東京の勝ち組女である“港区妻”には、純然たる階級がある。

頂点に君臨するのは、生まれ育った東京で幸せに暮らす、生粋の“東京女”。

一方でたった一人で上京し、港区妻の仲間入りを果たした女たちもいる。元CAで専業主婦の桜井あかりも、その一人。

元CA仲間で東京出身の玲奈と百合がお受験準備をしていると知り、自分との格差を感じるあかり。

信頼する友達・凛子から慶應幼稚舎の魅力をきき、紹介制の幼児教室を訪れると、美人講師・北条ミキに、旬の素質を指摘され、受験に心が傾く。

しかしそのことを玲奈と百合に相談すると、壮絶な幼稚舎受験に対する心構えの甘さを指摘される。

幼稚舎出身の玲奈が実家で開いた同級生とのお茶会に呼ばれたあかりは、そのレベルの違いに愕然とするが―。




「幼稚舎出身者の大豪邸を見て、あかりちゃんは心がぽっきりおれちゃったのね」

玲奈の実家で集まった翌日。幼稚園で元気のないあかりの様子をみて、凛子がお茶に誘ってくれたので、スタバで昨日の様子を話していたのだ。

「“曾祖父の代から慶應です”っていうおうちはレベルが違うもんね、ご実家なんかいっちゃだめよ、ショック受けるに決まってるじゃない!」

凛子がカップを口に運びながら、けらけら笑う。絶世の美女、と言っても差し支えない彼女が少し笑うだけで、なんとなく周囲の注目を浴びてしまう。

凛子が笑い飛ばしてくれたことで、昨日から張りつめていた気持ちが緩み、本音を口にすることができた。

「うん……。はじめはわからなかったけど、無謀な挑戦だって身に染みたよ」

「今はいろんな職業のご家庭から通ってるし、判断するのは学校でしょ。いざとなったら両方のご実家に頼みこむ!そのくらいの覚悟がなくちゃ。

それに……。それより、大事なことがあるでしょ?」

凛子の言葉に、あかりははっとして顔を上げた。

「先生は、あかりちゃんと修司さんが大学慶應出たくらいじゃ何のコネにもならないけど、旬くんには稀な素質があるって言ったよね」

「うん……。私は必死で勉強して大学から慶應入ったくらいだけど、旬には素質があるって言われた」

凛子はすかさず、あかりにスマホの画面を見せる。

「これ、遠足の集合写真。見て。誰が一番目立つと思う?」


凛子の思いがけない言葉とは?


幼稚舎受験はオーディション!学校がさがしているのは磁場のある子


スマホを覗くと、凛子の息子の知樹と並んで、最前列で旬が笑っている。

「一番は旬くんよ。子役みたいなハンサムってわけじゃないけど、この目の大きさ、小柄だけど長い手足、笑った時の明るい表情」

あかりはまじまじと画面を見た。もちろん自分の子が一番に目に入るが、他の人が見ても目を留めてくれるとは考えなかった。

「幼稚舎の試験は行動観察が中心で、何百人といる同い年の子から、いわばオーディションのように選ばれるの。目立つ、引力がある、人を惹きつけるオーラがあるってことはすごい武器になるのよ」

そういえばなぜか、北条先生も目千両だと褒めてくれた。そして意外にも、あかりの旬に対する声がけが明るさの源なので、その調子で続けるようにとも。

「旬くん、いつもお友達の中心にいるでしょ?磁力がある子は、受験の行動観察でも必ず周りに子供が集まるんですって」

「磁力……。そんな大それたもの、旬にあるのかな…?」

「親の先入観が、子どもの障壁になっちゃだめよ。親は子供の資質をどこまでも伸ばすためにいるの。あかりちゃんじゃなくて、旬くんが幼稚舎に向いているのよ。よく見て」




凛子はにっこりと笑う。まだ28歳なのに、年齢よりずっと大人だと思った。

あかりは表面的なことに必死で、一番肝心なことを忘れていたことに気づいたのだ。

「そうだよね。ありがとう……!私が受験するって言いだしたんだもん、旬に一番向いた進路を、自分で探さなきゃ」

あかりは目の前のカップを、手が白くなるほど強く握りしめた。



幼稚園から戻ると、あかりと旬はダイニングテーブルにプリントを広げる。朝の1時間と帰宅してからの2時間で、北条ミキにもらったプリントや課題に沿った制作、絵画に取り組むのだ。

ゲーム感覚なのか、旬は予想したよりもずっと集中してやっていた。

図形を回転させて予想する問題、数分のお話を記憶し、質問に答える問題、季節の行事や植物を分類する問題など、範囲は広い。

「これよくできたねえ、こうもりが哺乳類なんてママ知らなかった」

「前に図鑑で一緒に見たよ?羽生えてるけど、よく見ると体も顔もネズミっぽいもんねー」

“ねずみっぽい”と自分で思いついて、哺乳類にカテゴライズするヒントにしている。

ささいなことだったが、あかりも受験勉強を必死にして慶應に入った身として、情報処理のセンスが重要だという体感がある。

あかりは、旬の顔をじっと見た。

我が子の顔を見ながら、お受験について皆が口をそろえて言う“あの言葉”を思い出したのだ。


今、実感する、「お受験総力戦」の意味とは?




―お受験は、女の総力戦なの。

今なら皆が言っていた、その言葉の意味が分かる。小学校受験では、母親の全てが試されるのだ。

一人の女がどのように育ち、教育を受け、働き、どんな人と結婚し、子供をどのように育てたか。

その全てが、子供を見れば、ありありと露見する。

受験の場で試されるのは旬であると同時に、あかりの全てなのだ。

「旬、お教室、どう?」

あかりが尋ねると、旬は嬉しそうに答える。

「なんか楽しいよ、やったことないことばっかり!」

あかりは思わず吹き出した。

これまで旬にいろいろな体験をさせようと、自分なりに頑張ってきた。

公園でも動物園でも、キャンプでも雪遊びでも一緒に行って、「独身の頃のあかりでは考えられない」と修司にも友達にも笑われた。

それでも小さな教室にさえ、旬がまだ見たことも聞いたこともない世界が広がっているのだ。そしてその世界を、いま純粋に楽しんでいる。

旬の人生が始まっている。二人三脚だけど、たしかに彼なりの人生が。


本当の意味でスタートラインに立ったあかり、ついに幼稚舎の門をくぐる!


「修司!荷物は一つにまとめてね。旬、おばあちゃんと一緒にいい子にしててね」

旬とあかりが、北条ミキのところに通い始めて6か月が経った。

今日は7月の土曜日、慶應幼稚舎の学校説明会がある。

予約不要だけど講堂がすぐに満員になるから、ぎりぎりに行ってはだめよ、と北条ミキに念を押されている。

天現寺の交差点のかなり手前でタクシーを降りると、濃紺のスーツを着た夫婦が、幼稚舎の方向に向かって列をなしている。

あかりは緊張しながらも、ほかの夫婦の様子を観察した。

修司と比べると、ひょっとして20歳くらい年上なのでは、と思うほどの父親もいる。平均しても40歳以上か、園児の父親にしては高齢な印象だった。

母親は総じて身なりがよく、メイクやアクセサリーは控えめながら、顔立ちが美しい人が多い。社会的地位のある男性が、美しい妻を娶った、という構図が浮かぶ。

あかりと修司はほとんど1番若い夫婦であり、おそらく色々な意味で場違いな夫婦なのかもしれない。

それでも圧倒されている時間はない。旬に本当に向いた学校なのか、アンテナを最大に張って考えなくては。

あかりはぎゅっと、修司のスーツの肘のあたりを握った。

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