとオーナー同士の集まり、いわゆる「オフ会」というものに参加し友達を増やしていきたいと思うもの。しかし、店主は「ハードルが高いのではないか?」と思い、なかなか行く気持ちになれなかったという。そこで自分で人を集める方法を考え始めるようになり、思いついたのが、自分でおいしいものを作ってみんなで食べる、という方法であった。

もともとケータリングに興味があった店主は、当初はカフェを考えた。しかし水回りの問題をロードスターで解決するのは、積載性の問題から困難であり、また営業許可の取得するのが難しそうだと判断。考えるうちに、焼いて袋詰めするだけなら営業許可が取得しやすいということがわかり、いろいろ考えた結果、焼き芋店だったというわけだ。

さて、次に問題になるのがロードスターをどうやって「石焼き芋店」にするかだ。まずは小さな薪ストーブを用意し、それを「焼き芋機」へと改造。この焼き芋機、店主が作ったものではなく、なんと妹さんの手作りだそう。これをトランク上に設けたロードスター用のキャリア上に乗せることで、いつでも「走りが楽しめるロードスター」へと戻すことができるようにした。熱による塗装の痛みが気になるが、キャリアに乗せているため問題はまったくないそうだ。

次に問題になるのは積載性。石焼き芋店を営業するにあたり、サツマイモはもちろんのこと、焼き芋機とその煙突や薪、そして消火器などが必要となる。ちなみに1回の営業で販売するサツマイモは約20kg。それらを助手席とトランクのみで移動することは困難だ。そこで車体後部にヒッチメンバーと呼ばれる牽引用フックを取り付け、その上にヒッチキャリアという小さなキャリアを設置することで対応。「結構な重量なので、クルマのフレームが曲がってしまわないか心配です」と店主は笑顔で話す。

予定している売り場からちょっと離れた場所で準備開始。薪ストーブならぬ焼き芋機に火をつけ、石の上に芋を並べたら、販売予定地へと移動。車をとめて販売開始だ。

営業は土日の夕方6時ごろから10時ごろまで。店主がTwitterで居場所をポストすると、次第に人が集まってくる。そして通行人もオープンカーと石焼き芋という組み合わせに興味深々といった様子で、立ち止まってスマートフォンで写真を撮りSNSに投稿。「販売する場所は日によって変わります。Twitterで告知するので、それを見てほしいです」とのこと。また今は毎週水曜日鎌倉周辺で営業しているが、道が狭いことなどから、今後出展し続けるか考えるそうで、こちらも出店状況についてはTwitterで確認しよう。

甘い匂いも手伝って、人がどんどん増えていく。「お客様のうちの約3割が、ロードスターオーナーですね」とのことで、並んでいる人を見たところ、やはり車好きの人が多い印象。ほかには、デート中のカップルや近所の人、サラリーマンなどさまざまだ。「昨日買いたかったけれど、売切れて買えなかったから、今日もう一度来た」という夫婦や、すでに常連客と思われる人の姿も見かけた。

焼き芋の値段は、大きさによって異なり1本300円から1000円ほど。女性は小さい方が、男性は大きい方がオススメとのことだが、小さい方が甘味が強いとのこと。気になる味は、サツマイモに「紅はるか」と呼ばれる品種を使っていることもあり、糖度がとても高く、口の中に優しく甘味が広がる。そしてちょっと焦げた皮のパリパリとした食感と苦味が、一層おいしさを引き立たせる。忘れかけていた自然が生み出す素朴な味わいに、ホッと心が落ち着き、つい笑顔になる。

ほとんどの人は、買ったその場で焼き芋をハフハフしながらほお張っていく。すると知らない人同士でも「おいしいですね」という言葉から、「普段どんな車に乗っていらっしゃるんですか?」などのクルマ談義や「どちらから来られたんですか?」といった世間話へと話が広がっていく。そこから生まれる場の空気は、ほかのオフ会とは異なり、誰もが容易に受け入れられる暖かな雰囲気に満ちていた。

「『寒くないですか?』とよく尋ねられますが、火を扱っているのでそうでもないんですよ。それに冬はオープンカーにとって最高の季節。ロードスターオーナーをはじめとして、オープンカーのオーナーさんはホロを開けて澄んだ空気と夜景を見にみなとみらいに来て、焼き芋を食べてほしいですね」と笑顔で語る店主。

「パーカー1枚羽織る程度で外が出歩ける位の気温までは続けていきたいです。夏はトウモロコシとかいいかもしれませんね」とのことなので、当分の間は営業する予定とのことだ。そして「今は路上販売ですが、いつかはサーキットとかで販売してみたいですね。あとは呼ばれたらオフ会とかにも」と今後の夢も語ってくれた。

ロードスターのことを「人馬一体」と形容することがあるが、ワインレッドのロードスターに石焼き芋機を乗せた「えるろこ」のロードスターは、サツマイモを彷彿させる色合いと共にいわば「芋馬一体」といえそうな唯一無二の存在であり、街から消えつつある石焼き芋の味を今に残すと共に、人々を笑顔にしてくれる魔法のオープンカーだ。伝統と新しさが交わる街、横浜みなとみらい地区で生まれた新しい「石焼き芋」の誕生を素直に喜ぶと共に、ぜひ一度味わってほしい。(横浜ウォーカー・奥村沙枝奈)