普段、スポーツにさほど関心を持たない人をも熱狂的ファンに変える力を持つオリンピック。そこには「社会的アイデンティティ」という人間心理が潜んでいる

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普段は知らない競技でも
五輪で熱狂的に応援する心理とは

 この原稿を書いている時点では、平昌五輪で日本チームは銀、銅メダルを獲り始めており、今後の競技でさらなるメダルが期待できそうだ。

 オリンピック憲章では、国という枠を超えて「人間の尊厳を保つことに重きを置く平和な社会の確立を奨励すること」を根本原則に掲げているが、事実上、オリンピックが国威発揚の場となっていることを否定する人は少ないだろう。普段はなじみのない競技でも、日本人が出ていれば日本を応援したくなるのは人の情というものだ。

 その「人の情」とは、どこからくるのだろうか。考えてみると、あまりなじみのない、自分がやったこともない競技に出ている日本人選手がいるとして、その選手を個人的に知っているわけでもない、将来知り合いになる可能性も皆無に近い、そんな人を応援する理由はどこにあるのだろう。

 社会心理学では、その理由は、「自分のアイデンティティを同じ集団の人と重ね合わせるからだ」と説明する。そして、その現象を「社会的アイデンティティ」と呼んでいる。

 日本人という集団があって、自分も日本人だ。そしてオリンピックに同じ日本人が出て、他国選手と戦っている。その戦いに勝つことで、その選手のすばらしさが証明されるが、それは同じ日本人としての自分自身のアイデンティティの価値も上げる、というロジックだ。

 日本人がノーベル賞をとって喜ぶのも同じ理屈だ。日本人という部分を、地元の高校野球チームや出身地のサッカーチームに代えても同じ理屈が成り立つ。

 スポーツや賞だけではない。新入社員が一流企業に勤め始めたら、それだけで偉くなった気がしたり、有名大学に入ったら優越感を感じる、といった現象にも同じロジックが働く。

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