「Thinkstock」より

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 日本の個人の投機マネーは、FX取引が「ミセス・ワタナベ」と総称されるが、仮想通貨の投機は「ミスター・ワタナベ」と名付けられた。そんなミスター・ワタナベの勃興が、2017年後半から年末にかけて話題になった。

 ところが18年1月末、仮想通貨交換業者・コインチェックから時価約580億円相当の仮想通貨「NEM(ネム)」が流出する事件が起きた。顧客26万人の保有する資産が消えたのだから、顧客は周章狼狽していることだろう。だが、関係者は「起こるべくして起こったこと」と、意外なほど冷静なのだ。

 業界団体の日本仮想通貨事業者協会(90事業者加盟)は1月29日、「テレビ広告などを出す際には、損失リスクを明示し、誤解を招くような表現を避けるよう加盟社に要請した」という。もうひとつの業界団体は、日本ブロックチェーン協会である。

 日本は世界に先駆けて、仮想通貨取引所の登録制を導入している。コインチェックは登録申請中(審査中)だった。「登録していたら、我々の責任も問われる」という関係当局の声なき声もあるそうだ。金融庁は「業務改善命令を出したが、コインチェックは改善する業務などあるのだろうか」(関係者)といった冷ややかな声も聞かれる。

 コインチェックは1月29日に業務改善命令を受けた。金融庁は、2月2日に総勢10人の検査官が立ち入り検査に入り、資産管理やセキュリティ対策などについて確認作業を進めている。

 テレビ各局が仮想通貨の取引所や関連企業のテレビCMを盛んに流しているが、ひどい内容だと批判の声も多い。今回のような巨額の仮想通貨流出に備えた利用者保護の仕組みはまったくない。ペイオフ(普通預金や定期預金などで一人当たり元本1000万円とその利息を補償するセーフティーネットワーク)がある銀行とは対照的だ。

 1月30日付産経新聞は「メガバンクにも打撃 仮想通貨流出 イメージ悪化懸念」と報じている。

「仮想通貨の発行を目指すメガバンクにとってもマイナスイメージにつながりかねない。投機対象として注目を集める仮想通貨だが、メガバンクは決済などでの活用を目指しており、担当者は『銀行の構想は(コインチェックとは)別物だ』と火消しに走る。それでも、今回の騒動で普及の遅れにつながる懸念が出始めている」

 現在、銀行を使って海外に10万円を送金する場合、3000〜6000円の手数料がかかる。決済システムに莫大な費用がかかるからだ。複数のコンピュータが取引の記録を同時に管理するブロックチェーンという技術を活用する仮想通貨は、巨大なサーバーを使う必要もなく、手数料を安く抑えられる。メガバンクが発行を検討しているのは「価格変動が少ない仮想通貨」だといわれている。

 メガバンクは、利用客の利便性より構造改革のメリットを仮想通貨に見いだしている。仮想通貨が普及すれば、ATM(現金自動預払機)の数が削減できるほか、システムの維持費が相当軽減される。利用者の(仮想通貨の)購入履歴や送金情報を活用し、新たなビジネスに結びつけたいとの思惑もある。

●大量のテレビCMの害

 仮想通貨はビットコインやイーサリアム、リップルを代表格に1500種あり、時価総額は62兆円と推計されている。ネムもそのひとつだ。ビットコインの発行上限は2100万枚で、40年頃にすべて発行される見込みだ。

 仮想通貨それぞれの時価総額は、ビットコイン20兆円、イーサリアム12兆円、リップル5兆円となっている。ネムは9000億円で、すでに上限の90億枚が発行済みとなっているという。

 コインチェックは“みなし業者”だった。今後も事業を継続し、仮想通貨取引所としての登録に向けて、金融庁と協議を続ける方針を改めて強調しているが、登録業者になるのは茨の道で、「事業継続も無理だろう」(市場関係者)とみられている。コインチェックは1月28日、ネムを保有する約26万人全員に日本円で返金する方針を示した。巨額流出後、ネムの価格は急落しており、流出額(580億円)に比べて2割少ない460億円を返金するとしている。「自己資金で返金する」と説明しているが、資金の裏付けや返済方法も明らかにしていない。警察庁はコインチェックの社員から、被害が発生した経緯を聴取している。

 ビットコインの売買高に占める日本円建ての比率は17年10、11月に40%を超え、世界トップ。12月にドルに逆転されたが、それでもシェアは31%もある。

 フェイスブックは、仮想通貨や、仮想通貨を使った資金調達(ICO=イニシャル・コイン・オファリング)に関する広告を全世界で禁止すると発表した。これらの広告が詐欺的行為を助長しかねないと判断したためだ。世界に20億人のユーザーを抱えるフェイスブックの対応は、仮想通貨市場に大きな影響を与えそうだ。

 年明けからビットコインを中心とする仮想通貨の相場が暴落と上昇を繰り返し、安易に手を出した素人の多くが火傷を負った。なかでも、昨年12月からテレビCMを大量に流し始めたコインチェックは、1月26日に大量の仮想通貨が外部に流失する事件を起こした。人気芸人の出川哲朗を起用したCMで被害者を量産した側面もあるとして、批判の声が多く上がった。

 民放各社は、それぞれCMの審査を行っているが、実態は形式だけだ。現在でも仮想通貨のCMは流れ続けている。

 メルカリは仮想通貨の管理に使う「ハードウェアウォレット」の出品を禁止した。銀行口座の暗証番号に相当する「秘密鍵」のデータを格納し安全性を高めるデバイスだが、最初から不正プログラミングが組み込まれていると仮想通貨が盗まれる可能性がある。メルカリでは「予期せぬトラブルを防ぐため」と説明している。ハードウェアウォレットはUSBメモリーやクレジットカードのような形状で、パソコンやスマートフォンに差し込んで利用する。

●2月13日に日本円の出金を再開

 コインチェックは2月9日、顧客から預かっている日本円の出金を13日から再開した。しかし、仮想通貨の出金はできない。「技術的な安全性が確認でき次第再開する」としている。不正流出したネムの所有者への日本円の返金時期は未定だ。

 日本円の出金額は、13日だけで401億円に上ったという。コインチェックから資金を戻された投資家は、今後どのような行動に出るだろうか。「別の仮想通貨交換業者で、仮想通貨を買う」との皮肉で、冷ややかな指摘も飛び交っている。

 今回の事件では、犯罪のレベルも一段と巧妙になってきたことがわかる。コインチェックから流出したネムの一部を、日本人の男性が匿名性の高い「ダーク(闇)サイト」を介して、自分が手持ちしていた「ライトコイン」と交換していたことが明らかになった。警視庁サイバー犯罪対策課は2月9日までに、国内でこの男性から詳しい経緯を任意で事情聴取した。

 闇サイトを介して5億円以上のネムが、ビットコインなどほかの仮想通貨に交換された疑惑も浮上している。

 2月8日、東京都に住む男性が、コインチェックがセキュリティ対策を怠りネムの流出を招いたとして、損害賠償を求めて東京地検に提訴した。代理人の弁護士は「原告の意向」として請求額の詳細は明らかにしていないが、少額との情報もある。いずれにしろ、コインチェックは提訴されたわけで、再生への道程は一層、厳しいものになる。

 今後の焦点は、凍結した数千億円といわれる顧客資産の引き出しが可能になるかどうか。そしてもう一点は、コインチェックは営業を続けられるのかどうかだ。金融庁が営業再開を認めたとしても、コインチェックに不信感を抱いた投資家は多いはずだ。投資家がコインチェックの口座に保有するネム以外の仮想通貨に売り圧力が増す懸念は大きい。

 流出したネムをはじめ、仮想通貨の崩落は続いている。ビットコインの価格は8200ドル台で17年12月の高値(1万9783ドル)の約6割減となっている。
(文=編集部)