『さよ朝』はいかにして生まれたか。岡田麿里、模索と挑戦の3年間。

どうか、ひとりでも多くの人にこのインタビューが届きますように。そう願ってしまうほどに、岡田磨里が絞りだす言葉から、本作にかける想いの強さをひしひしと感じた。社会現象と化した『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』や『心が叫びたがってるんだ。』など、人間関係がもたらす心の機微を描く作品を数多く世に送りだしてきたヒットメーカーが、劇場アニメ『さよならの朝に約束の花をかざろう』で監督デビューを飾る。人と人とのふれあいが織りなす、出会いと別れの物語。「いつかの自分を重ね合わせられるような、じんわりとした温かさのある作品を目指した」という岡田の思惑どおり、誰もが心を揺さぶられる名作が生まれた。

取材・文/野口理香子

このスタッフじゃないと、これ以上の作品をつくれない

岡田がメガホンをとるきっかけとなったのは、P.A.WORKS代表・堀川憲司の「岡田さんの100%をさらけだした作品を、いつか見てみたい」という一言だった。アニメーション制作という多くの人がかかわる共同作業の世界で、すべてのセクションに最初から最後までかかわる、初監督としての濃厚な日々。企画が動き出してから、3年の月日が流れようとしている。
脚本家の視点として、ずっと書いてみたい物語だったと伺いました。
人と人との関係値って、けっこう変わっていくものだと思うんですけど、テレビシリーズだと週に1回見るときに、そこが変わっていくと、感情移入しづらかったりっていうのがあると思うんですね。でも劇場作品って、1回見たら最後まで見ていただけるじゃないですか。なので、同じ人間でもどんどん変わっていく感じ、でも変わらないものがぜったいにある感じ。そういうことを書いていきたいなと。
シナリオを書かれる際、絵を先行して思い描いていたシーンもあるとか。
文章だけで思いつくっていうことは基本あんまりなくて。でも、脳内でぼんやり思い描いていた絵より完全に上のものを、スタッフのみなさんにつくっていただきました。
今回のタイトルは、プロットの段階から決めていたのでしょうか?
もともと「MAQUIA(仮)」ってつけていたんです。ひとりのキャラクターを深く掘ることで、いろんなキャラクターが見えてくる、関係値が動いていくのが見えてくるっていうのをやりたくて。こういう作品にしていきたいっていう決意表明としての仮タイトルだったんですけど。
それがどうして『さよ朝』に?
……大人の事情です(笑)。「岡田さんだったら長いタイトルでしょう」みたいに言われて。
ああ……。でもこのタイトルも印象的でステキです。
ありがとうございます! みなさんにアイディアをいただきつつ、黒板にいろいろ書き出しながら考えました。
クレジットを見ると、キャラクターデザイン・総作画監督には、『花咲くいろは』でも岡田とタッグを組んでいた、石井百合子。音楽には、サントラ界の重鎮、川井憲次など、強力なスタッフが名を連ねている。プロデューサーの堀川は言っていた。初監督をサポートするのは「この作品は素晴らしい作品になるに違いない。最高のものにしたい」と考える力のあるスタッフばかり――、と。
実際に監督をやってみて、どうでしたか?
監督の仕事っていろいろあると思うんですけど……たとえばすべてのチェックだったりとか、打ち合わせだったりとか、そういうことよりも意外と、人といっぱい会うっていうのが、こんなに大変なんだなって思いました。
脚本っていつもひとりで書くので、打ち合わせも週に1度、監督とプロデューサーと各ライターさんくらいの小規模で。でも監督はずっと会社にいて、つねにいろんな人に接していて……頭ではわかっていたつもりだったんですけどね、アニメってすごくたくさんの人がかかわっているっていうことは。
もともとは、おひとりでの作業のほうが得意……?
そうですね。基本引きこもりタイプなので、人と会話することとかに苦手意識があったりして。でも監督は、自分の意思を言葉で伝えていかないといけない。シナリオって、いくら言葉を重ねても脚本でしか判断されないっていうのがあって、だから自分なりに精一杯書けばわかってもらえるはずだと、そう思ってやってきたんですけれど。
監督として自分のホンを受け取った状態で、それをスタッフひとりひとりに言葉で伝えていく。ホンを書いたのは自分なのでわかっているはずなのに、どう言葉で、口で、セリフで伝えていけばいいのか、というのがすごくハードルが高かったですね。
スタッフひとりひとりと接してみて、いかがでしたか?
この人たちに「この作品にかかわってよかった」と思ってもらいたいという気持ちがすごく強くなって。普段はここまで体感してわかることはないので、貴重な体験をさせてもらったと思います。
この質問をするのは早いかもしれませんが……また監督をやりたいという気持ちはありますか?
今は終わってすぐなので……スタッフへの感謝がすごくて。ひとつひとつ確認してきたはずなのに、完成したものを見て「スゴいな」と思ったんですよ。「このスタッフじゃなきゃ無理だな」っていうか。自分の不慣れな部分を支えてくださったり、ときに叱ってくださったりして、いっしょにここまでやってきて。もしこれから先、監督をやりたいと思ったとして、このスタッフじゃないとこれ以上の作品をつくれないなって思います。
完成後に、スタッフのみなさんとお話しましたか?
完成した瞬間、その場にいた人とは握手をして……そういうのもすごくうれしかったです。

声優とキャッチボールを…絵で“声”を肯定してあげたい

キャストはオーディションで選出。『あの花』キャストの入野自由、茅野愛衣のほか、実力と実績を併せ持つ梶 裕貴、沢城みゆき、細谷佳正など、そうそうたるメンツが集まった。そんななか、長い年月が経っても見た目が変わらないという難役である主人公・マキアを演じたのは、新人の石見舞菜香だ。
マキア役に石見さんを選ばれた理由を教えてください。
マキアをすごく普通の子として描きたかったんです。年の若いまま長く生きていくっていう、生まれ持って抱えているものがあるマキアが、普通に人と出会って誰かを愛して……っていう話なので、設定自体がちょっと普通と違うというか、特殊ですよね。これで性格も特殊にしてしまうと、なんかうまくいかない。なので、弱いところとか強いところとか、そういうバランス的にもすごく純粋な普通の女の子でいてほしいなぁと。
石見さんの声を聞いたとき、デビューしてまもなくで、色がついてなくてすごく純粋で、だけど芯の部分がしっかりしていると感じました。マキアも物語上、「しっかりしていかなくちゃ」って思っていく部分があるので、そこもリンクしていくんじゃないかなと。
エリアル役の入野さん、レイリア役の茅野さんについてはいかがですか?
入野さんの声、演技はやっぱりスゴいなぁと思いますね。アフレコの現場ではマキアが座長になりますが、石見さんが不安そうにしていると、入野さんがアドバイスしてくれていたりとか。座長を支えてくださっていました。
茅野さんは……何度かお仕事をご一緒しているので、こういう演技でくるのかなって予想していたんですけど、あるセリフを読んでもらったときに、「こういう方向性があったんだ」っていう気づきみたいなものをいただいたりして。声にもすごく助けられましたね。
声を聞いて、影響を受けた部分が大きい?
アフレコの1年くらい前に、“読み合わせ”をおこなったんですよ。読み合わせって本来なくって、声優さんにはアフレコ当日にお話させていただいて、そのままリハーサルと本番という流れで収録するんですが、今回は、時間がとれるよと言ってくださった声優さんたちにセリフを読んでもらいました。で、その声を録って、作画さんに渡して。作画作業は、正確には始まっていたんですけど、まだ修正できる段階だったので。
声に助けられたという部分を、具体的に教えていただけますか?
たとえば読み合わせのとき、石見さんは演技に入り込んでくれて、感情が高ぶって泣いちゃったりとかして。どのシーンで、どう彼女の気持ちが動いているかがわかるんです。声にまんま出ていて。そうすると、シナリオとかコンテではそこまで泣いてないシーンでも、石見さんだったらこう読んでくれるから、もうちょっと、ぐしゃって表情にしようとか、こらえてる感じにしようとか。
読み合わせのときの声を、絵に落とし込んだんですね。
自分が脚本家だから感じることなんですけど、脚本って現場とちょっと距離が遠いんですね。やっぱり家で作業しているから。ほかのスタッフは会社に所属している人も多くて、そこでディスカッションしたり、休憩のときに作品について語り合ったり、そういう時間を共有することで深まっていく思いがあると思うんですけど、脚本家は本読みの場しかないからさみしくて。
たぶん声優さんにいたっては、もっとさみしいと思うんですよ。本番だけしかなくて、そこで失敗したら……っていう恐怖もあるだろうし。そういう意味でも先に声優さんに読んでいただいて、その声を肯定する絵というか。みなさんの演技で、自分たちはつくりましたっていうのがあったので、声優さんともキャッチボールできている作品になったと思います。
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