今回は、シャープの野球観戦専用スマートウォッチの開発者に話を聞きました(撮影:梅谷秀司)

「アクオス」ブランドの液晶テレビやスマホ、プラズマクラスター空気清浄機にロボホン――。電機大手・シャープといえば、以上の製品を思い浮かべる人が多いだろう。では、同社が「野球応援グッズ」も展開しているのをご存じだろうか。

野球ファンのために開発されたスマートウォッチ

「ブー、ブー、ブー」。手首に伝わるバイブ音に気づいて腕時計のディスプレイを見ると、「ホームラン4回」の文字が表示された。点差や登板する選手名などを含めた情報が逐一通知され、良い状況か悪い状況かによってバイブの回数も変わる。これで、仕事で大事な試合が見られないときでも、スマホを盗み見ることなく展開がわかる。

さらに、実際に球場やテレビの前で観戦できるときにも使える。応援で腕を振れば振るほど、内蔵されたセンサーがそれを感知してポイントが貯まり、BLE(低消費電力の通信モード)で繋いだスマホを通じて、選手の人気投票に参加できる。試合の展開に合わせて、「点差はある、落ち着いて」「○○選手、ファインプレイ!」といった熱いメッセージも届き、高ぶる気持ちをさらに盛り上げる。

この時計の名前は、「ファンバンド」。ニッチな商品だが、2016年に最初に発売された広島東洋カープモデルは、1000台のテスト販売分が1週間で完売。発売初日には行列もできた。現在は本格的な生産に移り、コラボする球団もベイスターズ、ホークス、タイガースも含めた計4球団に拡大。プロ野球ファンの間で、徐々に知名度を上げている。

ただ「家電のシャープ」の商品ラインナップにおいて、この商品の存在はいささか異色だ。いったい、どのような経緯で生まれたのだろうか。

きっかけは、今から8年前の2010年、同社の携帯電話の開発拠点がある広島で行われた、新規事業コンテストに遡る。

iPhone登場が契機に

当時、シャープの携帯事業は、危機感に駆られていた。従来型の携帯電話、いわゆる「ガラケー」のシェアで国内首位だったシャープだが、2008年のiPhone発売を機にスマートフォンが本格普及。以降、潮目が変わってきたのだ。


廣澤慶二(ひろさわ けいじ)/IoT事業本部IoTクラウド事業部システム開発部所属。1977年生まれ。2003年にシャープ株式会社入社。通信システム事業本部(現:通信事業本部)で10年間、携帯電話開発に従事。2013年より新規事業の立ち上げを担当(撮影:梅谷秀司)

そこで2010年に行われたのが、スマホの周辺機器に関する新規事業提案のコンテスト。そのコンテストでグランプリを獲った男が、廣澤慶二、当時33歳だ。広島の通信システム事業本部で、無線開発を担当していたエンジニアの彼こそが、ファンバンドの生みの親である。

廣澤がこのコンテストに応募した動機は、非常にシンプル。「シャープ携帯の危機を前に『何かやらねば』という思いはあった。加えて昔から、面白いものを作っては人に見せ、すごいねって言ってもらうのが好き。

20代のころ、趣味でクラブでのイベントをやっていたが、そこで(ラッパーなどが肩に担ぐ)ラジカセからスモークやシャボン玉が出てくるようにしたり、たたくと音が出るスピーカーを作ったりしていた」(廣澤氏。以下同じ)。

新規事業コンテストの中で役員の前でプレゼンを行い、優勝した経験は、廣澤の発明家魂に火を付けた。以来、新規事業を次々提案していくことになる。

経営危機のさなかの2012年に行われた合宿研修では、当時作りたかった機器の模型を自作し、参加していた幹部に披露した。すると、「合宿に模型まで持ってくる人は初めてだ」とその熱意を買われ、スマホ関連の開発に加え、新規事業の担当も兼任させてもらえることになった。たった1人ではじめた新規事業だった。

当初から野球ファン向け製品を作ろうとしていたわけではない。ファンバンドの原型とも言える製品は、「気持ちを伝えるリストバンド」だ。電話などの言語によるコミュニケーションではなく、光や音などの非言語でのやりとりで、自分の気持ちを伝えられたら――。そんなコンセプトから始まった。


現在は4球団のファンドが発売されている(撮影:梅谷秀司)

このプロジェクトを進める段階では、スマホ事業との兼務で新規事業に関わってくれる仲間も複数できた。2013年にファンバンドが新規事業として組織化され、廣澤が専任担当となったころには、10名ほどのメンバーが集まった。

ただ、廣澤がもともと考えていた「気持ちを伝える」という機能だけでは、売り物にはならない。メンバー間でひたすらブレインストーミングを重ねた結果、スポーツ観戦やライブ鑑賞、自らスポーツを行うシーンで広く使えるプラットフォームとして、ファンバンドが生まれた。

各方面向けに試作品を作り、提案をしに行ったところ、地元広島を拠点に活動する東洋カープとの話し合いが、トントン拍子で進んだ。「広島県民は本当にカープが好きで、(メンバーも)カープ向けに作るとなると、俄然頑張りはじめた」。

開発協力は「カープ女子」

野球ファンにとって必要な機能のあぶり出しは、「カープ女子」の助けを借りた。3日連続で行われる試合の初日にカープ女子を集め、バンドの試作品を渡し、試合に同行。一緒に観戦しながら、女子たちの手元をじっと覗き込み、使い方を観察した。

初日の観察結果をもとに、翌日ソフトウェア担当が改修し、2日目にまた女子に貸し出し、また改修……。こうして地道にPDCAを回すことで、野球ファンが本当に必要な機能が見えてきた。

その1つが、腕を振ることでポイントを貯め、人気投票に使うという機能だ。「当初は、応援中の動きにセンサーが反応して、光ったり震えたりしたら楽しいだろうと思っていた。

ただカープ女子を観察していると、イニング(攻守交代)の間にカープのスマホアプリをよく見ることがわかった。それなら、その間にスマホで選手の人気投票ができると面白いだろうと。実際にその機能をつけたら、(人気投票に必要な)ポイントを貯めることを目的に手をふるようになっていた」。

廣澤の原案にあった「気持ちを伝える」というコンセプトも活かすことができた。球場にいなくても誰かと応援している気持ちになりたい。そんなニーズを掬い取り、ファンバンドに試合中表示される「逆転のカープ信じてる!!」「打たせてとる流石」といった人間味あふれるメッセージを、ファンバンドのメンバーが試合を見ながら手入力で送信することになった。「(提携する)球団が増えたら大変ですが、今のところみな、仕事で野球が見られると、楽しんでやっています」。

こうして地道な努力を重ねた結果、上司からゴーサインが出た。開発開始から4年、廣澤が新規事業に手を挙げてからは7年に及ぶ成果がようやく実を結んだ形だ。「面白いね」と言われることが嬉しくて続けてきたことだが、「今は趣味が仕事になっているのでこの上なく幸せ」。

開発期間は経営危機の時期と被るが…

なお、廣澤がファンバンドの立ち上げに没頭していた2013〜2016年は、シャープにとって厳しい時期と重なる。経営危機を迎え、2016年には台湾の鴻海精密工業に買収、債務超過に陥り東証1部から2部に降格。社長は鴻海出身者に代わった。他の複数の社員のように、不安や転職が頭をよぎることはなかったのだろうか。


経営危機の時期も転職を考えることはなかったという(撮影:梅谷秀司)

廣澤は即答する。「ほぼないですね。ファンバンドを作っていたので、それどころじゃないというか……」。鴻海の傘下に入ってからも、特段の変化は感じないという。

思い返してみれば、確かにシャープは歴史的にユニークな商品を世に送り出してきた。「目の付けどころが、シャープでしょ。」というスローガンを掲げていた1993年には、電子手帳で一世を風靡した「ザウルス」を発売。2016年に発売されたモバイル型ロボット「ロボホン」もユニークさでは際立っている。そもそも、社名の由来となったシャープペンシルも、壊れやすかったセルロイド製の既存品を、創業者が金属製に改善したことで生まれた、既成概念を覆す製品だ。

現在シャープは、鴻海によるバックアップのもと、めざましい業績の回復を遂げているが、このまま成長を維持できるかはこれからが勝負だ。

その点、経営危機も意に介さず、開発に没頭できる廣澤のようなエンジニアの存在は、同社の再成長を担う、揺るぎない資産となるはずだ。