バブル崩壊後の低迷する日本を生きてきた"ゆとり世代”。

諸説あるものの、現在の20代がこの世代に当たるとされる。

仕事も恋も、何もかもが面倒くさい。報われる保証もないのに、頑張る意味がわからない。

外資系コンサルティングファームに勤める瑞希(26歳)も、まさに典型的な“ゆとり”。

高学歴、高収入、容姿端麗。誰もが羨むハイスペにも関わらず、その実態は信じられないほど地味だ。

趣味はNetflix、たまに港区おじさん・水野と出かけるのは庶民的な餃子屋。

そんな瑞希だが、会話の弾みで会社の先輩から“彼氏候補”を紹介されてしまい渋々デートをすることに。

まったく乗り気ではない瑞希だが、その話を聞いた水野からもデートに誘われ、さらに困惑するのだった。




ピピッ、ピピッ、ピピッ…

18時半にセットしていた、携帯のアラームが鳴った。

―あーあ、良いところだったのに。

いつも通り、昼過ぎからNetflixで一気見していた海外ドラマを未練たらたら止め、抱えていたクッションごと、ソファの上で大きく伸びをする。

外に目をやると、気付けば辺りは既に暗い。窓ガラスに映る自分の姿が目に入り、瑞希は苦笑した。

上下スウェットに朝から寝癖はそのままと、とても30分後にデートの約束がある女には見えない。

先輩・工藤が紹介してくれたのは、瑞希も知るITベンチャーに勤務する、福永という男だった。

工藤の大学時代の同期と言うから、歳は28、29あたりだろうか。

それにしても、先日工藤のデート事情を聞いていただけに、今日福永が指定してきた店は意外だった。

福永の会社は瑞希と同じく六本木にあるらしく、お互い便利だろうと、ミッドタウン近くの和食『月』を予約してくれていた。

一度上司に連れて行ってもらったことがあるが、丁寧に手間暇かけられた一品一品が本当に美味しかったし、てきぱきと料理が仕上がっていく様をカウンターから眺めるのは、なかなか楽しかった記憶がある。

待ち合わせは30分後。

BBクリームをパパっと伸ばし、アイブロウとアイライナーだけ簡単に描く。寝癖を直すよりはお団子にまとめてしまった方が楽そうだったので、緩く低い位置でひとつにまとめた。

デート仕様とどうにか言える程度に仕上がった自分の姿を、鏡の前で簡単にチェックする。ドアを押し開けると、乾燥した冷たい風が吹き込んできた。

18時45分。

タクシーを捕まえると早く着き過ぎるが、この寒さの中少しでも歩くのはゴメンだ。

選択肢に挙がっていた徒歩・電車ルートを一瞬で取り消し、瑞希は小走りに外苑西通りへ出た。


ゆとり女子、久しぶりのデート。やる気も期待値も低かったものの…?


ゆとり男子とのデート


星条旗通りに灯る店の看板を目印に、地下へ続く階段を下りる。

店内へ足を踏み入れると、温かい賑わいと炭火焼きの香ばしい香りが、身に纏わりついた冷たい空気を一瞬で吹き飛ばした。

「福永さん…で19時に予約していると思うんですけど」

「はい、お待ちしておりました。お連れ様、奥でお待ちです!」

店員の指し示す方に目をやると、ちょうど福永も瑞希に気付いたようで、少しぎこちなく会釈を返してきた。




「昼間晴れてる間はそうでもなかったのに、夜はまだ冷えるね。ちょっと場所分かりにくいかなと思ったけど、迷わなかった?」

「はい、結構前ですけど上司が一度連れてきてくれたことがあって。看板見たら思い出しました」

そう言ってから、「初めてです♡」と言った方が良かったかと一瞬反省する。しかし、ちらりと伺い見た福永は大して気にしているようでもない。

そもそも福永に気に入られる必要も無ければ、気に入られたい訳でも無いことを思い出し、今晩は楽しく食事をすることの方に集中しよう、と開き直った。

「福永さんはここ、よくいらっしゃるんですか?」

「うーん、仕事でたまにクライアントと来るけど、それくらいかな。ワイン派の人も日本酒派の人も喜んでくれるから重宝してる」

正面の炭焼き台に野菜が並べられるのを眺めながら、答える福永の口調はゆったりと柔らかい。

濃いグレーのニットにジーンズと、ラフでシンプルな格好だが、清潔感があって好感が持てた。

瑞希の先輩・工藤と福永が知り合ったきっかけや学生時代の思い出を聞いているうちに、ワインのグラスも進み、瑞希は大分リラックスした気分になっていた。

自分の友人でも休みの日に会うことは稀な瑞希にとって、先輩の紹介で知らない人と食事するなどなるべく避けて通りたい事案ではあったが、これならたまには悪くないかもな、とすら思える。

瑞希にはITベンチャーに勤める知人も居なかったので、仕事のスタイルや職場の雰囲気の違いは聞いていて面白い。

福永は自分の仕事にかなりの熱意と思い入れを持っているようで、コンサルとして事業の傍らに立つ瑞希にとって、勉強になるトピックも多かった。

しかし、福永のある一言が、瑞希の中に小さな違和感を芽生えさせたのだった。


自分もゆとり世代のはずだけど…瑞希を驚かせたゆとり男子の一言。



ゆとり男子の辞書に“男気”という文字はない...?


「じゃあそろそろ、行こうか」

シメのトリュフ炊き込みご飯をぺろりと平らげ、食後のほうじ茶でお腹も落ち着いた頃。

カウンター向かいの店員に会計を頼むと、福永は瑞希に向き直った。




「じゃあ上野さん、1万3千円もらっていい?お給料、僕より高いくらいだと思うしさ」

「も、もちろん!美味しかったですね」

―割り勘!?

財布をバッグから出しつつ、顔に戸惑いが出ないよう気持ちを整えるが、気が動転して頭の中はぐるぐると目まぐるしい。

最近、瑞希にとって男性と2人で食事をする機会といえば、水野とタイガー餃子に行くくらい。そのせいでよく分かっていないだけかもしれないが、初デートの相手に割り勘を求めるのは、普通なのだろうか。

それとも自分は楽しい食事だったと思っていたが、何かやらかしたのだろうか。

そんな瑞希の戸惑いに反して、福永の声は明るい。

「上野さんを紹介してもらえて、本当に良かった。さすが工藤、人を見る目あるなって思ったね。上野さんみたいにちゃんと自立してる女性って、本当に素敵だと思う。

...またこうやって、食事誘っても良いかな?」

「…ぜひ!今日はたのしかったです」

―自立してる人、か…。

男女平等が叫ばれるこのご時世、給料に差も無いのに(むしろ確かに瑞希の方がもらっているだろう)男が奢るべき合理的な理由は、確かに無い。

しかし当然のように割り勘を請求されると感じるこのモヤモヤ感は、一体何なのだろう。



「ただいまー」

テレビとソファ、小さめの本棚しか置かれていないリビングは、がらんと広い。

どうせ長くは出かけないだろうと、暖房はつけっぱなしで出てきた。

ソファの上に抜け殻のように放り出されたスウェットは、エアコンの風が丁度当たっていたようで、袖を通すと生温かい。

―…やれやれ、疲れた。

福永は良い人だった。話していても楽しかったが、疲れる、疲れないはそれとまた別の話だ。

何より、最後の割り勘問題は、彼から向けられた真っすぐな好意と共に、消化不良を起こしている。

―やっぱりいつも通り、水野さんと餃子食べてた方が良かったなぁ...。

スマホに誰かからのLINE通知が表示され、時刻が壁紙に浮き上がる。

通知に表示された短いメッセージを確認すると、ちょうど水野からのものだった。

『デートはどうだったかな?来週はここに現地集合、19時で』

短いメッセージの下に貼られたリンクは、『フロリレージュ』のものだ。

―…デート向きの店、だね。

福永と水野の間には、大きな価値観の違いを感じた。

もし水野が福永くらいの年齢で、収入も同程度だったら、今日と同じようなことが起きていたのだろうか。

続けて通知が表示されたメッセージは、福永からのものだ。

『今日は楽しかった、ありがとう!来週の予定ってどうなってるかな?』

瑞希は通知を上にスライドし、未読のままソファにスマホを放り出した。

▶NEXT:2月26日 月曜更新予定
団塊ジュニア世代の港区おじさん・水野とのデート。ゆとり世代の瑞希を驚かせた、ジェネレーション・ギャップとは?