誰もがインターネットやSNSで監視され、さらされてしまうこの時代。

特に有名人たちは、憧れの眼差しで注目される代わりに、些細な失敗でバッシングされ、その立場をほんの一瞬で失うこともある。

世間から「パーフェクトカップル」と呼ばれる隼人と怜子は、一挙一動が話題になり、「理想の夫婦」ランキングの常連として幸せに暮らしていた。だが結婚6年目、夫が女の子と週刊誌に撮られてしまう

その女の子が夫の元恋人だったこと、ツイッターにも画像が拡散され始めたことから、妻は夫婦で週刊誌のインタビューに答えることを決意。そして取材当日、記者が自宅にやってくるが…。

「世間の目」に囚われ、「理想の夫婦」を演じ続ける「偽りのパーフェクトカップル」の行く末とは?




「巻頭の見開きが私たちの特集なんて…売れるのかな、って主人と笑って心配してたんですよ。」

私は記者にそう言った後、「ね?」と、隣に座る夫・隼人に微笑みながら同意を求めた。その瞬間フラッシュがたかれ、2秒、3秒…。

私は、シャッター音が響くたびに、右手をさりげなく夫の手に重ねたり、膝にを置いたり動かしてみる。

しばらくすると、隼人が困ったように笑いだし、私から目をそらして言った。

「僕は妻と違って、写真撮影に慣れていないので、ぎこちなくなってますよね、すみません。動画じゃないと、どうしていいのかわからなくて…。」

本当に申し訳なさそうな夫の言葉に記者たちが笑って、私は自分が写真のためにポーズを決めていたことに気づく。

―ああ、これは仕事じゃなかった。


記者の厳しい追及を受ける夫婦。妻は驚きの作戦に出る。


シャッターの音が鳴り、フラッシュがたかれればスイッチが入り、求められる表情で与えられた役を演じる。

それはもう、体が勝手に動くというかクセのようなもので、自分をさらけ出すよりずっと私にとっては楽なことだった。

「あ、飲みながらお仕事なさってくださいね。主人の淹れたコーヒー、本当に美味しいんですよ。」

私の言葉に記者が「あんまり良くしていただくと、悪いことを書けなくなりそうで困ります」と苦笑いしながら、カップに口をつけた。

「そうしていただけるなら、お代わりもいくらでも。あ、ケーキも出しましょうか?」

私がそう返すと、記者とカメラマンの笑い声が大きくなる。

場が和んだことに少しホッとし、私も笑った。

飲み物は、温かいものか冷たいものか、お茶かコーヒーか。希望を聞いてから、隼人がケニアのコーヒー豆を選んで淹れた。

夫婦でカップを選び、私が記者の前に運んだ。私たち夫婦のいつもの役割分担だが、2人の共同作業を少しでも多く記者に見て欲しかった。

自宅のリビングで取材を受けるのは初めてだった。

「初公開の自宅で独占取材を受けます」。そう伝えて欲しいと事務所の社長にお願いすると、独占初公開、というキーワードに出版社が喜んで承諾したと聞いた。

社長も同席してくれている。それだけで心強かった。とにかく、謝罪会見、言い訳、などとは無縁の空気を演出しなければ。

子どもは幼稚園に預け、リビングの大きな窓から光が差し込む昼間の取材を指定した。ソファにはオレンジを基調にした暖色系チェックのブランケットをかけ、夫婦で並んでその前に座った。

2人共、一目で高価だと分かる装飾品は身に着けず、服装はカジュアルな休日仕様を選び、隼人の髪型も普段よりずっとラフに私がセットした。

―最後まで笑顔で、対応してみせる。

舞台の幕開けを待つ女優はこういう気持ちなのかもしれない。

また何枚かシャッターが切られ、その音がまるで開幕の合図のように、私はピンクベージュに塗った唇の口角を上げ、覚悟を決めて口を開く。

「何でも聞いてください。どんな質問にも…正直にお答えします。」

私の言葉に、記者は、ありがとうございます、と言った後、ツイッターもご覧になりました?と自分の携帯を開き、私に差し出す。

―聞かれると思っていた。




想定内の記者の質問。

私はその携帯を受け取り「事務所のスタッフが見つけてくれたので、知っています」と答え、用意していたセリフを口にする。

「これやっぱり、彼女の顔がばっちり分かっちゃいますよね。主人は誤解されても自業自得ですけど、彼女に迷惑がかかるのが申し訳なくて…。」

私の言葉に、記者とカメラマンが目を合わせる。「彼女と奥さんもお知り合いなんですか?」という記者の質問に、頷きながら答える。

「よく知っています。お世話になっているブランドの、プレスの子なんです。」

記者の視線が、私と隼人の間を動き、顔色を伺っているのがわかる。おそらく記者は既に彼女の身元も調べ上げているだろう。

―彼女が、隼人と付き合っていたことだけは、バレていませんように。

バレていれば、厄介なことになってしまう。私は祈りながら、記者の次の質問を待った。

「この日、彼女と飲みに行かれることは、奥様は事前にご存じだったんですか?」


エスカレートする記者の質問。夫婦はどう乗り越えるのか?



私は「ええ」と答え、続けた。

「主人は飲みに行く前に、必ず電話をくれるので…。後輩アナウンサーと彼女、それに隼人の3人で飲みに行くと連絡がきました。まさか私にウソをついて、実は女の子と2人だったの?隼人?」

そうおどけながら、私は隼人を見た。彼は、違うよ、と笑いながら否定すると、今度は記者に向かって喋りだした。

「記者さんたちも証明してくださいよ、どこからご覧になっていたかわかりませんけど、写真撮られた時、僕、ちゃんと3人でしたよね?」

隼人に迫られた記者は、苦笑いで答えた。

「確かに…3人でしたね。」

そこで、記者は声のトーンを変え、今度は隼人ではなく私をまっすぐに見て言った。

「ご主人の写真を撮った時、タクシーの中に1人男性がいらっしゃいました。ただ、声は聞こえませんでしたけど、女性がかなり親密な様子で、ご主人に名残り惜しそうに迫っていて…。ただの仕事上の関係には、見えませんでした。」

だから記事にしたんですよ。と言い切った記者が、さらに続ける。

「私たちの勘って、結構バカにならないんですよ」




―さすが…。スクープを連発する記者の「勘」。

隼人の顔が強張るのが、見なくてもわかった。記者の肩越し、心配そうにこちらを見ていた社長と目が合う。

―大丈夫ですよ、私は。

心の中で社長につぶやいた。そして私は…。

できれば、やらずに済めばいいと思っていた行動をとるため、口を開いた。

「彼女に迷惑はかけたくなかったけど…。隼人、もう、さやかちゃん本人に証明してもらうしかないわね。」

「え…?」

彼女の名前を出したことに隼人が驚き、静かに息をのむのが分かった。そう、これは昨日、隼人と打ち合わせをしていないこと。

反対されるとわかっていたから彼にはあえて相談せず、いざとなったら切り出すと決めていた、私の最終手段だった。

「怜子、でも彼女に迷惑が…。」

動揺を隠し、絞り出すような声になった隼人の言葉を遮り、私は言った。

「さやかちゃんから、記者さんに直接話してもらいましょう。記者さんたち、これ以上私たちが何か言っても信じてくれないわ。隼人、彼女の名刺もらってるわよね?私が、今ここで電話するから。」

明るく笑いながら発した言葉。けれど心の中では…

―お願い、隼人…。私たちのためよ、お願い。

懇願し、笑顔のまま隼人を見つめる。

あなたに「やましい気持ち」がないから彼女の名刺を妻である私に渡せる。そのパフォーマンスを記者に見せることにも、意味があるはずだから…。

隼人は、しばらく私を見つめた後、諦めたように席を立つと、名刺を持って戻ってきた。

記者の目の前で、私にカードが手渡される。プレスという職業ならば、名刺には必ず携帯番号が載っていることを私は知っていた。

―山崎さやか、か。

確か旧姓は違ったはずだ。今も彼女の結婚生活が続いていることを知り、なぜかホッとしている自分に気が付いた。

カメラのシャッター音でハッと我に返り、番号を押していく。

穏やかな表情を必死で保ちながら、呼び出し音に耳をすませる。2回、3回。コール音が鳴った後、聞き覚えのある甘い声がした。

「はい、もしもし?」

「あ、さやかちゃん?突然ごめんなさい。」

知らない番号からの着信で、下の名前を呼ばれたことに違和感を感じたのだろう。一瞬の沈黙の後、柔らかいトーンで、「失礼ですが、どちらさまでしょうか?」と問いかけられた。

今度は私が言葉につまる。

「結婚しようと思ってる子なんだ」と照れくさそうな隼人に紹介された日の記憶が蘇り、胸がざわつく。

あの日、「ふわふわ」という形容詞がぴったりの笑顔を、私に向けた彼女。最後に会ったのは、あなたが隼人を捨てた6年以上前ね。そう言いそうになる気持ちを、なんとか抑えて言った。

「堀河隼人の妻の怜子です。今、少しお話しても大丈夫かしら?」

ハスキーだと言われる自分の声に怖さが出ぬよう、ゆっくりと喋ったつもりだったが、隼人や記者にはどう聞こえただろうか。

彼女は、はい、と言ったきり、沈黙してしまった。私はその気配を記者に気付かれぬよう、言葉を続ける。

「さやかちゃん、この前、うちの主人と食事に行ったじゃない?その時のことがちょっと誤解を生んでいて、週刊誌の記者さんがいらっしゃってるの。あとツイッターにも、主人とさやかちゃんの画像が拡散されちゃってて。」

「そう、なん、ですか…。」

途切れ途切れの彼女の声に、そうなの、と答え、私は畳み掛ける。

「その画像は、さやかちゃんの顔がはっきりと分かるの。このままだとさやかちゃんにも迷惑がかかっちゃうのが申し訳なくて。確かあなたも、ご結婚されてるわよね。」


怜子の行動に、夫の隼人は予期せぬ反応を見せる…。


「はい…。」

小さな返事が聞こえた後、隼人と目が合った。私は微笑んだが、彼はすぐに視線を逸らした。

「だから一言、記者さんにあの日のことを説明してくれない?隼人とはただの仕事の関係なのに、こんなことに巻き込んで申し訳ないんだけど…。そちらの会社にも社長さんにも、ずいぶんお世話になってるから、きちんとしたくて。」

そちらの会社と社長、という言葉を使ったことが自分でもいやらしいとは思ったが、効果はあったようだ。彼女が記者との電話を承諾したため、私は電話を替わった。

記者と彼女の電話は、10分程続いた。



「怜子って、すごいな。」

記者が帰った後、コーヒーカップを片付けながら、隼人が言った。

言葉に含みを感じる。いやな感じだ。

「すごいって?さやかちゃんに連絡したのが気に入らないの?」

つい、きつい口調で返した私に、隼人はそういうわけじゃないけどさ、と言って続ける。

「さやかに電話したこともそうだけど、俺が名刺を渡すのを断れない状況を作り上げるとか、もうお見事な計算だとしか言えないよ。ちょっと怖かった。あんな感じで堂々と…ウソがつけるんだな。」

隼人は笑いながら言ったが、その言葉は私の胸に突き刺さった。

怖かった?ウソがつけるんだな?…私だって、必死だっただけなのに。

「そう?確かに荒い方法だったかもしれないけど、あなたが番組で雑誌を宣伝するなら、記者さんたちも、ちゃんと“事実を”書いてくれるって言ってたし。」

伝えたいことは、もっと他にあるはずなのに、そんなことしか言葉にならなかった。今日はもう疲れ切っている。これ以上、けんかなんてしたくない。

隼人は、しばらく私を見つめていたが、そうだな、と言ったあと小さくため息をつき、「明日の台本を読むから」と言いながら、私に背中を向けた。

彼の書斎の扉が閉まる音が、妙に大きく響いた。

『堂々とウソがつけるんだな』

その言葉が、頭の中をぐるぐると支配し、ソファにかけたオレンジのブランケットが、ひどく目ざわりなものに見えてきた。

―家族のためのウソ、だったのに。

私は、ブランケットを乱暴に剥ぎ取ると、脱力しソファに座りこんだ。




その夜、彼が寝室に戻ってくることはなく、翌朝も顔を合わせないまま出社していった。



―もうすぐ、彼の番組が始まる。

午前5時40分。キッチンで、そろそろ起きてくるであろう、一人息子・翔太のための朝ごはんを作り終え、私は自分のために、コーヒ豆を挽く。

今日、彼は番組で記事に触れ、自分自身で説明することになっていた。

―弁解に聞こえませんように。

そう願いながらテレビのチャンネルを合わせたけれど、なんだか落ち着かず、その気持ちをごまかしたくて、子供と私の朝食を写真に撮りインスタにアップする。

#れいママごはん

もうすぐインスタの写真をまとめたレシピ本が出版されることになっていて、このハッシュタグで毎日の食事を撮るように事務所に言われている。

アップした瞬間、次々といいねとコメントが付く。

「私も今、息子のお弁当作ってました!」「私も!」とママたちのコメントが増えていく度、優しい気持ちになれる。その時。

―え?

私は目を疑った。

「旦那が浮気したのに、幸せアピール?ウケるwww」

―何…こ、れ?誰なの?

コメント主のプロフィールは鍵がかかっていて、正体がわからない。

ガタン。

椅子の音で、私は自分がよろめいたことを知る。立っていられず、なんとか椅子に座り込んだが、動悸は上がり血の気は引いていく。

テレビから夫の声が聞こえてきたのに、何かが怖くて画面を見ることができない。

得体の知れない不安に支配され、私は携帯を握りしめたまま動けなくなった。

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夫が番組で釈明。事なきを得るはずが…。SNSの恐怖!夫婦は追い込まれていく。