木内登英・前日銀審議委員は、日銀の「出口戦略」はすでにコッソリ始められていると分析します(撮影:今井康一)

米国FRB(連邦準備制度理事会)は利上げ局面に入り、欧州中央銀行も金融緩和の縮小へ向かっている。一方、日銀の黒田東彦総裁は、現状は「2%の物価安定目標にはほど遠い」として、まだ金融緩和の出口を検討する段階にはないと強調する。
しかし、実は出口戦略は、すでにコッソリ始められているという。
どういうことか、『金融政策の全論点』で大規模金融緩和の副作用を論じ、黒田日銀の政策に厳しい評価を下した木内登英・前日銀審議委員が分析する。

2017年に政策変更がなかったわけ

2017年の1年間、日本銀行は政策変更をまったく実施しなかった。これは2013年4月に量的・質的金融緩和が導入されて以降、初めてのことだ。


物価上昇率が高まらないなかでも、以前のように追加緩和が実施されなかったのは、政策の基本姿勢がすでに変わっていたからだろう。

そのきっかけとなったのは、実は2016年1月のマイナス金利政策の導入だ。

マイナス金利は、物価上昇率2%に向けて勢いをつけるための、いわば起死回生策だった。しかしこの政策は日銀の予想を裏切って、円高、株安といった悪い反応を引き起こした。

マイナス金利という不意打ちを食らった金融機関からは、日銀を強く批判する声が上がった。一般国民にも「どうしてそこまでやるのか? 日本経済はそれほど深刻なのか?」と、日銀にとって予想外の不信感を抱かせてしまうことになった。

マイナス金利政策の導入後に湧き起こった各方面からの強い批判を、日銀は史上空前の逆風と感じたと思う。

そうした状況を受けて実施されたのが、2016年9月に発表された「総括的な検証」と、短期金利に加えて長期金利も操作する「イールドカーブ・コントロール」の導入だった。

これは、ゞ睛撒ヾ悗亮益見通しを悪化させる長期・超長期金利の過度の低下を抑え、金融機関との関係修復をめざす、国債買い入れ策の持続性を高める、という2点を意図した枠組みだったと考えられる。

その政策をひとことで表してみよう。それ以前の政策を、多様な手段で金融緩和を推し進める「攻めの政策」と呼ぶなら、ここからは「守りの政策」だ。

守りの政策のもとでは、よほど経済環境が悪化しないかぎり、追加緩和措置は見送られる。2017年に政策変更がなかったことには、そうした背景がある。

2016年9月、こうしたレジームチェンジが行われたのだが、そこにはもうひとつ、重要なポイントが含まれていた。

それはイールドカーブ・コントロールの導入時、国債買い入れの増加ペースが政策の操作目標から外されたことである。それにより国債買い入れの決定権は、政策委員会から現場のオペレーションに移った。

このことは現場主導で事実上の金融政策正常化(出口戦略)を進めることができる環境が整えられた、ということを意味している。

実際、買い入れのペースは以前よりも抑制され、日銀が保有する国債残高の増加額は縮小している。2016年9月には増加額のめどとして「年間80兆円程度」という数字が示されたが、現実の増加額は、2017年12月には、1年前との比較で58兆円となっている。

直近では、保有残高の増加額は「年間80兆円程度」というめどに対して、年率換算で年間50兆円前後のペースになっているだろう。

もしも日銀による国債買い入れが限界に達し、国債の流動性が極度に低下したら、金融市場はパニックになる。国債の買い入れペースの抑制により、そのリスクはひそかに軽減されているといえる。

金利目標は10年から5年に短期化へ

2018年にはこうした措置の延長線上で、現場主導での事実上の正常化策がさらに進められると見ておきたい。

筆者が望ましいと考え、また2018年に実現可能性が相応にあると見られるのが、金利目標を10年から5年にする短期化措置である。目標の短期化によって長期金利のコントロール力が高まり、国債買い入れ増加ペースをより着実に縮小させ、買い入れの限界を回避することができる。

ただし、金利目標を短期化してもその水準を0%で変えなければ、「政策変更ではなく技術的な調整である」と日銀は説明することができるだろう。そのため、このやり方は2%の物価目標との整合性が問われないという利点もある。それでもこれは、紛れもなく事実上の正常化策なのである。

またこの措置によって、5年以上の金利を上昇させ、イールドカーブをスティープ化(長短金利の差が大きくなり、イールドカーブが右肩上がりになること)させることを通じて、金融機関の収益を改善させることもできる。

日銀は2016年9月の「総括的な検証」のなかで、長期・超長期金利の低下が経済に悪影響を与えることを初めて認めた。それは生保・年金の資産運用を悪化させ、銀行の利ザヤを縮小させて金融仲介機能を低下させてしまうためである。

しかし10年金利を政策の目標としている限り、長期・超長期金利の上昇余地は限られ、金融機関の収益改善は実現できない。その意味でも金利目標の短期化は必要なのだ。

他方、金利目標を10年から5年へと短期化する措置は、金融市場において、事実上の金融政策正常化ではないかとの見方が浮上すれば、為替市場では円高が進むだろう。

債券市場はすでに2016年9月以降、事実上の正常化が進んでいるとの認識を持っているため、この措置に過剰に反応することはないとみられる。しかし為替市場は債券市場よりも海外プレーヤーの比率が高い。彼らはこれまで日銀の政策意図を十分にとらえてこなかったため、金利目標の短期化は大きなサプライズとなるだろう。

もし日銀が円高を恐れて事実上の正常化をためらえば、日本経済は円高どころではない多くのリスクを中長期的に抱えてしまう。異例の金融緩和が長期化した結果、もはや無傷での正常化を望むことはできない。ある程度の円高リスクは甘受すべきではないか。

政策正常化と引き換えとなる銀行リストラ

最後にもうひとつ、今後の金融政策と絡んだ注目点を挙げておきたい。

日銀は2017年10月、半期に一度の金融システムレポートで、銀行の低い収益性に焦点を当て、そのビジネスモデルに根ざした問題点についても指摘した。これは通常と比べてかなり踏み込んだ内容だといえる。

このレポートはもちろん、日銀は銀行の収益力に配慮して、金融政策のさらなる正常化を進める考えを持たないという意味ではない。

日銀の真の意図は、すでに大手銀行では始まっている構造改革が、地域銀行も含めて広範囲かつ持続的に進められるのであれば、金融政策も銀行の収益性に配慮して運営するという、一種の交換(トレード)を示唆することではないか、と筆者は受け止めている。

金融政策正常化の過程で金利が回復すれば、金融機関の収益は改善する。日銀は、こうしたことは銀行自らが身を切る構造改革とのセットでなされるべきだと考えているのではないか。

今後、政策の正常化は安易な銀行救済につながりかねないという見方も出てくるかもしれない。そのときには日銀だけではなく、世論からも銀行の構造改革に対する圧力が高まってくるだろう。