男と女をめぐる状況は江戸時代より前に回帰しつつあるともいえます(写真:msv / PIXTA)

結婚とは本来は限られた人が行うことであり、仮に結婚できたとしても、家庭の実質的な権力者は妻となることが多いのではないか─―。

私がこうした思いを抱く直接の契機となったのは、京都大学総長である山極寿一氏による『父という余分なもの─サルに探る文明の起源』(新潮社)を読んだことである。さらに関連するデータについて触れ、さまざまな女性や男性の話を聞くにつれて、その思いはますます強くなっていった。

性、結婚、家族という話題を日本の歴史上から評価すると、明治・大正・昭和時代のそれらはやや異色の時代であったと理解できる。すなわち皆婚社会、離婚しない、安定した家族、といった特色は最近のおよそ100年間くらい続いたものにすぎない。

人間社会が否定し手に入れたもの

拙著『男性という孤独な存在』でも触れているように、日本の夫婦を規定するのは、かなり厳格な一夫一妻(婦)制である。換言すれば、夫ないし妻は他の女、ないし男と性交をしないというものであった。

一部のボノボによる単雄単雌の社会を除いて、類人猿では一頭の雄が数頭の雌を従える場合が多い。すなわち強い雄のみが雌と交尾できるという不平等社会なのである。これは、優秀な精子がほしいという雌の希望に沿ったものという解釈を筆者はしている。

人間社会はこれを否定した。すべての男性が女性と性交して子どもをつくるのが望ましいという配慮の下、一夫一妻制を人間社会の規範にしたのである。

世の中には権力や地位のある男、おカネを持っている男、イケメンの男、頭脳が優秀な男がいる。一方で、そうではない男も存在するが、男女関係を自然のおもむくまま(あるいは自然な競争)にしておくと、前者の男が複数の女性を抱えることになる。あるいはそういう男性がモテモテとなり、結果として後者の男は女性にありつけないこととなる。

人間誰しも性欲はあるし、子孫を残したいという希望もあるので、少数の男性が多数の女性を囲い込んでしまうと、あぶれる男性が出てくることが確実である。こういうあぶれる男の輩出は、平等の倫理に反するので、すべての男女がカップルをつくれるようにと、一夫一妻制を人間社会の規範にした、というのが筆者の主張である。

もとより「汝、姦淫するなかれ」で代表されるキリスト教による宗教的な教えの効果もあるだろうが、人間を平等に処遇するために一夫一妻制を男女間の規範にしたのである。

平安時代以前ではこの特色はさほど強くなく、乱交の見られる時代もあったが、その後、室町・江戸時代に入って武士の支配する身分社会に入り、一夫一妻制が強化された。

しかし権力とおカネを持つ武士は妾を持つのが普通であった。さらに武士階級では強い男性への期待があったので、特に家父長制という家族のあり方が規範となり、妻は夫に従い、子は親に従い、そして家は長男が世襲するという慣習が定着した。農家、商家においてもこの規範は大切なことと理解されてはいたが、それをやり遂げることができる家は少なく、武家ほど実践されてはいなかった。

一夫一妻制が原則とはいえ、農家や商家では結婚をしない人の数、あるいは経済的に結婚できない人の数は相当多かったということを無視してはならない。その一方で江戸時代では性の自由はかなり浸透していて、複数の人と性的な関係を持つことにためらいのない社会であった。

明治時代以降、ほとんどの男女が一度は結婚する社会であった。「皆婚社会の日本」という言葉が流布したし、現に日本人の98%が結婚して夫婦になっていた。結婚してから離婚に至る夫婦は当然のことながらいつの時代でも存在していた。明治時代の初期・中期においての離婚数はかなりの数であったが、その後それが低下して、第2次大戦後の20〜30年間までは0.1%を下回る低い離婚率で推移した。

恋愛、結婚の二極化と多様化

ところが、ここ30年間くらい、離婚率は上昇の傾向にある。最近になると離婚者の増加に加えて、わが国では新しい動きが生じるようになった。未婚者の増加、性の自由化、男性の性や恋愛、結婚に対する対処の仕方の二極化、女性の非婚希望の増加、出生率の低下、などである。アメリカやヨーロッパでも、結婚していない男女の間での出生数の激増、医学の進歩による生殖技術の多様化、シングル・マザーの増加といった変化が生まれている。

家族の安定は崩れ、性の自由化が進んで、単身者間の性交渉、既婚者の不倫などが増加するようになった。これらの現象は江戸時代、あるいはそれ以前の性、結婚、家族に見られた特色なので、過去の時代に戻りつつある、あるいは回帰しているとの解釈も可能である。

これらの動向から得られる1つの類推は、ヒトの世界において夫や父になる男性が今後ますます減少するということである。だが、妻や母になる女性の数は男性ほどには減っていない。

特に顕著なことは結婚しない人の増加である。日本で今後を予想すると生涯未婚率(一度も結婚しない人の比率)が男性で20%強、女性で10%強に達するので、そもそも家族の形成をしない人の増加が予想されている。

なぜ未婚者の増加が予想されるのか。

第一に、草食系男子と肉食系女子という言葉に象徴されるように、異性との付き合い方に変化が見られる時代になっている。具体的に言えば、性への関心と行動に関して二極化が進展中なのである。すなわち性欲の二極化である。

特に性交渉では先導役とされる男性にその二極化の傾向が強く、最初から女性に近づかない男性(すなわち雄)が増加している。一方の女性は受け身のことが多いので、肉食系女子の存在もありながら、男性と付き合わないケースが多いのである。女性(雌)は本能として出産の希望があるので、男性(雄)を待っているのであるが、なかなかうまく進まない。

第二に、日本が格差社会に入ったことにより、若年・中年層の間で所得格差が拡大し、一部の若年・中年層の間で所得が低くて結婚できない、あるいは異性と交際ができないという人の増加が見られる。特に日本では男性に結婚・恋愛の経済負担の重圧がかかることが多いので、主に男性がこの問題で悩んでいる。

第三に、日本人の間に個人主義が浸透し、家族を持たなくとも人生を楽しむ手段が多く出現したことがある。さらに恋愛や結婚は、見知らぬ人と付き合うとか、一緒に住むことを意味するが、他人との付き合いが苦手という人が多くなった。人間関係で気を使うといったことで悩むよりも、一人で楽しむとか、あるいは同性同士の気楽な付き合いを好む人が増加している。

優秀な雄を求める自由

第四に、女性が社会に出て働くことがごく一般的なことと考えられる時代となり、所得のある女性(特に高所得の女性)に結婚への希望度が低下した。あるいは経済力を得たことによって、女性の男性に対する要求が高くなった、すなわちより魅力的な男性を求めるようになったことも、男性と女性のミスマッチが顕著となった理由である。

これは動物の雌が優秀な雄を求める姿と一致していると解釈したい。すなわち、動物では雌の保有する卵子が数少なく貴重であるのに対して、雄の放出する精子の数は何億とあるので、やや誇張すれば1つの卵子をめぐる精子間の競争は激烈であるとの事実の人間版と解釈してよい。


第五に、世界の多くの国で結婚・家族・社会の変化が大きく見られるが、日本の歴史を見ると欧米で発生している変化が、数十年経過してから影響を受けて日本で発生するという現象が多い。たとえば、離婚率の上昇、性の自由化、若者の失業率の高さ、女性の労働力率におけるM字カーブのへこんだ部分の上昇など、枚挙にいとまがない。

このように、未婚者が増加し、「一生独身」の男性が増え続ける一方で、子どもへの教育費は高騰し、「質の高い子ども」を親が求める傾向にあると言われている。もし優秀な雄(男)への要求が高まり、質の高い雄は厚遇され、質の低い雄が冷遇されるという二極化の世界になれば、冷遇される立場になった雄は、駄馬のようにひたすら汗水たらして働くしか生きる道はなくなるかもしれない。

そしてそういう男性は一生懸命働いて経済を強くするだけに貢献し、優秀な男性のみが女性と接触できて、子孫の繁栄に貢献する世の中になるかもしれないのである。