賞や表彰は人を引きつける(写真:YIMAGES / PIXTA)

平昌五輪では連日熱戦が繰り広げられている。どの五輪でもそうだが、表彰台を目指す選手たちのモチベーションにはすさまじいものがある。このモチベーションの源泉は何なのか。また企業などで、従業員・スタッフの「ヤル気」向上に応用できないのか。『表彰制度』(日本表彰研究所と共著)などの著書がある太田肇氏が解説する。

メダルの魔力に魅入られた人たち

日本人選手の相次ぐメダル獲得で、平昌オリンピックは盛り上がりをみせてきた。

毎度のことながらオリンピックは、人間のさわやかな姿、底知れぬ力を私たちに見せてくれる。同時にまた人間の醜い姿、底知れぬ欲望も見せつける。

振り返れば、1994年のリレハンメル大会前にはアメリカの女子フィギュアスケート代表候補選手が、ライバル選手に指示された暴漢に代表選考会会場で襲われるという「ナンシー・ケリガン襲撃事件」事件が起きて、世界を驚かせた。

今回の平昌オリンピックでは、ロシア選手の組織的なドーピングが発覚して政治問題にまで発展した。わが国でも2020年の東京五輪を目指す選手が、ライバル選手のペットボトルに禁止薬物を入れるという、前代未聞の事件が発生したことは記憶に新しい。

ドーピングといえば、ソウルオリンピックの陸上、男子100メートル走でベン・ジョンソン選手が9秒79の世界新記録でゴールしながら薬物違反で金メダルを剥奪され、それ以来、競技終了後に順位が入れ替わるような事態がたびたび起きている。犯す側と摘発する側のイタチごっこは、なくならないどころかエスカレートする一方だ。

刑事事件はもとより、ドーピングも発覚すると自分の名誉と信頼が失墜するだけでなく、選手生命も事実上絶たれてしまう。それだけのリスクを冒してまで、オリンピックに出たい、メダルがほしい理由は何だろうか?

そこにあるのは「元オリンピック選手」「メダリスト」というシンボルの魔力、そして背後にある承認欲求、承認願望の想像を絶する力である。

とりわけ注目したいのは、メダルという「賞」がもつ魅力だ。選手たちは「メダルを獲るのと獲らないのとでは天と地ほど違う」と言うし、一流選手はしばしば「金メダル以外はみんな一緒だ」と口にする。その異常なまでの執着が、ときには道を誤らせてしまうのである。

どの世界でも「賞」が最大の目標

ただ、加熱しすぎた弊害だけをとらえて「賞」へのこだわりそのものを否定し、「オリンピックは参加することに意義がある」という建前論だけを唱えるのはどうかと思う。

そもそも賞を求め、賞にこだわるのはほかのスポーツ選手も同じだ。野球や相撲にしても、サッカーやゴルフにしても、たいていのスポーツは優勝すること、チャンピオンになることを最終目標にしている。あるいは個人として、MVPや首位打者、得点王といったタイトルを目指している。それを目標にギリギリまで自分を追い込み、血のにじむような努力を重ねる。

スポーツ選手に限らない。最先端で活躍する科学者にとって、最高の夢はノーベル賞だ。「ノーベル賞は結果としてもらえるものであり、狙って獲るものではない」といわれてきた。しかし、実際はノーベル賞に照準を合わせた計画的な努力によって獲得されるケースが多いことが明らかにされている。また小説家は芥川賞や直木賞、映画監督や俳優はアカデミー賞を夢見ながら創作に励む。いずれにしても賞こそが最高の夢、目標なのである。

なぜ、「賞」はそれほど人を引きつけるのか?

人間には承認欲求がある。心理学者のA・マズローが「尊敬・自尊の欲求」とも呼ぶように、他人から尊敬されたい、自分を価値ある存在だと認めたい、という欲求である。名誉欲や自己顕示欲もこれに含まれる。

しかも承認はほかの欲求とも結び付いている。たとえば承認されると他人への影響力や発言力が大きくなるし、達成感や自己効力感(環境を支配しているという感覚)も味わえる。収入増やキャリアアップにもつながる。

だからこそ、人間は他人から認められたいのである。とりわけ職業生活においては、承認の欲求や欲望は自己実現欲求などよりも強く表れることが多い(拙著『承認欲求』参照)。

コスパに優れ、職場の空気を変える表彰制度

その承認のシンボルが「賞」であり、卓越した能力や業績などを称えるのが表彰である。賞は公式な承認であるだけに重みがあるし、周囲への影響力も格別に大きい。それを広く発信するのが表彰である。だからこそ人々は「賞」にあこがれ、表彰されたがるのだ。

だとしたら、賞や表彰の動機づける力をよい方向に利用しない手はない。身近な世界でも賞や表彰を取り入れることによって、人々のモチベーションを高められる。

実際に業種、職種を問わず社内に表彰制度を設けている企業はたくさんあり、社員の特性や仕事の性質に応じて工夫を凝らしながらそれを運用している。

かつては表彰といえば社長賞や会長賞のような権威あるものが中心だったが、近年はそれらに加えて、コツコツと努力する「縁の下の力持ち」を称えたり、顧客を巻き込んでゲーム感覚を取り入れたりするものが増えている。

なかには前向きに挑戦して失敗した社員を表彰するといったユニークな制度を取り入れているところもある。制度を設けた企業では、社員のモチベーションが目に見えて向上し、業績がV字回復したとか、職場の空気が見違えるほどよくなり顧客サービスも改善されたというような効果が報告されている(太田肇・日本表彰研究所『表彰制度』)。


表彰制度にはそのほかにも優れた特徴がある。

表彰された人は、いわば「望ましい社員像」のモデルである。したがって強制によることなく、社員を望ましい方向に誘導ことができる。企業理念や社是・社訓を100回唱えるより効果があるのは間違いないのではないか。

もう1つは、それほど費用がかからずに大きな効果が期待できること、すなわちコスト・パフォーマンスがよいことがあげられる。この点でも中途半端な成果主義よりはるかに優れているといえよう。

「認められたい」という欲求・欲望は、抑圧すると”やる気”を失わせ、離職にもつながるだけでなく、さまざまな問題行動を引き起こす。加熱しすぎたり、不公平感が生じたりしないように配慮しながら、独自の表彰制度を設計することを勧めたい。