奥州、甲斐、伊豆、石見等々、金山、銀山という資源を抱えた日本は、マルコポーロが黄金国ジパングといったように世界的な貴金属の産地でした。(イメージ写真提供:123RF)

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■奥州の金山と文化

 今回は少し歴史のことに触れたいと思います。今まで触れてこなかった奥州の金についてです。奥州の金といえば、奥州藤原氏の反映を支えた黄金文化を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか? 甲斐、伊豆、石見等々、金山、銀山という資源を抱えた日本は、マルコポーロが黄金国ジパングといったように世界的な貴金属の産地でした。

 その中でも、奥州の金は、古くから有名であり奈良時代から日本の仏教文化にも貢献してきました。奈良の大仏に奥州の金が使われ、中国の仏教文化にあこがれた聖武天皇を喜ばせたと言われます。奥州藤原氏は、源頼朝に滅ぼされてその歴史の幕を閉じました。しかし、藤原氏が建立した中尊寺の金色堂の素晴らしい文化は、日本が誇る財産といえると思います。まさに世界遺産にふさわしいかともいます。

 この奥州の黄金文化を支えた金山の一つに玉山金山がありました。玉山金山は、明治時代には、その周辺を含めて、膨大な金鉱があるという報告がなされて明治政府も注目していたということです。日露戦争を想定して明治政府が戦争資金の調達の必要性を感じていた時期でした。

■日本の黄金文化のひとつの極

 奈良の大仏に奥州の金が使われたことに触れました。中国文化にあこがれた日本が仏教文化のアイコンとしての大仏を建立したことは、内外にそのステータスを示す意味で大変重要だったかと考えます。それにより、権力の強さを示すことができますし、日本文化のコアを確立することに貢献したように思えます。

 奥州藤原氏は、四代続きましたが、金という資源を背景に、地方における勢力拡大、確立をしていきます。このことは、甲斐の武田氏が黄金文化を背景に勢力を拡大していたことと同じように、地方権力の確立に大きな影響を与えます。日本は、中央の政府と地方の有力政権が共存する構造を持っていると考えられますが、まさにこの地方政権をバックアップしたものが黄金文化だったといえます。

 上記の二つの件を見ても考えられるように、奥州の黄金文化、金資源は日本の黄金文化の一つの極であり、日本文化に大変重要な影響を与えたものといえるでしょう。

■終わりに

 改めて、日本が封建社会で、それぞれ独自な地方文化と経済を作り上げることができたのは、こうした黄金という資産を背景にしているといえるかと思います。もちろんそれは、金を産出できた地方のみかもしれませんが、日本人はそれぞれの地域資産を生かしていたのではないでしょうか。

 先ほど触れた玉山金山など奥州の金鉱山は、ひっそりと遺構として残っているだけですが、このように日本文化において大変意味のある貢献をしてきたといえます。

 本稿では、日本文化に影響を与えてきた奥州の金山ということで歴史について触れました。

【参考資料】
村上力也著『陸前高田市玉山金山考−金山下代松坂家文書を中心に』陸前高田市教育委員会発行 昭和33年発行(情報提供:SBIゴールド)(イメージ写真提供:123RF)