東京急行電鉄は2月7日に田園都市線で点検作業を公開した。輸送トラブルを防ぐためにはきめ細かな保守が欠かせないが、技術の伝承など課題も多い(撮影:尾形文繁)

午前2時の東急田園都市線渋谷駅。ホームの先に広がるトンネルの向こうに、黄色いヘルメットをかぶりオレンジ色のユニホームを身にまとった大勢の作業員たちの姿が浮かび上がった。


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最終電車が走り去り、階上のコンコースは人通りが途絶えたが、地下の線路上で大勢の人が作業をしている様子は、電車が行き交う日常の光景からは想像もつかない。2月7日未明に渋谷―池尻大橋間の電線類の点検作業が報道公開された。

田園都市線は昨年10月19日に三軒茶屋駅構内で停電が、同11月15日には池尻大橋駅で架線トラブルが発生し、長時間にわたる運休を強いられた。事態を重く見た東京急行電鉄は田園都市線の地下区間(渋谷―二子玉川間)で電線類を対象に、緊急安全総点検を実施したのだった。

ケーブルに281カ所もの傷


2017年10月19日、停電による運転見合わせで混雑する東急田園都市線の三軒茶屋駅。田園都市線は3時間運転を見合わせ、約10万人に影響が出た(編集部撮影)

総点検の作業自体は昨年中にすでに終了しており、今回公開されたのは、総点検をどのように行ったのかという「実演」だ。地下を走る列車の窓から、トンネルの壁に複数のケーブルが設置されているのを見たことがあるだろう。真っ黒に汚れた信号ケーブルの表面を作業員たちは手で触り、傷がないかチェックして歩く。従来は年1回の目視点検で済ませていた。

だが、汚れた状態では、細かい傷が生じていても目視ではわからないかもしれない。総点検ではトンネル上部にある架線などのケーブル、トンネルや駅ホームの下部にある高圧配電ケーブルにも触手検査を行い、これらのケーブル類に281カ所もの傷が見つかったという。


首都圏の鉄道会社が地下区間で保守作業を行えるのは終電から始発までの2〜3時間。限られた時間に電線類を直接触って傷を確かめる作業にはまとまった人手が必要だ(撮影:尾形文繁)

東急だけでなくJRや私鉄各社で大きな輸送トラブルが立て続けに起きている。国土交通省は鉄道輸送トラブルの再発防止や影響軽減に向けた対策に関する検討会を2月2日に立ち上げた。国交省では輸送トラブルの構造的な要因として、ベテランから若手への技術伝承、鉄道会社直轄作業と外注作業との関係性などを検討するとしている。どちらもトラブル多発の遠因としてしばしば指摘されているものだ。


電線類の点検作業には高所作業車も投入しているが、点検の主体はあくまでも人だ(撮影:尾形文繁)

東急には、こうした構造的要因が存在しているのか、いないのか。ケーブルの点検作業を終えた作業員に話を聞いてみたところ、「ケーブルに手を触れただけで異常を把握できるかどうかは経験が物を言う。若手社員では異常に気づかないかもしれない」という答えが返ってきた。

手で触ってどう感じるかは机上の講義ではわからず、実際に体験してみる必要があるという。作業を指揮する東急鉄道事業本部の伊藤篤志・電気部統括部長は「技術伝承はまさに課題」と認める。

建設現場などでは、工事を急ぐあまり下請け業者への指示が適切に行われず、不具合が生じたといった話をしばしば耳にする。鉄道の保守作業では本社社員と外注先の関係はどうなっているのか。

今回、深夜作業を行ったスタッフは全員が東急の社員。しかし、実際には協力会社の社員が作業に当たることもある。駅ホームの下にある高圧配電ケーブルは通常、コンクリート製の箱に覆われているため、緊急総点検では協力会社の作業員がふたを持ち上げ、東急の作業員が触手検査を行った。

このように、東急では明確な役割分担がなされ、「協力会社への指示は適切に行っている」と伊藤部長も外注時の情報伝達ミスがもたらすトラブルの可能性については否定する。

保線作業は人材の定着が課題

あるJR幹部は、「保線作業は深夜や休日の労働が多いため、より労働条件のよい別の業界に転職する人も少なくない」と危機を訴える。国交省は人材確保に向け働き方を変えるという提案を検討したいとする。外注だけでなく外国人労働者を活用する可能性も検討の俎上に載る。そうなってくると、指示の明確化はこれまで以上に重要になるに違いない。

「徹底的に点検を行ったので、今後トラブルが起きる可能性は絶対にないとはいえないまでも、確率的にはものすごく減った。安心してご乗車ください」と伊藤部長は太鼓判を押す。確かに、「従来の10〜20倍もの作業量」(伊藤部長)というほど労力をかけて総点検を実施し、「今回の結果を踏まえ、4月以降も時間をかけて点検を行っていく」(同)というのであれば、地下区間での輸送トラブルはしばらく起きないかもしれない。

とはいえ、地下区間を徹底的に点検しても、別の要因で遅延は起きる。国交省の2016年度の調査によれば、田園都市線においては、1カ月の平日20日間中、5分以上の遅延が発生した日数は平均11.8日。2日に1回以上の割合で起きている計算だ。

ただ、国交省のデータには個別路線の遅延原因は記載されていない。そこで、「東急線運行情報」という東急の公式ツイッターアカウントから、2016年2月7日から2018年2月6日まで過去2年間のツイートを抽出し、原因に関する分析を試みた。

なお、このツイッターでは「15分以上の遅れ・運転見合わせが発生または見込まれる場合に、運行情報をお知らせします」とされており、10分程度の遅れはツイートされない。


ツイッターによると、過去2年間で、15分以上の遅れや運転見合わせは91件発生。月平均では3.8件だ。これを原因別に並べると、人身事故が最多の22件、次いで乗客救護と線路内立ち入りが各8件、線路内安全確認が6件、混雑が5件、大雨、線路内発煙が各4件、車両故障、乗客転落、ドア点検が各3件、車両確認、台風、乗客触車、ガラス破損、信号確認が各2件という結果となった。

残りは雪、ポイント故障、乗客同士の車内トラブルといったもので1件ずつある。緊急総点検の理由となった停電や架線トラブルも1件だ。つまり、緊急総点検で地下区間の電力系トラブルが大幅に減ったとしても、それが全体のトラブル件数を大きく引き下げるわけではない。

ホームドア設置で人身事故は減らせる

これらの原因をタイプごとにまとめてみると、人身事故や立ち入りなど、人に関する外的要因が43件、混雑、乗客救護など車内要因が14件、停電、ポイント故障、線路内発煙など設備系の要因が14件、車両故障やドア確認など車両要因が10件、台風、大雨など自然災害や気象に関する外的要因が10件という結果になった。


では、こうしたトラブルは対策を講じることでどこまで減らすことができるだろうか。まず、人に関する外的要因。東急は2019年度までに田園都市線の全駅にホームドアを設置する計画だ。完了の暁には人身事故は激減するだろう。ただし、線路内立ち入りは防げないかもしれない。

設備系の要因については、緊急総点検の内容をベースに東急は今春以降の点検体制を見直すとしており、地下区間のトラブルは減少するかもしれない。しかし、設備系の要因14件中、地下区間で起きたトラブルは6件。地上で起きたトラブルが8件あり、地上側での点検強化も喫緊の課題だ。


東急の主力車両「8500系」。今後新型車両への置き換えが進む(スポッティー/PIXTA)

車両要因については、田園都市線では1970〜1980年代を中心に製造された「8500系」が現在も主力車両として活躍中だ。改修工事も随時行っているが、老朽化は否めない。東急は今春から導入する新型車両「2020系」への置き換えが進めば、車両トラブルも減少するとみられる。

問題は混雑要因だ。混雑を原因とする遅延が5件なのに対して、乗客救護が8件。車内アナウンスでしばしば聞く、「前を走る列車で具合の悪くなったお客様の救護活動を行っているため列車が遅れております」というあれだ。混雑が解消されれば、乗客救護による遅延も減るはずだが、混雑解消の決定打は乏しい。

トラブル半減でも乗り入れ先への効果大

複々線化で利便性が向上する小田急線へのシフトも期待されるが、東急は混雑が目に見えて解消するとは考えていないようだ。これまで見てきたとおり、東急がさまざまな対策を講じたところで、トラブルはゼロにはならない。せいぜい半減が関の山だろう。


東急の新型車両「2020系」。老朽車両からの置き換えが進めば、車両トラブルの減少に期待がかかる(撮影:山内信也)

しかし、視野を広げると、トラブル半減といっても効果は大きい。2月4日付記事「『乗り入れ先』が原因で遅れる地下鉄はどこか」によれば、東京メトロ半蔵門線のダイヤ乱れの発生日数190日のうち、半蔵門線原因が31日。発生回数は田園都市線原因115回、東武スカイツリーライン52回、その他(自然災害など)原因が4回となっている。

つまり、田園都市線―半蔵門線―スカイツリーラインと連なる長大路線のダイヤ乱れの約60%は田園都市線が原因。ということは、田園都市線の輸送トラブルが減少すれば、半蔵門線とスカイツリーラインのダイヤ乱れも劇的に減少するわけだ。

2月8日、東急は4月1日付の新社長人事を発表した。郄橋和夫新社長にはぜひとも「田園都市線の遅延ゼロ実現」を目指してほしい。電車遅延で社会が被る不利益が解消されれば、日本経済の成長にも資するはずだ。