起業で「カフェ経営」を選ぶ理由とは(写真 : Happiness* / PIXTA)

昔も今も、人生の「次のステージ」としてカフェの起業を選ぶ人は多い。2018年は、存在が確認できる国内最古の喫茶店「可否茶館」(かひさかん)開業130年の年だ。まずは歴史から紹介したい。

1888年に開業した店の経営者は鄭永慶(ていえいけい)という日本人で、京都仏学校を経て、米国エール大学に留学。帰国後は外務省などに勤めたエリートだ。鄭は「可否茶館」を「コーヒーを飲みながら知識を吸収し、文化交流をする場にしたい」と考えて起業した。

残念ながら時代が早すぎて、4年で幕を閉じたが、鄭永慶は、現在も続く「カフェを起業して、○○ができる店にしたい」と考える人の先駆者なのだ。

ただし、「カフェで起業する人がだいたい失敗する理由」(2017年12月24日配信)でも紹介したが、カフェは開業も多いが廃業も多い“多産多死の業態”だ。2017年の帝国データバンクの調査によれば、「外食関連業者の倒産件数」707件(2000年以降で最多件数)のうち、喫茶業は66件だった。内訳は関東(19件)・中部・近畿(ともに20件)が大半だ。

今回は裏返しとして「カフェ起業で10年続けてきた」2店の事例から考えたい。紹介する店の経営者は、1店は女性で、もう1店は男性。ともに40代前半。地方の個人店(個人経営の店)、勤め人からステージを移った――という共通点がある。

「基本」「縁」「本気度」を大切にした

石川県金沢市の近郊にある河北郡内灘町――。海沿いの高台で2008年から店を構えるのが「カフェドマル」だ。一戸建ての建物の周りには、低い木や花が配置されて、柔らかな印象を与える。約22坪、座席数26席の店は常連客が多いという。ただし最寄り駅からは遠く、クルマでしか行くのが難しい。なぜ、交通至便でない場所で10年続けられたのだろうか。

「最初から、店のコンセプトを『女性が1人でも安心してくつろげる、コーヒーがおいしい店』と定めて、それに沿った店づくりをしてきました。お客さま1人ひとりと“適度に向き合う”接客も心がけています。お店の営業を通じて『常連さまづくり』に取り組んだ結果、店を10年続けられたのだと思います」と店主の満留仁恵氏は話す。


カフェドマルの店内(写真提供:カフェドマル)

大切にしてきたキーワードに「基本」「縁」「本気度」がある。

たとえば「基本」となるコーヒーの味では、地元で長年続く焙煎業者から豆を仕入れ、挽きたてと淹れたてを提供する。「縁」では、知り合った人と連携した「ギャラリー展」や「ママの日」などのイベントを行い、地元新聞社と連携したカルチャー教室も開催する。「本気度」では、ホットメニューは、品格のあるカップを温めて提供。顧客層の女性を意識して、開業当初からノンカフェイン紅茶を用意。店に置く雑誌は、女性向けを多く取りそろえた。

店のコンセプトは、満留氏自身の体験もある。実は前職は、みずほ銀行(入行当時は富士銀行)の銀行員で、窓口業務で接客を学んだという。社内表彰「みずほアウォード」も受賞した行員だったが、体調を崩して療養した末に退職。病院通院中に立ち寄ったコーヒー店の味に魅了され、「好きだった接客がコーヒーを通じてできる」カフェの起業を決意した。

店の開業資金は自己資金と、国民生活金融公庫の借り入れを活用した。「女性は金利優遇制度があったので、借り入れを決めました」(同)。このあたりの知見は金融出身者らしい。

「営業日誌」は大切な相棒

銀行員時代に毎日「営業日誌」を書いてきた満留氏は、カフェ店主の今も書き続ける。理由は「その日の出来事、店での会話、お客さまの情報を正確に記憶したいから」だという。


提供するカップにもこだわる(写真提供:カフェドマル)

「小さな会話の積み重ねから、その人を知ります。たとえば『4月にフルートのコンサートをします。今日は練習で疲れて、ゆっくりしに来ました』と伺えば、日誌の4月欄に記入。それ以降に来店されれば、『コンサートはいかがでしたか?』と会話できるからです」

常連客にとっては、深く立ち入られたくないが、自分の存在は知ってほしい(心理学における「承認欲求」)。会話の潤滑油としても、メニューの見直しでも日誌を活用する。

「今年、コーヒーメニューを一部入れ替えました。最近はマンデリンより、アメリカンの注文が増えていたのですが、この決断にも日誌が役立ちました。1人で店を切り盛りする私にとって、過去の出来事や昔の自分とも向き合える営業日誌は、相棒のような存在です」

開業前に本などで「カフェは利益が出にくい」と学んでいた満留氏。「女性が郊外で、中途半端な店を開業しても生き残れない」と考えてコンセプトを重視。イベントでも集客する。

「規則正しい営業もモットーです。店をきちんと開けていることが最大の広告で、営業時間は、お客さまとの約束だと思うからです。長年続く店になるには、ロマン(夢)とソロバン(採算)も大切ですが、それに “ハート”も加えているつもりです」(同)

利用客の立場でいえば、味のおいしさに加えて、誠実に営業時間を守り、きちんと接客する店は安心できる。使い古された表現だが「たかが喫茶店、されど喫茶店」なのだ。

飲食も食器も「人の手が入ったもの」

茨城県のJR常磐線牛久駅(牛久市)を出て7〜8分歩くと、黒い壁の建物が目を引く。入口には書家が書いた「サイトウコーヒー」の看板。2001年に開業して17年になる自家焙煎珈琲店だ。

「新鮮なコーヒー豆をきちんと焙煎し、ネルドリップで淹れたコーヒーが基本で、そのコーヒーに合う手づくりのスイーツとフードが中心です。コーヒー豆は県内の人気店『サザコーヒー』から生豆を仕入れ、店で焙煎。野菜は地元の『坂本ファーム』から仕入れます。小物や食器類の大半は、県内で活躍する作家の一点モノです。いずれも大量生産ではなく、人の手がしっかり入ったものを大切に使います」(店主の齋藤孝司氏)


サイトウコーヒー外観(写真:筆者撮影)

その姿勢が支持されて、座席数30席の店に平日は約50人、土日は70人が来店する。取材時に隣接する「ギャラリー」で作家の作品を見ていると、女性常連客がやってきた。

「この店はコーヒーがおいしいし、フードもスイーツも好き。その日の気分で頼む品を変えます。ギャラリーの地元作家さんの作品も、気に入れば買う。店には時々、地元の人が集まって交流もしています」(会社員の小山文子さん)


サイトウコーヒー店内(写真:筆者撮影)

牛久で生まれて育った齋藤氏は、小学校の卒業文集に、将来の夢は「喫茶店マスターになりたい」と書いた。ただし周囲が公務員という家庭で、専門学校卒業後に千葉県の公設市場に就職して公務員人生をスタートさせた。だが、激務で体調を崩して退職。

体調が回復すると、実家所有の土地にギャラリーを開店。来店客に向けて、本格的なコーヒー提供を考える。同時期に、人から紹介された鈴木誉志男氏(サザコーヒー創業者)の薫陶を受け、2週間サザの本店に通い、コーヒーの淹れ方や接客を学んだ。

牛久にちなんだ「商品開発」

サザコーヒーからは「地元を深掘りした商品開発」の大切さも学び、実践した。それが現在のサイトウコーヒーの人気メニュー「横綱ブレンド」(税込み480円)と「カッパフェ」(420円)だ。前者は、茨城県出身の大相撲力士・稀勢の里にちなんだもの。


サイトウコーヒーの横綱ブレンド(写真:筆者撮影)

「稀勢の里関が横綱に昇進した時、何か応援したくて試作を重ねて完成したコーヒーです。味はもちろん、商品へのストーリー性が大切なので、第72代横綱にちなみ、コーヒー豆のブレンドを『7:2:1』に。7割はインドネシアのマンデリン、2割はブラジル、1割はエチオピアの豆です。1割には横綱を応援する牛久市民の思いを込めました」(齋藤氏)

「カッパフェ」は牛久沼の河童伝説を、かわいらしいミニパフェに体現した。こちらは抹茶アイス、星形クッキー、コーヒーゼリー、いちごダイスなどで構成され、いろんな味が楽しめる。時間限定での提供だが“インスタ映え”するのでSNSで人気が沸騰した。

17年続けられたのは、3人いる女性スタッフのレベルの高さもあるという。

「長年勤めてくださる主婦パートの方です。主婦目線で食材の効果的な応用や冷凍保存の仕方などを実践してくださいます。開業後は、スタッフたちからも学びました」(同)

理念から外れて「失敗」した

今回紹介した2人には「失敗経験」があり、理念を見失った時期もある。


カッパフェ(写真:筆者撮影)

現在は「タカシサイトウギャラリー」という齋藤氏のギャラリー名は、当初は「天狗」だった。「ギャラリー開業は23歳の時で、深く考えず、勢いでつけてしまいました。サザコーヒーの鈴木会長に、『お客さんからは“天狗”になっていると思われるので、変えたほうがいい』と言われたこともあります」と齋藤氏は頭をかく。

さらに28歳でカフェ開業後、酒類を提供したことも失敗だったという。

「店の開業費用で借入金があり、早く返済しようとコーヒーと同時にお酒を提供し、当時は深夜1時まで営業しました。酒類の勉強も必要で、つまみメニュー開発にも追われる。コーヒーも追究できませんでした。選択と集中で、酒提供をやめたのです」(同)

満留氏は、不本意だったごはんモノを提供した。


「開業直後、やりたくなかったカレーライスを提供しました。お客さまから『ごはんモノがない』と言われ続けたからです。提供を始めると、朝から仕込むカレーで時間に追われる割に、売り上げも伸びませんでした。現在はパンメニュー中心にしています」

明確な理念を掲げたのに、そこから外れて失敗するケースは多くの活動でもある。ただし、それを当事者でない外野が安易に批判するのは控えたい。「理念は大切だが、理念だけではメシは食えない」とも言われるからだ。

本当に大切なのは、「失敗から何を学び、どう方向転換につなげたか」だろう。この2店に共通するのは、軸足を定めて走りながら修正した点だ。そして店の活動を、引いた視点で見つめ直した結果、現時点で17年と10年の歳月を刻んだ。かつて「継続は力ではなく“宝”」――と話した経営者がいたが、まずはこの言葉を送りたい。