3月18日のロシア大統領選挙まであと1か月余となり、ロシアは政治の季節を迎えた。

 日本のメディアではロシア国内では反プーチンの反対運動が活発化しており、ウラジーミル・プーチン体制に翳り云々との論評が好まれるようである。

 しかし、多少投票率が低下したところで選挙結果に影響を及ぼすものではない。ロシア国内ではプーチン大統領再選はほぼ既成事実化しており、どうも西側の期待とは相容れないようである。

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米財務省の制裁リストはクレムリンの電話帳

 国際関係の点でも、米財務省は1月29日に経済制裁対象となるロシア政府関係者およびビジネス関係者あわせて210人のリストを公表した。

 このリストには主だったほぼすべての政府関係者、ロシア財界人が名前を連ねており、ロシアのメディアは「クレムリンの電話帳」「ロシア版フォーブスリスト(長者番付)のコピー」と揶揄している。

 筆者もざっと目を通してみたが、ロシアメディアの例えは極めて的確である。

 やや意外だったのは、プーチン大統領には極めて近いとみなされているロシアナノテクノロジー社のチュバイス・ロスナノ最高経営責任者(CEO)が含まれていないことである。

 現役の政府関係者ではないこと、フォーブス誌に把握された個人資産が10億ドルを超えないことで機械的に外されたのであろうか。個人的には興味のあるところである。

 米財務省は制裁対象者リストを公表したものの、これがすぐに実際の経済制裁の発動につながるわけではないことを公言している。リスト公表後のロシア株式市場はほとんど無反応であったし、米系投資銀行は引き続きロシア国債の買い持ちを推奨している。

 このように年明けのロシアは、国内では大統領選挙、対外的には米国の対ロシア追加制裁と、多くのロシアのビジネスパーソンには積極的な行動に出られない冬眠状態にある。

 したがってロシアの実体経済も冬眠状態にあるのだが、活動が低下しているからといってロシア経済が苦境、ましてや瀕死の状態にあるわけではないことに留意する必要がある。

 ロシア経済が苦境を脱すると聞くと、OPEC+の減産合意が奏功し原油価格(北海ブレント)が1バレル70ドルまで回復したことで説明されることが多い。

 しかし、ロシアの経済成長の主役は国内消費である。2008年金融危機以前、すなわち原油価格が100ドルを上回る時期にあっても、ロシア経済の成長を牽引したのは旺盛な国内消費と投資であった。

 2015年、16年と続いたマイナス成長の主な原因もルーブルの切り下げによって国民の購買力が低下し、国内個人消費が大きく落ち込んだためである。

 その後、2016年夏にはロシア経済は底を打った。それは製造業部門でルーブル切り下げによる輸入代替の進捗、輸出の増加が見られたためである。

2017年夏から着実に消費回復傾向

12月の赤の広場 クリスマスマーケットは平日でも大賑わい


 それから1年余、2017年夏あたりからロシア国内の消費セクターにもやっと反転の兆しが見られる。

 大統領選挙前のロシアの冬眠の時期においても着実に回復基調にあることに注目したい。

 まず、月次の小売売り上げの推移を見てみよう。

 2015年初から前年比マイナスで推移していた指標は2017年6月から前年比プラスに転じている。新車販売についても2013年初から長く前年割れが続いてきたが、2017年3月から前年比プラスが続いている。

 小売売り上げの回復の背景にあるのは実質賃金の増加であるが(下の図)、それは名目賃金の上昇とインフレ率の低下という2つの要因が重なり合った結果である。

 まず名目賃金については堅調な上昇が持続している。昨年12月に発表された大手人材サービス会社Antalロシアの調査によれば、2018年に賃上げを行わないと答えた企業は33%だった。

 逆に過半の企業はインフレ率を上回る4〜6%の賃上げを、15%の企業が1%程度の賃上げを行うと回答している。

 業種別ではIT、農業部門での賃上げが顕著、小売業でもボーナスを追加する傾向にある一方、かつては好待遇を謳歌した銀行セクターは名目ベースでの賃上げも見送る傾向にある。

ロシア建国以来の低インフレ率

 またインフレ率の低下も顕著である。ロシアの2017年のインフレ率は+2.5%とロシア建国以来、最低の水準となった。

 インフレ率の低下は実質賃金の増加をもたらしただけではない。インフレ率の低下は銀行の貸出金利、特にコンシューマー・ローンの金利低下に反映される。

 実質可処分所得が実質賃金ほどに増えていない中で消費が増えている状況は、より多くの国民がコンシューマー・ローンを利用して消費を増やしているためである。

 もちろんこうした状況を手放しで喜んではいけない。すべての国民が銀行からのローンを受けられるわけではなく、こうした顧客はマイクロ・ローン、日本で言うところのサラ金から借り入れを行っているのである。

 マイクロ・ローンの大手、ダマシュニ・ジェンギ(Home Money)の昨年12月の発表によれば、2017年のロシア国内のマイクロ・ローン残高は2420憶ルーブル(約4600億円)、前年比30%の増加となった。

 他方、実際の消費者のマインドの変化を見てみよう。

 国内最大手ズベルバンクの投資銀行部門が四半期ごとに調査を行っている「イワノフ消費者指数」である(下の図)。

 同指数の特徴はロシアの中流階層に属する標準的なロシア人を抽出、アンケートを行っていることである (イワノフとはロシア人の最もポピュラーな名前の1つである)。

 この指数の推移をみても、ロシアの中流階層の消費意欲が着実に改善している姿がうかがえる。

 こうした状況はロシア国内の消費セクターの企業行動にも変化を与えている。

 まず顕著なのはスーパーマーケットの再編である。マグニット、X5といった大手上場スーパーマーケットは地方の中小スーパーを次々と傘下に収め、その規模を拡大させている。

他業態からリテール進出相次ぐ

 またモスクワはじめ都市部の店舗は大規模改装でイメージチェンジ(高級化)を図る一方、日本のコンビニエンスストアのような小型店舗の展開にも積極的である。ロシアの消費セクターが本格回復した時の市場を先取りする動きと言えよう。

 他業態からのリテールビジネスへの参入も注目される。

 ロシアのインターネット最大手ヤンデックス(Yandex)と銀行最大手のズベルバンクは、ヤンデックスのeコマース部門であるYandex.Marketに共同出資しビジネス拡大を図ることで合意した。

 ロシアのeコマース市場は欧米諸国に比べればまだ発展途上であり、消費セクターが回復すればオフライン市場を上回るビジネス規模となる可能性もある。

 日本企業も例外ではない。昨年9月、三菱商事とファースト・リテイリング(ユニクロの親会社)は三菱商事がユニクロ・ロシアに25%出資することを発表した。

 ユニクロがロシアに進出したのは2010年であるが、当初数年間は店舗数が1桁にとどまり苦戦を強いられていた。

 ところがここ数年は急速に出店ペースを上げ、2018年1月末現在で25店舗を展開するまでになった。両社ともに近い将来のロシアの消費市場回復を確信しての合意と考えるのが自然であろう。

 3月の大統領選挙の後には、6月のFIFAワールドカップが控えており、ロシアの消費者のマインドはいやがうえにも盛り上がる。 ロシア消費市場の回復が一段とギアアップすることを期待したい。

筆者:大坪 祐介