北朝鮮からやってきた応援団は、竹島を記載した旗を振った(写真:AFP/アフロ)

文部科学省は2月14日、2022年度から使用する高校の学習指導要領改訂案を発表した。生徒の世界的視点を養うため、地理歴史・公民を中心に大きく科目を再編する内容だが、注目は北方領土や竹島、尖閣諸島を「我が国固有の領土」とはじめて明記している点だ。

2017年に改訂案が発表された小学校・中学校の学習指導要領(2021年度から使用)では「竹島や北方領土は我が国の固有の領土である」と記載されており、尖閣諸島についても「我が国の固有の領土であり、領土問題は存在しない」としている。

北方領土、尖閣諸島、竹島には「温度差」

その一方で政府の領土への取り組みについては、北方領土、尖閣諸島、竹島には「温度差」があることは否定できない。このうち外国によって不法占拠されているのが北方領土と竹島だが、北方領土については政府が直接関与し、2月7日を「北方領土の日」と定めており、「北方領土返還要求全国大会」には首相や外相が出席してあいさつを述べている。

これに対して竹島は、主として島根県のマターになっている。2月22日の「竹島の日」は2005年に島根県の条例によって定められた。同日に行われる式典には、政府の代表として内閣府大臣政務官(2018年は山下雄平大臣政務官が出席予定)が出席するにとどまっている。しかも政府代表が式典に参加し始めたのは2013年以降のことで、それより前は「県の行事だから国は関知しない」という姿勢を貫いていた。

そもそも、「竹島問題」とは何なのか。まずは基本部分から振り返っておこう。

日本海に浮かぶ竹島は、隠岐から北西に158キロ、島根県本土からは211キロ離れている。鬱陵島からの距離は88キロで、韓国からは217キロ。日韓両国の本土からは、ほぼ等距離に位置している。その構成は男島と女島の他、無数の岩礁でできており、かつてはアシカ漁などが行われていた。

1905年に閣議で「竹島」と命名

竹島が歴史に登場するのは17世紀の初め頃。米子の大谷家と村川家が幕府の許可をとって漁業を始めた。1696年に幕府は鳥取藩に鬱陵島渡航禁止令を出したが、竹島はその対象から除外されている。1903年には隠岐の中井養三郎がアシカ漁を始め、翌1904年に明治政府に領土編入と貸し下げを願い出た。そして1905年に閣議で「竹島」と命名。その際に日本政府は、竹島を先占していることを確認している。

韓国併合は1910年だ。よって「日本に併合されたときに竹島も併合された」という韓国や北朝鮮の主張は正しくない。それ以前にすでに竹島は日本領と確認済みだ。

そもそも竹島が問題化したのは、韓国が1952年1月18日に「李承晩ライン」を引き、その中に竹島を組み込んだことに始まる。なぜ韓国が李承晩ラインを引いたのか。その理由は1951年9月に開かれたサンフランシスコ平和会議だ。韓国は「戦勝国」として同平和会議への参加を希望したが、アメリカが却下したため叶えられなかった。これをあきらめきれない韓国は、翌年には日本が国際社会に復帰するため、その前に既得権益をつくっておこうと考えたのである。

李承晩ラインは日韓基本条約が締結された1965年6月22日まで継続したが、その間に李承晩ライン内に入った328隻の日本漁船が拿捕され、3929人が抑留された。また死傷者は44人に上る。日韓基本条約締結の際に竹島については「日韓両国の紛争の平和処理に関する交換公文」を取り交わしたが、実際には解決しなかった。

国際海洋法条約が1994年に発効して以降、EEZ内の海洋資源にも注目が集まるようになったが、竹島周辺には日本漁船は近づくことすらできなくなっていた。

このように韓国によって不法占拠されている竹島だが、平昌五輪で使用された南北統一旗に描かれた地図には竹島は記載されていない。政治的紛争を嫌った国際オリンピック委員会が、記載を禁じたためだ。

だが北朝鮮からやってきた応援団はこれに抵抗し、竹島を記載した旗を振った。同時期に韓国に入った「三池淵管弦楽団」も、玄松月楽団長が「済州島の漢拏山(ハルラサン)も我が祖国」という歌詞を「独島(トクト、竹島)も我が祖国」と変更して歌を披露している。

「竹島領有について歴史的事実や国際法上の整合性では日本が優位なのに、戦略に欠けているために韓国に負けている」――。竹島の日の創設メンバーで、竹島問題の第一人者である下條正男拓殖大学教授はこう語る。「日本が竹島の領有を主張すると、必ず韓国が過敏に反応してくる。これに連動するのが中国だ。2005年3月に島根県が竹島の日の条例を作ったが、この直後に韓国や中国では反日運動が激化した」。

実際に盧武鉉大統領も2005年3月7日に「歴史・独島問題を長期的、総合的、体系的に取り扱う専担機関の設置」を指示し、4月には「東北アジア歴史財団」を発足させた。竹島の領有を主張する市民団体や在外同胞を利用する手法は、慰安婦問題とまったく同じだ。

出遅れ感のある日本の領土問題対策

文在寅大統領も、今後竹島問題にさらに深くコミットする可能性もある。2月11日には訪韓中の金永南北朝鮮最高人民会議常任委員長や金正恩朝鮮労働党委員長の実妹である与正氏らと「三池淵管弦楽団」の公演を堪能。歌詞を竹島に替えた玄松月氏の歌も鑑賞し、「心を合わせて難関を突破しよう」と金与正氏らに呼びかけたと報じられた。

これらに比べて出遅れ感のある日本の領土対策だが、2013年に領土・主権対策企画調整室を内閣官房に設置。2018年1月には日比谷に「領土・主権展示館」をオープンし、領土問題の啓蒙に努めているが、まだ万全とはいえない。

領土問題は歴史問題と重なる部分が大きいが、敗戦というタブーが国民の目から事実を隠したことで禍根を残した。一義的に重要なのは国際社会で日本政府が主張を続けることだが、それを支えるのは国民の世論だ。そのためにも、冒頭に記した学校での教育のあり方が重要なファクターであることは間違いない。