原題は『Darkest Hour』。首相に就任したチャーチルが最悪の事態の回避に動く(東洋経済オンライン読者向けプレミアム試写会への応募はこちら) ©2017 Focus Features LLC.All Rights Reserved.

いつの時代でも自分の信念を貫くのは本当に難しい。自分の決断が本当に正しかったのか、それはやってみないとわからない。ましてやそれが、かのアドルフ・ヒトラーの脅威に立ち向かうための決断だったとしたら、その重圧は計り知れないものになるだろう。

イギリスの政治家ウィンストン・チャーチルは、その力強いリーダーシップと、誰にも負けない信念で、第2次世界大戦を勝利に導いた。

首相就任当初のチャーチルを描く

その指導力は、ビジネスリーダーの間でも評価が高く、コンサルティング会社PwCが2013年に調査した、「世界のCEOが選ぶ、最も尊敬するリーダー」のトップに選ばれている。


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そんなチャーチルの素顔をリアルに描き出したのが、3月30日に劇場公開される映画『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』だ。

同作の舞台は1940年5月。ナチス・ドイツが東欧や北欧諸国を占領し、ベルギーやオランダにも侵攻を開始、その脅威はイギリスにも迫っていた。イギリス国内では、自国の防衛強化を怠り、ナチス・ドイツの脅威にさらしたとして、チェンバレン首相が辞任。その後任として白羽の矢が立ったのが、ナチスに立ち向かうことを主張し続けていたチャーチルだった。

しかし、就任早々、内閣の足並みがそろわない。ドイツがフランスにも侵攻し、立ち向かわないといけない局面にもかかわらず、ハリファックス子爵、チェンバレン前首相らは、「ドイツと本格的な戦争になれば、多くのイギリス国民の命を危機にさらしてしまう。それを避けるためにもドイツと話し合いをするべきで、今なら平和的に解決ができるはずだ」と、なお和平を模索していた。

国民の命を危機にさらすことは避けたいが、全体主義の名の下に、近隣諸国へのを続け、ヨーロッパの平和秩序を乱すナチス・ドイツに妥協することは、民主主義の敗北を意味する。一方、ドイツ軍の侵攻は容赦なく進み、政権内ではハリファックス子爵たちが容赦なく揺さぶりをかけてくる――。


ストーリーの軸のひとつが、「ダンケルク撤退作戦」。取り残された40万の兵士をどう救うかも見どころのひとつ ©2017 Focus Features LLC.All Rights Reserved.

この緊迫した情勢の中で彼に降りかかる苦悩、葛藤。そんな八方ふさがりの状況の中で、それでも信念を貫こうと立ち向かった彼を支えたものは何だったのか? 手に汗握る描写の連続で、125分という上映時間はあっという間に過ぎてしまう。

作中では、フランス北端ダンケルクに追い詰められた、英仏連合軍40万の兵士を救出する「ダンケルク撤退作戦」についても、チャーチル側の視点で描かれている。昨年、そのダンケルク撤退作戦を忠実に映像化したクリストファー・ノーラン監督の映画『ダンケルク』が公開されているが、まさに『ダンケルク』の“合わせ鏡”的な作品として観る楽しみ方もできる。もちろん『ダンケルク』を観ていなくても楽しめることは言うまでもない。

映画『ダンケルク』を別視点で見る

チャーチルを演じるのは、『レオン』(1994年)での強烈な悪役や、「ダークナイト」シリーズ(2008年〜)のゴードン警部補役などで知られる、ゲイリー・オールドマン。しかし、普段のオールドマンのスリムなシルエットを知る人からすると、この映画に登場するチャーチルは、まったくの別人であり、驚いてしまう。この映画では、ぽっちゃりと太った風貌、葉巻と酒をこよなく愛し、辛辣でありながらも、ウイットとユーモアを忘れないチャーチルになりきっている。


ゲイリー・オールドマンのチャーチルの風貌と演技は、本物と見まがうレベルだ ©2017 Focus Features LLC.All Rights Reserved.

また、劇中で見せるチャーチルの演説も見どころのひとつだ。演じたオールドマンは、「チャーチル自身が書いた演説は、英語という言語の中で最もすばらしく、その言葉の数々を発したいと思った。装飾過剰な文体へと逃げ込まず、過剰な比喩を使っていない。彼は直接語りかけている人々が誰かを理解していた。そして自分が発する言葉が国民の心にしっかり届くように心掛けていた」と、作家や従軍記者もしていたチャーチルの表現力をそう評価している。

オールドマンは、チャーチルという実在の人物になりきるために、思考、言葉のアクセントやなまり、立ち居振る舞いはもちろんのこと、肉体的にもチャーチルになりきらなくてはならないと考えた。そこでオールドマンが頼ったのは日本人特殊メークアーティストの辻一弘だった。

『エクソシスト』(1973年)や『ゴッドファーザー』(1972年)などで知られる特殊メーク界の巨星ディック・スミスに師事した辻は、兄弟子のリック・ベイカーらとともにキャリアを重ね、『マッド・ファット・ワイフ』(2007年)など、アカデミー賞に2度もノミネートされている。そのスタイルはまさに、特殊メークを芸術の域に高めた偉人たちの系譜に連なるものであった。


オールドマンをメークアップ技術でチャーチルに「変身」させた、特殊メークアーティストの辻一弘。この作品で、本年度アカデミー賞のメークアップ&ヘアスタイリング賞にノミネートされている (配給会社提供)

2012年に映画業界を引退し、現代美術の道に進んでいた辻だったが、そんな彼にラブコールを送ったのはほかならぬオールドマンだった。「あなたが引き受けてくれたら、わたしはこの映画に出る」という彼の口説き文句に逆らうこともできず、辻は再び映画の特殊メークを担当することを決意したという。

とはいえ、顔の形、目などのパーツの配置など、チャーチルとは正反対であるオールドマンの顔をいかにしてチャーチルに似せるか。その特殊メークの開発と試作には6カ月という歳月がかけられた。撮影本番時も、ヘアメークに3時間半、衣装を着るのに30分。オールドマンは朝3時にスタジオに入り、撮影クルーが来る7時ギリギリまで準備に費やす日々だったという。

「政界一の嫌われ者」から「頼れるリーダー」に変貌

言うまでもなく、辻が作り上げたチャーチルの姿は、恐るべき完成度である。この映画ではほぼ全編、チャーチルの姿が映し出されているが、意識しなければそれが特殊メークであると気づくのは難しい。当然ながら、オールドマンを別人に仕立て上げた辻の仕事ぶりは高く評価され、本年度アカデミー賞のメークアップ&ヘアスタイリング賞にノミネートされている。“3度目の正直の受賞”、が期待されている。

脚本は、『博士と彼女のセオリー』(2014年)で知られるアンソニー・マクカーテン。彼は本作の脚本について「仕事のあり方や、リーダーシップとしての質、そして思考回路を考察する中で形を作っていった。チャーチルは言葉の力を強く信じていた。彼はペンを取り、脅威に直面した国を助けたのです」と解説する。


「政界一の嫌われ者」だったチャーチルが、国民から「頼れるリーダー」として支持されていく姿が描かれる ©2017 Focus Features LLC.All Rights Reserved.

チャーチルが戦後に発表し、ノーベル文学賞を獲得した自著、『第二次世界大戦』(河出文庫)の中で、アメリカのフランクリン・ルーズベルトから第2次世界大戦をどう呼ぶべきかと尋ねられ、「無益の戦争である」と即答したというエピソードがある。彼は「世界に残されていたものを破壊しつくしたこんどの戦争ほど、防止することが容易だった戦争はかつてなかった」と語っている。

「政界一の嫌われ者」だったチャーチルが、「頼れるリーダー」へと変貌し、決断を下すまでに至ったのか。この映画にはその過程が熱く語られており、現代に生きるわれわれにも多くの示唆を与えてくれる。

(文中一部敬称略)