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漫画家の弘兼憲史さんは「友達の数で、幸せは決まらない」と断言する。「人生100年時代」では友達の数は増えていく一方だが、ときには「捨てる勇気」も必要だろう。弘兼さんに加え、元東レ経営研究所社長の佐々木常夫さん、精神科医の保坂隆さんに、「定年後」を身軽に楽しく謳歌する秘訣を聞いた――。

※本稿は、「プレジデント」(2017年9月18日号)の記事を再編集したものです。

■不要品を手放せば、第二の人生が輝きだす

「定年後に老後を考え始めるようでは遅いです」

そう語るのは、『弘兼流60歳からの手ぶら人生』の著者であり、『課長島耕作シリーズ』でおなじみの漫画家の弘兼憲史氏だ。今年70歳を迎えた弘兼氏は、自らと同世代のビジネスパーソンの定年後を数多く見てきた。

60歳を超えても、会社で活躍し続ける人はいるだろう。だが、元パナソニック社員の弘兼氏曰く、「会社に残れるのは極めて少数の役員の人たちだけです」とバッサリ。しかし案ずる必要はないと、言葉を続ける。

「定年を前に、出世ルートを外れていると感じるならば、仕事以外の自分の幸せを考え直すよい機会と捉えるべきです。自分の身辺を見直し、不要なモノを捨てることで、身軽に生きられます。整理を始めるなら、早いにこしたことはありません。その分長い時間を“手ぶら”で生きることができるのですから」

今年7月に聖路加国際病院で定年退職を迎え、翌月には新たなクリニックを開院した精神科医の保坂隆氏も、定年後にやりたいことをするには、現役時代から身辺整理を進めるべきと説く。現役時代から準備を始め、万全の体制で第二の人生を迎えよう。

第一カ条
モノは生ゴミとともに捨てる覚悟で

■家にある本や写真は、本当に必要か?

では定年を迎えるにあたり、具体的な行動として今すぐできることは何だろうか。

「まずはモノを捨てること」と語るのは、東レの元取締役で、現在は経営者育成プログラムの講師などを務める佐々木常夫氏だ。

「ビジネスパーソンが着手しやすいモノといえば本でしょう。勉強熱心な人ほど、たくさん所有しているものです。私の趣味は読書ですが、自宅の本棚は1000冊以内と決め、それ以上増えたら捨てることにしています。引っ越しも楽になります」

本と同様の紙モノとして、意外とかさばるのが写真だ。佐々木氏は、絶対に必要な写真を厳選したうえで、デジタルデータ化して保存している。パソコン1台にすべての写真のデータが入っているため、持ち運びも簡単だ。一方、弘兼氏は、データも含めて自分の写真を全く残していない。スキャニングなど、保存するために使う時間を、ほかのことに回したいという考えによるものだ。方法は違うが両者に共通するのは「形がある紙の写真は残さない」という点。捨てる習慣を身に付けるために取り入れたい考え方だ。

本、写真以外には何を捨てればよいのだろうか。

「クローゼットの服を見直してみてください。サイズが合わなくなっている服は、元の自分に戻れる自信がある方を除いて、即捨てましょう。古着屋に持っていっても、10円になるかならないか。捨てるほうがラクです」(弘兼氏)

ここで、弘兼氏が思い入れのある服を捨てるコツを教えてくれた。

「捨てるときは、生ゴミを入れているゴミ袋に入れること。もう取り出す気にはならなくなりますから。こうして、僕は新しい服を1着買ったら、必ずその分1着は捨てるようにしています」

保坂氏も、「クローゼットを片付けると、スッキリして万事回転がよくなる」と同意するが、そのときの心持ちがとても重要だと説く。

「人に無理やり捨てさせられるのと、自分で捨てるのとでは、全然違います。精神的にも自分で捨てたほうがいい。でも、おしゃれをする気持ちは、一緒に捨ててはいけません。無理に高いものは買わなくてもいい。ちょっとかっこいいサングラスをいつも持っているなど、一点豪華主義がオススメです。これは収入が減る定年後にも使えるテクニックです」

なぜ、モノを捨てるのはかくも難しいのか。理由のひとつとして、弘兼氏は処分費の存在を挙げる。

「昔のステレオや使わなくなったテレビなどを、家の中にためこんでいる人がいます。しかし、廃棄にもお金がかかる時代であると覚悟して、捨てないといけません。自分が捨てなくても、いずれ誰かが捨てなければならないからです」

弘兼氏は使わない古い家電と併せて、レーザーディスクやレコードなどのソフト類も処分したと話す。その他、引き出物や頂き物などの死蔵品も要チェックだ。未開封でももったいないと思わずに、使ったほうがいい。自分の手元にやってきたモノには、人生を楽しく彩る力があるからだ。そのうえで、役目を終えたモノを見極め、手放すのが“捨てる習慣”の基本といえそうだ。

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▼定年前から見直し開始! ビジネスマンが捨てるべき5大アイテム
1:本
流通構造が変わり、以前より再入手もしやすくなった。ためらわずに手放そう。
2:写真
データ化する場合は、厳選してから着手を。保存にかかる労力と時間は有限だ。
3:服
「高かったのに」「やせたら着られる」はNG。今の体形と見比べてシビアに吟味を。
4:賞状、成績表
過去の努力は、自分の中に蓄積されている。「証明書」は不要と考えよう。
5:年賀状、名刺
人脈を感じるための自己満足ツールになってはいないか。連絡に使わないなら処分を。

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第二カ条
肩書へのこだわりは百害あって一利なし

■できる男ほど、過去の栄光を捨てられる

使わないとわかっていても、捨てるのに躊躇するのが「思い出の品」だ。

「昔100点を取ったテストの答案や、図画コンクールで優勝した絵などを、お袋がずっと大切に保管してくれていました。しかし、お袋の目が届かなくなったタイミングで、自分で全部捨てました。僕はまだまだ前を向いて仕事をしたい。今の僕には、昔の自分の思い出に浸る時間はないんです」(弘兼氏)

弘兼氏は、過去に自分が出演したテレビ番組を録画したビデオテープを全部処分したという。今は録画すらしない。思い出の品への執着を捨てるということは、日々をポジティブに過ごすことにつながるのだ。

形あるものに限った話ではない。

「定年を迎えても過去の肩書にしがみついていると、いろんなところで妨げとなります。たとえば、マンションの管理組合。昔高い地位にあった人が集まりがちですが、偉そうに振る舞う人がいると、雰囲気が悪くなり話も進まない。1度会社を辞めたら、過去の立場は忘れなければなりません。一からスタートするという気持ちで、未来を見なければ前に進めませんし、自分も周囲も楽しくなくなってしまいます」(弘兼氏)

さらに弘兼氏は、会社員時代に同期だったある友人の話をしてくれた。

「漫画『島耕作』のモデルにもなった友人は出世して要職に就き、63歳で一線を退きましたが、過去の肩書などを全くひけらかさないタイプです。『オレは偉かった』というようなつまらないプライドは持っていません。時々お会いする機会のある元総理大臣の小泉純一郎さんも、そのようなプライドは感じさせません。肩書は過去のものとしてこだわっておられないんでしょうね」

サラリーマン生活が長かった佐々木氏曰く、多くの人が執着しがちなのは、やはり仕事に関わる「思い出」たちだ。

「会社やゴルフでもらった賞状は、持っていても意味がない。自己満足でしかありません。大事なのは、今のあなたがどんな人格かだけ」(佐々木氏)

第三カ条
年賀状削減で人間関係を厳選

■友達は「量より質」で関連コストも削減

SNS時代において、友人の多さはその人の価値や財産のように思われがちだが、弘兼氏は「友達の数で、幸せは決まらない」と断言する。

「若い頃は、友人の多さが有利に働く場面がたくさんあります。特に仕事はそうですね。しかし、年を重ねるにつれ、自分のポジションというものが明確になります。もしこれ以上、上にいけないと感じたら、無理して今以上に人脈を広げたり、維持したりする必要はありませんね。それよりも、少人数の信頼できる友人がいるほうが大切です」

現役世代でも、モノを通じて今の人間関係を見直すことはできる。

「僕は最初に年賀状廃止からやりました。昔の年賀状は心のこもった手書きでしたが、今ではパソコンですべてを印刷したものがほとんどです。さらに正月の過ごし方も変わってきています。昔と違って元日からお店は営業しているし、イベントもいろいろやっています。年賀状をゆっくりこたつで見る人って、減っているのではないでしょうか。となると、年賀状を出しても、読まれているのかどうかさえわかりませんから」(弘兼氏)

さらに弘兼氏は、「スマホなど通信手段も昔に比べて格段に発達しています。現役世代が年賀状を全廃するのは難しいかもしれませんが、現在200〜300枚の年賀状をもらっている人は、送る数を10分の1程度に減らしても十分ではないでしょうか。突然年賀状を廃止するのが気になる場合や、送ってない人から送られてきた場合は、『自分はもう年賀状を出しません。その代わり、普段、連絡を取り合いませんか』と連絡をしてみては」と語る。

同様に、「保存しておく年賀状は過去3年分のみ」という佐々木氏は、ビジネスパーソンの証しである名刺も、枚数を決めて3年分しか取っていない。

こうした人間関係の整理を進めておくと、定年後、冠婚葬祭にかかる費用を抑えられるというメリットもある。同様に、お中元、お歳暮の送り先についても検討の余地ありだ。

現役世代は、まずは会社関係者と行く飲み会を厳選するところから始めてはどうだろうか。また、「二次会には行かない」などルールを決め、浮いた時間やお金を、定年後のプランづくりに回すのもオススメだ。

第四カ条
妻からの自立で、つかず離れずいい関係

■妻は「老後の命綱」関係性のケアは必須

定年後、一緒に過ごす時間がもっとも増えるのはパートナーだろう。弘兼氏は、現役時代から妻とフィフティーフィフティーの関係になっておくことが重要だと説く。

「対等の関係を保つには、過度に妻に依存せず、自立することが必要です。そういうバランスをつくるきっかけとして、男性はメシを作ったほうがいいですよ。料理が苦手な人は、皿洗い、ゴミ出し、買い出しから始めると、妻から好意的に受け取られるものです」

また、弘兼氏は両者の距離感についても言及する。

「近すぎるのもいけません。お互いの交遊関係に踏み込まないように、妻とは別のコミュニティをつくっておくことが大事です。オススメは介護ボランティアへの参加。いずれ自分もお世話になるかもしれないのですから」

定年後に関係が崩壊した夫婦を数多く見てきた精神科医の保坂氏も、妻からの自立を説く。

「『夫は会社を辞めてから、ずーっと家にいて、一日3度ご飯が出てくるのを待ってるだけ。だから私が外に出て逃げるしかない』と話す妻は多いです。定年退職した日に、妻から『私も今日で定年退職です』と言われて捨てられた夫もいます。危険なのは、子どもがかすがい化している家庭。今の円満な家庭関係が子ども頼りだとすれば、奥さんとの関係を考え直さなければなりません」

すでに夫婦関係が冷え切っている場合どうすればよいのか。佐々木氏は、妻への呼び方ひとつで、その関係性を変えられると話す。

「会社がタテ社会だとしても、家族はヨコ社会と考えましょう。妻や娘、母親に対しても、ヨコの目線で接するんです。まずは相手のことを“さん付け”で呼んでみてください」(佐々木氏)

亭主関白な考え方は捨て、妻への敬意を形にして伝えることが、楽しい定年を迎えるための必須条件のようだ。

60歳以降の人生を考えて、憂鬱な気分になった読者もいるかもしれない。そんな不安を抱える後輩たちに弘兼氏はこんな言葉を送る。

「これまでの話と矛盾するかもしれませんが、細かすぎる人生プランは立てないほうがよいです。外れたときに修正するのにストレスがかかりますから。人に迷惑をかけなければいい加減に生きたほうがいい。なるようになる。それくらいの心持ちでいてください」

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妻と良好な関係を保つための3つの秘訣
▼家事は半分ずつ
妻は夫の三食の世話を煩わしく思うもの。料理ができない場合は、皿洗い、ゴミ出し、買い出しから始めたい。
▼妻とは別のコミュニティを持つ
「今まで苦労をかけた分、定年後は行動をともに」という発想は危険。妻には妻の友人関係があるため、立ち入らないこと。
▼呼び捨てNG
名前の呼び捨ては「いつまでも偉そうにしている」と受け取られるため、“さん付け”に変える。「おい!」「おまえ」などと呼びかけるのはもってのほか。

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弘兼憲史(ひろかね・けんし)
漫画家
1947年生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)勤務を経て、漫画家デビュー。代表作『課長島耕作』『黄昏流星群』をはじめ、著書多数。2007年紫綬褒章受章。
 

佐々木常夫(ささき・つねお)
佐々木常夫マネージメント・リサーチ代表
1969年東京大学経済学部卒業後、東レ入社。自閉症の長男と肝臓病とうつ病を患う妻の看病をしながら仕事に取り組む。2001年取締役。03年東レ経営研究所社長。10年より現職。
 

保坂 隆(ほさか・たかし)
保坂サイコオンコロジー・クリニック院長
精神科医。1977年慶應義塾大学医学部卒業。2003年東海大学医学部精神科学教授。17年聖路加国際病院精神腫瘍科部長・リエゾンセンター長を定年退職後、現職。
 

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(鈴木 俊之 撮影=向井 渉、早坂卓也 写真=PIXTA、iStock.com)