ドミニカ共和国での少年野球の様子(写真:堺ビッグボーイズ提供)

横浜DeNAベイスターズの筒香嘉智が、「野球離れ」に対して警鐘を鳴らす勇気ある発言をした背景には、堺ビッグボーイズの取り組みがあったことは先日紹介した。『DeNA筒香を輩出「堺ビッグボーイズ」の挑戦』(2月12日配信)。それとともに見逃すことができないのは、「ドミニカ共和国」の存在だ。

レベルが高いドミニカ共和国のウィンターリーグ

筒香は2015年にドミニカ共和国のウィンターリーグに参加した。ウィンターリーグとは、NPB(日本プロ野球)やMLB(米メジャーリーグ)がオフのシーズンに、温暖な地域で行われるプロ野球のリーグ戦である。

ドミニカ共和国のウィンターリーグは6球団が各チーム50試合とプレーオフを行う。MLBやマイナーリーグをはじめ各国のプロ野球選手が個別に球団と契約して参加する。優勝チームはカリブ海諸国のウィンターリーグの勝者で争われるカリビアン・シリーズに進出する。


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ドミニカ共和国のウィンターリーグは、教育リーグや練習試合ではなく、純然たる興行として成り立っている。

MLBでプレーしているドミニカ共和国の選手にとっては「故郷に錦を飾る」意味もあり、人気もある。チーム成績が悪ければ監督は解任されるし、成績が悪ければ選手も解雇される。レベルは非常に高く、野手の場合、NPBの1軍の選手でも出場機会を得ることは難しい。

このリーグの存在を筒香に伝えたのは、少年野球チーム堺ビッグボーイズ代表の瀬野竜之介だ。瀬野は野球関連用品を取り扱う商社も経営しているが、5年前、日本人MLB選手のサポートのためにアメリカに滞在していたときに、当時JICA(独立行政法人国際協力機構)にいた旧知の阪長友仁に誘われてドミニカ共和国のプロリーグを見学し、そのレベルの高さと充実ぶりに感銘を受けた。

帰国後、筒香にその話をした。筒香も興味を示し、2014年のオフに球団に許可を求めた。

「球団は心配した。ケガしたら困るやないか、と。当然の話ですが」

瀬野は語る。

「じゃ、見るだけということで、2014年はウィンターリーグを見学するために、ドミニカ共和国へ行った。でも行ってみたら試合に出たくてたまらなくなった。そこで、2015年に今年こそ出場させてほしい、と筒香選手は球団に要望した。球団は具体的な内容を説明してほしい、と私たちに連絡してきた。それで私と日本での活動も開始した阪長君と2人で球団に説明に行きました。いろいろ説明をして、球団は承認しました」

こうして筒香は2015年にドミニカ共和国のウィンターリーグに参戦、サントドミンゴを本拠地とするレオネス・デル・エスコヒードの一員として、プレーした。チームメートの大半はメジャーリーガーだった。

成績は10試合34打数7安打0本塁打2打点 打率.206

芳しいものではなかった。前半は調子が良かったが、後半に失速したのだ。その後、無事に帰国した筒香嘉智は2016年シーズン、本塁打・打点の二冠王に輝いた。ドミニカ共和国での経験が彼の打撃を変える一因になったと言われている。

しかし、そこで筒香が得たものは、単に野球の技術レベルの話だけではなかった。ドミニカ共和国の野球に触れて、野球観そのものが変わってしまったのだ。


練習中に守備の連携を確認する選手たち(写真:堺ビッグボーイズ提供)

ドミニカ共和国と日本をつなぐ仕事をしたい

筒香のドミニカ滞在をエスコートしたのは現・堺ビッグボーイズコーチの阪長友仁。華々しい経歴を持つ野球人だ。阪長は、大阪府交野市の出身だが、新潟明訓高校に進み、1999年、夏の甲子園に出場、1回戦で名将上甲正典監督率いる宇和島東高と対戦、エース大星から本塁打を打つなど活躍。卒業後は、立教大学に進み4年次には主将を務めた。


1月14日の野球イベントで話した阪長友仁氏(筆者撮影)

「大学を出てから2年間はサラリーマンをしていたのですが、その後、海外を巡って野球の指導者としての経験を積みました。

ガーナでは北京五輪の野球競技に出場するナショナルチームの監督をしていました。と言っても、チームは国内に1つしかないので、野球を知ってもらうのが主たる目的でした。

その後、青年海外協力隊としてコロンビアで2年、さらにグアテマラで3年。グアテマラにいた時に、休暇を利用して周辺国の野球を学んだのですが、そこでドミニカ共和国の野球と出会った。そして、今度はドミニカ共和国と日本をつなぐ仕事をしたいと思いました。

ドミニカ共和国には、MLB30球団すべてのアカデミーがあります。子どもたちは、そのトライアウトに合格するために野球に励みます。アカデミーは日本の高校生の世代です。そのアカデミー(日本の高校野球の年代)でどのような指導を行っているのか、各世代でどんなことをしているのか、それが知りたかった」

ドミニカ共和国は、人口わずか1000万人だが、メジャーリーガーを2017年は151人も輩出している。人口1億2000万人の日本では今、メジャーでプレーしている選手は8人にすぎない。

「ドミニカ共和国には甲子園のような18歳をピークとする大きな大会はありません。子どもは最初からメジャーリーガーになりたいと思っている。そこから逆算して、技術やメンタルを学んでいくわけですが、指導者はその根底にもっと大事なものがあるというのです。それは”その選手が野球を好きになれるかどうか”ということです。

それがないと、技術を磨いたり、激しい競争の中で力を発揮したりすることもできない。だから、日本でいう小学生の時代には”野球好き”になることに集中する。とにかくこのスポーツは楽しい、時間も忘れてできる、と小学生のうちに思わないと、その先の可能性がないという考えです。

子どもたちに野球のいろんな動作をさせる。うまくできるときも、できないときもありますが、うまくできたときに、指導者がぱっと褒める、そういう繰り返しで、”野球が好き”という気持ちを育んでいくんですね。子どもたちはもともとうまくなりたい、という気持ちを絶対持っています。その気持ちを伸ばしてやるわけです」

日本とドミニカ共和国、どちらが野球先進国?

阪長はドミニカ共和国の野球の秘密を知り、これを深く学んで日本の野球関係者にも伝えたいと思うようになった。

「ドミニカ共和国の野球を見ていると、もっと日本の野球は変わっていかないと、発展性がないんじゃないか、と痛感します。ドミニカ共和国やほかの国で学んだ野球指導の経験を生かせば、子どもたちの可能性をもっと引き出せるんじゃないか、日本の野球を世界に広めようと出ていったが、逆に日本が世界から学ぶこともたくさんあるのではないか、と思うようになったんです。

日本に帰ってきたのは2014年です。以前から堺ビッグボーイズの瀬野代表とは、連絡を取っていました。瀬野代表が考える少年野球の未来に共鳴して、参加させていただくことにしたんです」

こうしてドミニカ共和国など世界で学んだ「野球」は、大阪にもたらされることになった。

「ドミニカ共和国の子どもたちは、小学生の時はほとんど練習しません。ずっと遊んでいるだけ、ひたすらバット振って、好き放題やっているだけです。日本ではさすがにそうはいかないから、練習メニューはあまり参考になりませんが、先を見据えた指導を行うという考え方は参考になります。

ドミニカ共和国の子は本当に野球を楽しそうにやります。それに、失敗を恐れていないし、できると思っている。すごくポジティブです。あちらでは大人が子どもをリスペクトしています。子どもがやりたいことは尊重する、そして大人はそれができる環境を用意してあげる。でも、踏み込まない領域があって、子どもがチャレンジすることはサポートするが、ああしなさいとか、なぜできないの、とかは言いません」と阪長は話す。

「堺ビッグボーイズでも、子どもたちには、なぜできない、とか、押し付けの指導はしません。親御さんにも、“こういう方針でやるので、何か言いたくなってもぐっとこらえてください”と言っています。

そして、失敗したあと、彼らがどうチャレンジしているのか、その過程でどう声をかければいいのかを一緒に考えてもらっています。ぐっと我慢するだけではなく、子どもをちゃんと見て、背中を押すべきときは押す、これが大切なんです。できたときにはそれを見逃さずに、このチャレンジを続けよう、と、励ます。タイミング良い声かけも必要です」

阪長が筒香嘉智に見せたかったのは、ドミニカ共和国のレベルの高い野球だけではない。試合の合間に、少年野球や現役メジャーリーガーの練習に触れる機会を用意した。そこで筒香は日本で自分が経験した野球とはまったく異質の野球に触れて、意識が変わったのだ。まさに「百聞は一見に如かず」だ。

142人の野球少年は、ほとんど傷ついていなかった

阪長は筒香だけでなく、指導者や野球関係者をドミニカ共和国に連れていき、現地のウィンターリーグから少年野球まで、野球視察をしている。今年初めにも視察ツアーを行ったが、この一団にはスポーツドクターの古島弘三も参加していた。古島は群馬県の慶友整形外科病院スポーツ医学センター長。

日本のトミー・ジョン手術(側副靭帯再建術)の第一人者であり、群馬県の学童野球指導者に選手の肘障害に対する予防と対策について講演を続けている。今回、古島は少年野球の視察に加えて、ある目的をもっていた。

「ドミニカ共和国の野球少年のひじ、肩の状態を検査しようと思っていたんです。142人の子どもを検査しました。日本では2〜8%の割合で見つかる外側障害である離断性骨軟骨炎(OCD)はゼロ%、日本の学童では半数以上経験している肘内側痛の既往は15%にみられただけです。本当に驚きました。しかも子どもの頃にまったく酷使をしていないから、成長期で負担がかからず、大人になって身長も大きく伸びるんですね。現地の指導の様子にも感銘を受けましたが、子どもたちは健康の面でも本当に守られているな、と実感しました」

阪長は全国を回って、指導者セミナーを行っている。そこではドミニカ共和国の野球を紹介しつつ、それと比較して日本の指導者(野球以外の部活も含む)に、現状について気づかせている。

今年に入って大阪で行われたセミナーでは、阪長は集まった指導者たちに1つの問いかけをした。

「高校野球、部活は教育の一環か? だとすれば、どういう部分がそうなのか?」


セミナーで指導者を前に話す阪長氏(筆者撮影)

指導者たちは口々に発言した。

「どのように生きるかを知らしめる」
「人間性を身に付ける」
「礼儀、作法」
「チームワーク」
「モノの考え方、生き方」

ひととおり出尽くしたところで、阪長は指導者に向かって、こう言った。

「これってみんな、子どもの将来に向けた目標ですよね。教育なんだから、そういうことでしょう。でも、皆さん、実際には子どもたちに在学中の結果を求めていませんか。甲子園や全国大会へ向けて勝つこと、成果を挙げることを求めていませんか? 教育とは教育を終えてから成果を出すことが目的であるにもかかわらず、教育中の結果を求めることは教育ではないのではないですか? ドミニカ共和国と、日本の少年野球の最大の違いはここにあるんです」

指導者は一様に、はっとしたような表情をした。

「ドミニカ共和国の子どもたちは、日本の子どもたちに比べて道具を大事にしないし、時間にはルーズ、ルールもきちんと守るのは苦手です。そういう部分は、日本が一番優れています。ドミニカ共和国の指導者も”見習いたい”と言います。そういう日本の良い部分と、ドミニカ共和国の、目の前の結果ではなく、先を見据えた指導を合わせれば、すばらしい野球ができると思いませんか?」

堺ビッグボーイズ代表の瀬野竜之介も言う。

「ドミニカ共和国の野球は、全部良いわけではありませんが、年代ごとに育成方法はよく考えられているし、小さい頃から無理をさせない仕組みができています。だから良い選手がたくさん出てきます。日本でもこうした仕組みを”ツール”として活用してほしいですね」

前へ進むことが大切だ

このオフ、横浜DeNAベイスターズは、筒香嘉智の横浜高校の後輩で、若手の有望株である乙坂智のメキシコウィンターリーグへの挑戦を許可した。筒香の実績があったから、今回は、その目的をすぐに理解したのだ。筒香嘉智は1月14日のメッセージの最後をこう締めくくった。

「人間は前例のないことを嫌います。(2015年オフに)ウィンターリーグに行くときも、いろんな人に反対されましたが、僕が翌年活躍したら、それからは、何も言われなくなくなりました。むしろウィンターリーグ行けと言う人が増えました。少しの周りの声におびえることもなく、必要なことはどんどんやっていきたい」

野球界の改革はこういう形で少しずつ進んでいくのかもしれない。

(文中一部敬称略)