韓国・江陵の関東アイスホッケーセンターで、統一旗を振る北朝鮮の「美女応援団」(写真=AFP/時事)

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韓国の平昌(ピョンチャン)冬季五輪が2月9日、開幕した。この冬季五輪には北朝鮮が選手団を派遣し、開会式では韓国との合同チーム「コリア」として入場行進をした。一方で、北朝鮮は8日に大規模な軍事パレードを強行。核・ミサイルの開発も続けており、国際的な非難を集めている。北朝鮮の狙いは何なのか――。

■異色ずくめのスポーツの祭典

韓国の平昌(ピョンチャン)冬季五輪が2月9日、開幕した。

韓国では1988年のソウル夏季五輪以来、30年ぶりの五輪開催だ。冬季五輪では史上最多となる92カ国・地域から約3000人の選手が出場する。

そこで「平和なスポーツの祭典でのトップアスリートたちの活躍に大いに期待したい」と書きたいところだが、今回の冬季五輪はかなり違う。異色ずくめなのだ。

なぜならば核・ミサイルの開発をやめない北朝鮮が年頭に突然、五輪に選手団を派遣すると表明したからだ。この北朝鮮の表明に対し、韓国が歓迎の意を表し、北朝鮮の参加の準備がどんどん進んだ。一方で北朝鮮は五輪直前の8日、朝鮮人民軍創建70年を記念する大規模な軍事パレードを強行した。

新聞各紙も2月9日付の社説で平昌冬季五輪と北朝鮮をテーマにしている。そのなかでも朝日新聞は「金正恩氏の妹の訪韓」に焦点を絞り、東京新聞は問題の「軍事パレード」にポイントを置いている。ともに他紙の社説を尻目に平昌冬季五輪の実態をよく描いている。

■雪解けを演出し、対外イメージの改善を狙っている

朝日社説はタイトルに「金正恩氏の妹」、見出しに「訪韓を説得の機会に」と掲げ、こう書き出す。

「きょう開幕する平昌冬季五輪にあわせ、北朝鮮が異例の人物の訪韓を伝えた。最高指導者・金正恩(キムジョンウン)氏の妹の金与正(キムヨジョン)氏だ」
「指導部内での序列や肩書では計り知れない存在で、正恩氏に直言できる唯一の人物とも言われる。開幕直前での衝撃的な通知は、五輪を機に韓国との雪解けを演出し、対外イメージの改善を狙っているのだろう」

事実上のナンバー2の訪韓に韓国政府も驚いたことだろう。最高指導者の女性の身内は、朝日社説が指摘するようにまさに雪解けの演出と対外イメージ改善にある。北朝鮮の外交手腕はたいしたものである。

沙鴎一歩は日本の戦国時代、織田信長が妹のお市の方を政略結婚に使ったことを思い出した。

朝日社説は「韓国国内の民族意識を高め、韓国と日米との間に風穴を開けたい。そんな思惑も透けて見える」とも指摘する。

「風穴」「思惑」、いまの北朝鮮にぴったりの言葉だ。

■朝日社説は北朝鮮を甘くみていないか

ただしこの次が朝日社説のおもしろいところである。いやおもしろいというより、弱いところだろう。

「その背景を踏まえつつ、南北間での高位の対話が実現することは評価したい。むしろ、不毛な緊張状態を改善する意義を悟らせ、正恩氏に直接メッセージを届ける好機ととらえたい」

本当に「南北間での高位の対話が実現」となるのだろうか。北朝鮮側は「不毛な緊張状態を改善する意義」があると捉えるのだろうか。朝日社説は北朝鮮を甘くみていないか。沙鴎一歩は大いに疑問である。

北朝鮮はそんなに甘くはない。間違いなく、かなりしたたかである。

■朝日が書くことはどこまでも理想論

朝日社説はこうも書く。

「非核化を選べば政治・経済の両面で見返りの利益がもたらされる道筋があることを確認すべきだろう」
「今回の南北対話を、米朝交渉の実現につなげることが肝要だ」
「文政権は、日米両政府との緊密な意思疎通をしたうえで、与正氏らとの会談に臨んでもらいたい」

その通りなのではあるが、北朝鮮は朝日の理想論のようには動かない。いまはむしろ韓国側が北朝鮮以上にしたたかになるよう求めるべきである。

自国の利益を最優先に考えてどこまでしたたかに行動できるか。それが国際社会で生き残る術であり、外交の本道だからだ。

最後に朝日社説は安倍政権に「歓迎行事の際などでも接触を図り、核・ミサイル問題とともに、二国間の懸案を直接訴えるべきだ」と注文しているが、安倍晋三首相にそこまでの力はあるのだろうか。

実現すればたいしたものだが、これも朝日の理想論だ。

■東京は「思慮に欠ける行動」と批判

次に東京新聞の社説を読んでいこう。

第1社説で「平昌五輪開幕」というテーマを付け、「汚れなき舞台であれ」(見出し)と今回の冬季オリンピック全般にわたって主張し、第2社説で問題の軍事パレードを取り上げて「不信の増幅もうやめよ」(見出し)と批判する。

そのリードはこうである。

「北朝鮮は平昌冬季五輪開幕の前日というタイミングで、軍事パレードを強行した。五輪を舞台として、せっかく生まれた南北の和解ムードを乱す、思慮に欠ける行動と言わざるを得ない」

ストレートで分かりやすい主張だ。それだけ北朝鮮のこの時期の軍事パレードが異常だからだろう。

本文の書き出しもまっすぐだ。

「軍事パレードは昨年四月にも行われた。新型のミサイルが続々と登場し、敵対する米国への対抗心をむき出しにした」
「パレードに出てきたのと同じ型とみられるミサイルが、その後実際に発射され、国際社会から厳しい批判を浴びた」

■「時間稼ぎ」で「挑発招くだけ」

そのうえで次のように主張する。

「どんな内容、規模であれ、平和の祭典である五輪直前に、すぐ近くで軍事力を誇示する行動に出るのは、適切でない。北朝鮮へ不信感を増幅させる、『マイナス効果』しかないことを知るべきだ」

「適切でない」どころか、気が違っているとしか思えない。「マイナス効果」というより、国際社会に尻を向けた自爆行為である。

きっと東京社説もそこまで書きたかったのだと思う。それができなかったのは、社説だからだ。社説はその新聞社の意見となる。それゆえ社説で使われる表現は第一に気品が重視される。

この沙鴎一歩も10年以上、新聞社の論説委員として社説を書いてきただけにそれはよく分かる。

■目的は北朝鮮内の反対勢力への牽制か

さらに東京社説はこうも指摘する。

「一方、北朝鮮の突然の融和姿勢は、核・ミサイル開発を進めるための時間稼ぎだとして、譲歩を重ねる韓国政府の対応を疑問視する声も根強かった」
「開会式に出席するペンス米副大統領も、『北朝鮮への妥協は挑発を招くだけだ』と語り、警戒を緩めないよう呼びかけた」
「残念ながら、北朝鮮の軍事パレードは、そういう疑念をさらに募らせることになった」

その通りだ。疑念を抱かせる行いだと北朝鮮も分かっているはずだ。それなのに北朝鮮はなぜゆえ、この時期に軍事パレードを行ったのか。

このへんのところを東京新聞はこう指摘する。

「パレードは海外メディアが訪朝取材する予定だったが、急きょ中止となった。北朝鮮の公式メディアでも、生中継されなかった」
「あくまで国内向けのイベントと装い、批判をかわす狙いだろうが、なぜ中止できなかったのか」

しかし、沙鴎一歩は東京新聞とは違った見方をしている。

おそらく北朝鮮国内には、平昌五輪の参加に反対する勢力が存在するのだろう。その勢力を黙らせ、国民をひとつにまとめる上げるために、アメリカを強く意識させる軍事パレードを実施したのだと思う。今後、北朝鮮はどう動くのか。どこまでも目が離せない。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=AFP/時事)