日本電産の永守重信会長兼社長(東洋経済/アフロ)

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 大手モーターメーカーの日本電産は2月15日、吉本浩之副社長が6月20日付で社長兼最高執行責任者(COO)に就任すると発表した。永守重信会長兼社長は最高経営責任者(CEO)のまま、代表権のある会長になる。永守氏は日本電産の創業者で、社長交代は1973年の創業以来、45年目にして初めてだ。

 永守氏は吉本氏を後継者に選んだ理由を「子会社の再建などで見せた手腕を評価した」と述べた。永守氏はCEOにとどまるが、「まずは仕事の3割を任せ、数年かけて、いずれ逆転していく」と役割分担を示した。吉本氏が海外事業を担当し、永守氏が引き続きM&A(合併・買収)など経営のカジ取りをするという。

 日本電産は永守氏がオンリーワンの会社だ。同氏の手腕で業績を大きく伸ばしてきており、株価も“永守プレミアム”の状態だ。今回の社長交代は、吉と出るか凶と出るか――。

 永守氏は好業績を背景に、情報発信力を一段と高めていた。

 1月24日に東京都内で開いた決算説明会では約20分間、決算の数字に触れることなく、電気自動車(EV)、ロボット、省エネ家電、ドローンの4つの新成長分野に経営資源を集中する方針を打ち出し、「4つの大波に乗る」と“波乗り宣言”をした。ロボット部品の大幅増産など矢継ぎ早に積極策を進める考えで、「豊臣秀吉の『中国大返し』ぐらいのスピード感を持って(経営を)やる」とも述べている。

 だが、「こういう勇ましい発言が出ると危ない」と危惧する声もある。本田技研工業(ホンダ)を創業した故本田宗一郎氏は、「経営者は油が乗り切っている時に滑る。油断だ」と語っている。

 永守氏がアナリスト説明会では言及しなかった2017年4〜12月期の連結決算(国際会計基準)は、純利益が前年同期比16%増の947億円と実質最高益を更新した。

●HDD用モーターブーム以上の手応え

 日本電産は、かつてパソコン需要でHDD用モーターが追い風となって飛躍したが、4つの新成長分野の需要の拡大について「(永守氏)本人はHDDブームの時以上の手応えを感じている」(日本電産の若手幹部)という。

“波乗り宣言”を受け、アナリストのリポートには軒並み「4つの大波」の文字が躍り、大和証券など証券会社3社は目標株価を2万円に引き上げた。決算と同時に発表した自社株買いもあって翌25日の株価は急伸し、一時、1万8525円の昨年来高値を付けた。昨年末(大納会)の株価に比べて17%値上がりした。

「ずばり、“永守プレミアム”だ。株価上昇は彼のコミュニケーション能力の勝利」(外資系証券会社のアナリスト)と冷ややかに見ているファンドマネージャーも存在する。

 週末の1月26日の時価総額は、瞬間風速だったとはいえ、5兆4232億円。みずほフィナンシャルグループ、武田薬品工業、日産自動車、三菱商事などの大企業を上回り、東証一部上場の18位に躍り出た。

 売上高を2020年度に2兆円に引き上げ、30年度に10兆円企業を実現するという、超強気の長期目標を掲げている。その実現の鍵を握るのは人材だ。10年先、20年先の人材を確保する目的で、京都出身の俳優を使ったテレビコマーシャルを始めた。

●にわかに注目された永守氏の去就

 大転換期にあたって、にわかに注目されているのが永守氏の去就だった。同氏は3月に、京都学園大学を運営する学校法人・京都学園の理事長に就任する。日本電産が欲しい人材を大学で育成するためだ。私財100億円を投じて工学部を新設する。

 昨年11月25日、京都学園大学で行った講演会後の記者会見で、「75歳までに社長を退く」意向を表明した。企業経営と大学経営の二足のわらじで多忙になるため、「会長とCEOにとどまるが、後継者を社長に指名する」考えを示した。

 さらに1月9日の記者会見で、後任人事について「60代の人に渡す時代じゃない。相当若返りを図る」と述べた。「長男は46歳で、仮に(社長の座を)渡すならこれくらいの人でないとおかしい。また(後継社長が不作だったとしても、自分が)社長に戻ることはない」と明言した。

 後継社長の条件として「40代への若返り」を挙げた。かくして、誰を後継社長にするのかに関心が集まっていた。

 シャープの社長だった片山幹雄氏を技術部門のトップにスカウトし、15年6月、取締役副会長に就けた。片山氏が「ポスト永守の最有力候補」との新聞辞令も出たが、1月の永守発言で60歳の片山氏の線は完全に消えた。

 代わって、日本電産トーソク社長だった吉本氏が最有力候補との見方が急浮上した。大阪大学人間科学部卒。カーネギーメロン大学経営大学院でMBA(経営学修士)を取得している。日商岩井(現双日)、カルソニックカンセイ、日産自動車を経て、15年に日本電産トーソク社長へとヘッドハンティングされた。

 永守氏は車載事業、特にEVを次の成長の柱に位置付けている。車載事業本部長を任された吉本氏は、17年6月の日本電産の株主総会で取締役副社長執行役員に就任した。期待の大きさがわかる。そのため「ポスト永守のトップランナー」(関係者)と評された。いずれにしても、「永守さんは徹底した実績主義者。ロボットやEVなど4つの新技術分野で一番稼いだ人を社長に指名するだろう」(同)とみられていた。

 吉本氏は日商岩井では自動車畑を歩き、カルソニックカンセイや日産自動車のタイの現地法人の経営再建を担ってきた「再建屋」である。

 かねて永守氏は「親族は絶対に会社に入れない」と明言していた。長男の貴樹氏は、東証一部上場で掃除、バス・トイレ、台所用品を製造するレックの社長で、“やり手経営者”と評判だ。次男の知博氏は富士通、米国留学を経て、帰国後に日本電産のグループ会社に勤めたことがあるが、今はベンチャー起業家だ。「親族へのバトンタッチは本当にないのか」との囁きが社内外から出ていたのは事実だ。

●社長の椅子は譲っても終身トップ?

「永守氏は、社長の椅子は譲っても、経営権を譲るつもりはさらさらない」というのが、関係者の一致した見方だ。

「永守発言を真に受けたらだめだ。40代に若返るという真意は、『40代なら自分の言うことを聞くだろうし、コントロールしやすい』との発想だ。オーナー経営者は死ぬまで経営に口を出すものだ」(別の外資系証券のアナリスト)

 兜町では「3割業務を譲れば、“永守プレミアム”がそれだけ剥げ落ちる。株価が2万円になっているとするなら6000円分だ」と懸念する。

 米ニューヨーク市場の株の暴落を受けて、日本電産の株価も1万8000円台から1万5000円台に急落した。2月15日の終値は1万6500円。それでも昨年来安値(9713円、4月13日)より7割近く高い。

 株価が高ければ高いほど社長交代が難しくなるといわれていたにもかかわらず、早めに社長交代を決断した。後継者選びに失敗したら、一夜にして日本電産は“普通の会社”になってしまう。「普通の会社になったら、株価の“適温”は1万円以下」といった厳しい見方をするアナリストもいる。

 株式市場は“永守プレミアム”剥落に鋭敏だ。社長交代が発表された後の最初の取引となった2月16日、日本電産の株価は565円安の1万5935円と急落した。日経平均株価は255円高だったため、日本電産の大幅安が一層、目を引いた。

 永守氏はハイテク企業のトップのなかでもっとも株価を気にする経営者としても知られている。初めての社長交代は、吉と出るのか。吉本氏は難しいカジ取りを迫られることになりそうだ。
(文=編集部)