世界でいま最もホットな港といえば、パキスタン・バローチスターン州にあるグワダル港ではないだろうか。

 中国とパキスタンが「一帯一路」構想で進める「中国・パキスタン経済回廊」(以下、中パ経済回廊)の中核を成すのが、ここグワダル港の開発である。一帯一路プロジェクトの中でも、海のシルクロードと陸のシルクロードをつなぐ重要拠点としてひときわ注目を集めている。

 もともと中国とパキスタンは仲がいい。インドは中国よりも米国との外交関係を優先し、パキスタンはインドから分離独立した歴史を持つ。中国とパキスタンは互いに「反インド」をキーワードに結びついているといってよい。2015年には中国の習近平国家主席がパキスタンを訪問し、中国とパキスタンの外交関係を「全天候型戦略的協力パートナーシップ」に昇格させた。

 そのパキスタンで進められる中パ経済回廊は、一帯一路構想の成功を占う重要な試金石だ。先のダボス会議では、パキスタンのシャヒド・カカーン・アバシ首相が日本経済新聞の取材に対し、一帯一路への協力を強める考えを示した。

 だが、南アジア経済に詳しい拓殖大学大学院の小島眞名誉教授は、「一帯一路構想は、中国との関係が良好なパキスタンで進行するプロジェクトさえも盤石なものとはいえない」と指摘する。

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港湾として機能していない?

 グワダル港は、中国にとってエネルギー輸送の重要拠点である。中国はマラッカ海峡が米軍などに封鎖される「マラッカジレンマ」を回避するために、海路でグワダル港まで運んだ石油を陸路で中国国内に輸送する計画を進めている(下の地図)。

印の付いた場所がグワダル港(出所:Googleマップ)


(* 配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで本記事の図表をご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52242)

 グワダル港は、2007年からシンガポール企業が管理運営を行っていたが、治安などを理由に遅々としてインフラ整備が進まなかった。そこに入り込んだのが中国で、2013年1月から「中国海外港口控股有限公司」が管理運営権を掌握するようになった。

 同年5月、中国はパキスタンとの間で中パ経済回廊の交渉を開始した。その後、グワダル港はこの構想にドッキングする形で中パ経済回廊の中にはめ込まれ、中核プロジェクトとして開発が加速した。

 他方、グワダル港の近況を調べると「ほとんど機能していない」との声も聞かれる。ある海洋政策の研究者によると、荷物の積み下ろしをするガントリークレーンはたった2基しか動いていないという。また、港の後背地は砂漠であり、流砂が多いため常に浚渫(しゅんせつ:海底の土砂を取り除くこと)しなければならない。そもそも港湾には向かない場所なのだ。

 同研究者は「中国にとってはペルシャ湾の出入口を抑えるほうが重要だ。グワダル港での商業上のペイなど考えていないのではないか」とみる。この先も、グワダル港は機能不全が続きそうな気配だ。

目指すのは深センのような都市

 そんなグワダルで大型の不動産開発計画が突如浮上した。施主は、ドバイに拠点を持つ「China Pak Investment Corporation」。アラブ首長国連邦、英国、パキスタンの不動産会社が組織した会社だという。中国国家開発銀行とパキスタン財政部が共同設立した「China Pak Investment Corporation」とは別の会社である。

 この会社が2017年9月に英国・ロンドンで記者会見を行い、概要を明らかにした。「China Pak Hills」と称するこの計画は、360万平方フィートの敷地に住宅、オフィス、ショッピングモールを開発するというもので、第1期開発には5億ドルの投資が見込まれている。同社は「グワダル港周辺はいずれ中国・深センのように人口が増加し繁栄する」と期待する。

 その記者会見が物議を醸した。中国メディアによれば、施主は次のようなコメントを付け加えたというのだ。「2023年には50万人の中国人がグワダルで仕事をし、生活するだろう」――。

 この発言は、「中国が開発した港湾に、中国人と、中国からの貨物が溢れる近未来」を誇示していた。そんな“グワダルの中華圏化構想”に反発が生まれないわけがない。

 この会見に、ロンドンのパキスタン人・コミュニティが抗議の声を上げた。ロンドン在住のバローチスターン州出身者たちが結集し、「中パ経済回廊に反対」というプラカードを掲げて3時間に及ぶ抗議活動を展開したのだ。ロンドンでの会見には、パキスタン系投資家を集めようとの算段があったと思われるが裏目に出てしまった。

 それにしても、この大型開発案件は「China Pak Investment Corporation」という会社名といい、不可解な点が目立つ。中国資本ではないにもかかわらず、施主があたかも中国企業と誤認させるかのような振る舞いは、「中国のプロジェクトだと思わせておけば金儲けできる」という狙いなのだろうか。

地元民に殺害される中国人

 バローチスターン州は、パキスタンの中で「最も治安が悪い州」だといわれている。小島教授によれば「パキスタンでは、パンジャーブを除くほとんどの州で国の統制が効いていない。バローチスターン州も政府とのつながりが薄く、分離独立運動が盛んだ」という。

 バローチ過激派による中国人の殺害も多発している。IS勢力も潜伏しており、2017年6月、バローチスターン州の州都・クエッタで中国の民間人2人がISに殺害された。小島教授の論文『中国パキスタン経済回廊の実相』によれば、中パ経済回廊に関わるテロは2007年1月〜2014年7月の間に2123件発生した。そのうちの1040件はグワダル周辺の6県で発生しているという。

 基本的に「グワダル周辺の地元住民は、中国人労働者を起用する中パ経済回廊を歓迎していない」(小島教授)。グワダルに赴いた日本人は中国人に間違えられる危険性があるため、「ホテルから出ないように」と呼びかけられることもあるようだ。

 パキスタンでは、公共設備への資金需要は確かに高い。だが、プロジェクトを進める環境は決して整っているとは言えない。バローチスターン州だけをみても、根深い民族問題や土地問題、治安問題が存在する。地元民の反感も強い。

 小島教授によると「4000メートル級の峠を越える上り坂の石油パイプラインは、成功事例が極めて少ない」という。陸のシルクロードはマラッカジレンマの解決にはならない可能性もある。

 中パ経済回廊は一帯一路プロジェクトの中では最も先行しているが、見通しは厳しい。靄(もや)に包まれている一帯一路は、実を結ぶときが来るのだろうか。

筆者:姫田 小夏