人事部ー。

社内の人間模様や、人間の黒い欲望に直接触れることもある部署。

人事部から見た社内、それは人の業が蠢く社会の縮図であった。

涼子が働く恵比寿のベンチャー企業では、管理本部長・坂上の社内システム入れ替えのミスを、総務課長・後藤になすり付ける、黒い思惑にまみれた人事異動が発表された。

涼子は、同期の誠に相談しつつ、社長に直接要請しシステム入れ替えの大きな一歩を進めたが、涼子の本当の画策はこれからであった。




システム入れ替えは、システム部門からの人員追加もあり、ほどなくして、一部の機能が先行して稼働し始めた。

稼働してもなお、バグや修正箇所が見つかるだろうからと、一気に入れ替えることはせず、稼働できる部分から少しずつ稼働させるといった方針は、どうやら社長とエンジニアで決めたようだ。

さすが社長やエンジニアが入ると違うな、と涼子も同僚たちも思っていた。

これで総務部は、システム入れ替えの功績を独り占めできなくなった。むしろ、今まで総務部は何をしていたんだという空気すら社内に漂い始めていた。



「話って何だね。私は忙しいんだが。」

涼子は会議室で坂上さんと向かい合っていた。

坂上さんに、「ちょっと面白い情報があるので、ご共有させて下さい」とメールを送っていたのだ。

面白い情報、というと坂上さんは絶対食いつくに違いない。涼子はそう踏んでいた。

予想通り坂上さんの心を掴んだようで、メールで送っていた時間に涼子が会議室に行くと、すでに坂上さんが座っていた。

机の上にはスマホが置かれているが、坂上さんはスマホを見るでもなく、腕を組んで窓の外を見ていた。

「失礼します。」

涼子はそう言って、坂上さんに向き合う。

「お忙しいところ、お待たせして申し訳ございません。坂上さんにどうしても見て頂きたいものがございまして。」

涼子は、とある書類を坂上さんに渡す。

その書類に目を通した坂上さんの表情は歪み、どんどん険しい顔になっていった。

渡した書類、それはとある領収書のコピーであった。


涼子の画策、始動。


涼子は坂上さんに対して、とある疑いを抱いていた。

それは、会社経費の私的利用。

昔、坂上さんを夜の西麻布で見かけた時に、若い女の子を4〜5人引き連れており、随分羽振りがよさそうだと感じていた。

毎晩のように夜遊びし(毎晩のようにお食事会に繰り出す女子社員から多数の目撃情報による)、高級タワーマンションに住み、妻と子供二人を養っている坂上さん。

さらに、子供は有名私立に通わせていると聞いている。

夫婦どちらかの実家が資産家であるとも聞いたことがない。

では、坂上さんの手取りでそんな生活ができるのだろうか?

―もし不正をはたらいているのなら、この機会に暴いてやる。

今回のシステム入れ替えで、経費精算申請の閲覧権限を涼子にも設定してもらい、坂上さんの申請や動向を確認した。

すると、坂上さんの性格通りのずさんな申請から、あれよあれよと情報が出てきたのだ。

添付されている領収書を確認すると、連日の高級飲食店の領収書に、金券やブランドバッグの領収書。

もちろん取引先との接待の可能性だってあるが、果たして…

極めつけは、ホテルの領収書だ。

領収書と明細書が一緒になっている書類を、坂上さんは切り離さずそのまま提出。その明細には【夜景の見えるお部屋確約・クイーンサイズベッド:2名】との記載が。

―2名って…。接待して遅くなったから宿泊したとしても、取引先と泊まるなんてないわよね?

突きつけたところで、その部屋しか空いておらず泊まったのは1人だ、と言い訳されるかもしれない。

ー何か証拠を押さえられないかしら…

涼子は、領収書の中から特によく利用しているお店とその曜日を割だし、ダメ元でそこへ向かった。

さすがに1人では怪しすぎる為、誠に「何も言わずご飯付き合って、奢るから!」とお願いし(この貸しは大きいからなと言われつつ)付き合ってもらったのだが、まさか本当に1回で坂上さんの姿を目撃できるとは思っていなかった。

明らかに取引先ではない、若い女の子を数人引き連れてお店にやってきた坂上さんと出会えるなんて。




誠も気付いたようで「あれ、坂上さんだよな?」と耳打ちしてきたので、あたかも誠の言葉で気付いたかのように話を合わせつつ、涼子は内心では、踊り出したいほどの興奮を隠すのに必死だった。

そして1週間後、経費精算システムを見ると、出てきたのである。先日涼子が目撃した日の食事代と、その夜のホテル代の申請書が。

-ビンゴ。飛んで火にいる夏の虫、ね。

本来、会社の経費というのは、仕事と関係のない出費は計上してはいけない。

ましてや、会社としては将来IPOを視野に入れ、会計や労務管理はしっかりしようという方針を、昨年から打ち出していた。

そんな方針を打ち出す管理部門の本部長が、経費を私的利用していいものか。

しかも経費精算システムの承認は、坂上さんが申請したものを、坂上さん自身が承認する設定になっていた為、誰も注意することもできない。

経理も、きっと坂上さんに丸め込まれていたのだろう。


会社のお金を私物化する 本部長の暴走




「この領収書に見覚えはありますよね?会社のルールもご存知ですよね?」

涼子は坂上さんに問い質す。

「ああ、接待だよ。確かに金額は高めだが、大事にしたい取引先だったからな。」

顔を歪めたのも束の間、すぐさましらを切り通そうと方向転換したようで、あっけらかんと答えた。

「これをご覧になっても、同じことを仰いますか?」

できれば使いたくなかったが、涼子はスマホを取り出し、1週間前に撮った坂上さんの姿を見せた。

「…いったい何の真似だ、探偵ごっこか?たかが人事のイチ社員が、何様のつもりだ。」

坂上さんは、怒りでわなわなと震え、声を荒げた。

「会社のルールは私が決める!俺がルールだ!」

書類を机に叩きつけ、ドスのきいた大きな声で叫ぶ。

「システム入れ替えにエンジニアが入ることになったのも、お前の差し金か?侮辱しやがって。」

坂上さんは一通り叫び終えると、突然肩を震えさせ笑い出し、そして静かに話し始めた。

「前から生意気だとは思っていたが。人事ってそんなに偉いのか?俺に歯向かうとどうなるか思い知らせてやる。

…クビだ。」

その時、会議室のドアが3回ノックされた。




「失礼しますね。」

入ってきたのは後藤さんだった。後藤さんは、口調は柔らかいものの笑顔はなく、真剣な表情をしてる。

「おい後藤。今、話し中だぞ。」

涼子も、後藤さんに打ち合わせの招待はしていないため、驚きを隠せない。

「この会議室に、スマホを置きっぱなしにしていたので。」

そう言って、テーブルに置いてあったスマホを手に取った。そして、

「すみません、忘れたiPhoneがずっと通話中で、今の話は全て聞かせて頂きました。」

後藤さんは画面を解除し、私たちに見せた。

「…お前ら、グルか?一体何が狙いだ?」

坂上さんの声が怒りに満ちている。歯を食いしばっているせいで顔は震え、ひどい形相で睨んでくる。

「私が勝手にしました。経費精算システムの閲覧権限付与を高橋さんに頼まれまして、総務部長の権限で実行しました。彼女が何か行動を起こすだろうと気になり、彼女のカレンダーをこまめにチェックしていただけです。

あ、ちなみに今回の閲覧権限の操作は、総務部長の権限がないとできませんでした。私を部長にして下さって、ありがとうございました。」

後藤さんがにこりと笑いながら、坂上さんに会釈する。

「…この…この俺をバカにしやがって…。

高橋は人事の職権濫用で個人情報を調べた件で、後藤は総務部長の地位濫用で録音した件で、懲戒解雇にしてやる!」

会議室に坂上さんのどなり声が響き渡った。

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2人は解雇されてしまうのか。黒幕を潰せるか…?