女の人生は、多様性に満ちている。

女性活躍推進が叫ばれる今、社会から女性への期待は増す一方だ。

だが最近では高学歴でもキャリア志向を持たず、あえて一般職の道に進み、結婚しやすい環境を整える女性も多いと聞く。

-男に頼って、何が悪いの?-

「恋の大三角形」に登場したゆるふわOL・ “シバユカ” もまさに、そのひとり。

実は慶大経済学部卒の学歴を有する彼女だが、総合職でキャリアを積む同級生を尻目に大手不動産会社の役員秘書に甘んじている。

にゃんにゃんOLと揶揄されても、気にしない。

そこには、策士“シバユカ”のしたたかな野心があった…!?




出世もキャリアも、私には必要ない


「確認しますが…本当にうちの“一般職”でいいんですか?」

いかにも人事部らしい、縁なしメガネをかけた誠実そうな男性が、私に怪訝な目を向けた。

男の隣に座る妙齢の女性社員も、物言いたげな表情で私を見つめている。

それは、丸の内に本社を構える、大手不動産会社の採用面接での出来事。

あの時のことを思い出すと、私は今でもちょっと可笑しくなってしまう。

彼らの心の中は、きっと「?」でいっぱいだったに違いない。

都内女子校出身、慶應義塾大学経済学部卒。浪人も留年もなし。総合職での採用基準を優に満たしているのに、どうしてわざわざ業務の幅も狭く、給与ベースの低い一般職を?と。

世間からは、理解してもらえないのかもしれない。

けれど私には私なりの人生設計があって、そこには総合職とか、キャリアとか出世とか、そういう類は全く必要ないのだから仕方ない。

「御社の一般職が、第一希望です」

迷いなく言い切る私に、面接官二人は戸惑ったように顔を見合わせる。

その反応に、「もしかして落とされる…?」と一瞬不安がよぎったが、そのあとの選考は問題なくトントン拍子に進み、無事に内定を獲得することができてホッとした。

こうして当時22歳の私は自ら望んで、東京婚活市場随一の戦闘力を誇る、丸の内OLとなったのだ。


あえて一般職OLを選んだシバユカに、周囲の目は冷たい…?


総合職女子との、広がる格差


“日曜のランチ、ハイアットでいい?”

社会人になって半年ほど経った、ある日のこと。

大学時代の同級生・梨奈から届いたLINEに、私は目を丸くした。

学生時代の私たちにとってランチといえば、単価1,000円ちょっとのカフェランチが常だった。それがいきなり、「ハイアットでいい?」に変わるとは。

-さすがは、代理店女子…!

私がそんなことを考えている間に、もう一人の同級生・聡子からも返信が届く。

“いいね!『フレンチキッチン』にする?”

迷いなく快諾する聡子もまた、外資系投資銀行のフロントで働くバリキャリ女子だ。

私は、大卒初任給トップクラスの高給を稼ぐ二人のやりとりに、多少気後れしながらも”OK”のスタンプを返しておいた。




「久しぶりー!」

『フレンチキッチン』に現れた代理店女子・梨奈は、サングラスを外しながら颯爽と席に着いた。

裾がアシンメトリーになったトップスに、スキニーデニムがよく似合う。六本木で一人暮らしを始めた彼女にとってここはご近所だからだろう、バッグはセリーヌのチェーンウォレットだけだ。

学生時代からオシャレ番長と評されていた梨奈だが、代理店入社後ますます華やかになり、輝きを増しているのは目にも明らかだった。

「梨奈、ますます綺麗になってる。素敵ね」

私は素直にそう言って隣に座る聡子を振り返り、ハタ、と気がついた。

笑顔で頷き返す聡子の耳には、ヴィンテージアルハンブラの見慣れぬピアスが光っていたのだ。オニキスのシックな輝きが、クールビューティーな彼女に、さらなる高級感を付与している。

よく見れば彼女が着ている一見シンプルなブラックワンピースも、胸元のカットやウェストラインの美しさが、量販されているそれとは全く違っていた。

「どう?仕事は。私の方はもうさっそく、全然家に帰れなくて…」

「私もよ!今日はなんとか休めたけど、昨日は一日中撮影でスタジオだった」

梨奈と聡子は再会するや否や、どれだけ自分の仕事が忙しく充実しているかを我先にと語りだした。

私は自分とまるで別次元の話に、ただただ目を丸くしながら頷くほかない。

たった半年の間に、同じ慶大生だったはずの二人は、すっかりキャリアウーマンへと変貌を遂げていた。

そのことは確かに、私に大きな衝撃を与えた。しかしだからと言って、別に憧れはしない。

こうなることくらい、わかっていたのだ。

それでも私は私の考えがあって、あえて一般職を選んだのだから。

「ねぇ、シバユカはどうして一般職に決めちゃったの?」

完全に放置プレイだった私を思い出したのだろう、梨奈がふいに私に尋ねた。

「それ、私も聞きたかった。シバユカなら、絶対に総合職だって受かったのに」

聡子も、控え目ながら、しかし探るような目で私を見つめる。

「そんな…大それた理由なんてないよ。ただ私には梨奈や聡子みたいにバリバリ働く力なんてないって思っただけ」

謙遜する私の言葉に、二人は口々に「勿体ない」と言い合っている。

しかし私にしてみれば、たとえ高給を得られたとしても、貴重な20代を仕事で忙殺されてしまう方が余程、勿体なく思えてしまうのだ。


シバユカが一般職を選んだ本当の理由。彼女には、いつか叶えたい夢があった


私の理想像


「お先に失礼します」

一般職とひとくくりに言っても、業務内容は様々だ。同じ会社であっても、例えば営業アシスタントなんかに配属されればそれなりに忙しく、残業もしないわけにいかない。

しかし運よく役員付き秘書に配属されたおかげで、私はほとんど残業ナシ、毎日18時には帰宅できてしまう。

満面の笑みでおじさま達に挨拶し、私はいそいそとオフィスを後にした。

そして足早に、とある場所へと向かう。

ある場所…それは、私が学生時代からずっと憧れている、美人料理家の豪邸だ。




「あらシバユカちゃん、いらっしゃい。来て早々に悪いんだけど、急いでテーブルを整えてくださる?」

広尾の、閑静な住宅街にある一軒家。

広々としたLDKに足を踏み入れると、中央に配された大理石のアイランドキッチンから、品の良いよく通る声が響いた。

「留美先生、遅くなりました。すぐ整えますね!」

留美先生はこの、まるでモデルルームのような自宅で、お料理教室「Rumi’s Table」を主宰している。彼女はまだ30代前半、しかしいくつものレシピ本を出版している有名料理家だ。

その美貌と知性を感じさせる立ち居振る舞いから、最近はメディアにも頻繁に登場して活躍の幅を広げている。

私は、学生時代から密かに留美先生に憧れていた。

どれほど憧れていたかというと、彼女のSNSやブログは欠かさず全部読み込んでいたほど。

そして彼女が自分と同じ慶應大学出身であることを知ってからは、勝手に親近感さえ感じていた。

そして、大学3年生のある日のこと。私にとって、運命とも言える出来事が起こる。

留美先生のブログに「アシスタント募集」の文字を見つけたのだ。

-これだ!

私はいてもたってもいられず、まだ大学生かつ未経験にも関わらず、勢いだけで留美先生に連絡をとった。そして、無謀にもアシスタントに手を挙げたのだ。

採用されたのは、まったく奇跡としか思えない。

しかしその奇跡のおかげで、私は留美先生のアシスタントをしながら、今もこうして料理家になるための勉強を続けさせてもらっている。

用意されたジノリの器をプレイスマットに並べていた時。奥のリビングでお絵かきをしていた留美先生の娘が、シッターらしきアジア系女性に呼ばれて飛び跳ねながら部屋を出て行くのが見えた。

2歳の可愛い女の子。

私はその、豊かで、幸せいっぱいの光景に感動すら覚える。

お料理教室を開催することを前提に新築したのだという、この広尾の豪邸。好きな仕事をして、幸せな家庭を築き、そして可愛い娘までいる。

-留美先生こそ、私の目指すべき理想像だ。

彼女のような生き方をするには、どうしたらいい?

初めて出会った日から、私はそれをずっと考え続けていた。

そして辿り着いた結論こそ、“結婚ありき”の人生設計だったのである。

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婚活に勤しむシバユカだが、ある残酷な現実を目の当たりにする。