人事部ー。

社内の人間模様や、人間の黒い欲望に直接触れることもある部署。

人事部から見た社内、それは人の業が蠢く社会の縮図であった。

涼子が働く恵比寿のベンチャー企業では、管理本部長・坂上の社内システム入れ替えのミスを、総務課長の後藤になすり付けるための黒い思惑にまみれた、人事異動が発表された。

ある日、総務課長後藤と営業部次長の平山と会議室の密会に潜入すると、後藤が退職を検討していることを知り、涼子はショックを受ける。

涼子は自分に何ができるかと悩み誠に相談し、自分が立ち上がらねばと社長に直談判し画策を進めようとする。




「坂上さんを、辞めさせたい?」

社長に聞かれて、涼子の心臓はバクバクと音を立てる。

-今、坂上さんを辞めさせたいと言えば、坂上さんを追い出すことができるの…?

だが、涼子は誠の『物事の本質をとらえているか、全社目線を持っているか』という言葉を思い返し、大きく深呼吸し、自身の考えを話した。

「坂上さんの話は、今は別で考えるべきだと思っています。今一番の問題の本質は、システム入れ替えが頓挫している事による会社への損失だと。

ですので、社長の管轄のシステム部門からシステム入れ替えに人手を貸して頂き、早々にシステムを稼働させ、会社にとっての損失を最小限にすべきではないかと考えています。」

社長は腕を組みながら静かに涼子の話を聞いた。

その表情は真剣で、感情は読み取れない。無言の時間がしばらく続く。

社長が何を考えているか分からず、目を合わせるのが気まずくなり、思わず涼子がうつむいた時、社長が口を開いた。


社長は何を語るのか


「なるほどね。高橋が私情や感情で動いているんじゃないかなって、少し心配だったんだけど、今の話を聞いて安心したよ。」

社長の顔に優しい笑みが浮かんだのを見て、涼子は大きく息をついた。

「俺も同じことを考えていたよ。とりあえず、システム入れ替えの問題は、早々に何とかしたいところだね。」

そう言うと社長は、うーんと天井を見上げながら、「やっぱり初期の仕様のミスか甘さが問題かなぁ」、「条件分岐を紐解いて、どうしても運用とシステムが合わない部分は、カスタマイズを依頼するか、社内でプログラム組むしかないかなぁ」と、自身の世界に入り独り言をつぶやく。

社長は難しい顔をしながらも、どこか楽しそうにも見える。こういう姿をみると、やっぱりプログラムが好きで、エンジニア出身なんだなぁと涼子は思う。

そうしてしばらく思案した後、社長は咳払いをひとつして、涼子に向かってこう約束した。

「ま、そもそも解決できるのか、その判断が必要だと思うから、システム部門から人を派遣するようにするよ。」

涼子は立ち上がり「ありがとうございます!」と、深々とお礼をした。

「まぁとりあえず座って。それにお礼を言うのはこっちだよ。」

涼子が座ると同時に、社長は大きく息を吐き、静かに話し始めた。

「システム入れ替えの進捗は、坂上さんに聞いていたけど、『もうすぐです、もうすぐです』の一点張りで、俺も信じきってたからね。」

社長は遠い目をして、涼子に話しているのか独り言を話しているのか、微妙な声量でポツリポツリと話した。




「会社を立ち上げた頃は、みんな会社を大きくしようと必死だったんだよ、今では想像できないかもしれないけど。俺はとにかくユーザーの要望に応えるために、システム改修に必死になっていた。

その間に坂上さんが資金繰りで、平山さんは営業として駆けずり回って、会社のルール作りや人集めを後藤さんや大竹さんがやってくれてね。朝まで話し合ったりしたこともあったよ。懐かしいなぁ。」

社長は背もたれに大きくもたれ、また天井を見上げる。

そして、ふぅと大きくため息をついた。

「みんなの頑張りもあって、会社も軌道に乗り、昔ほど頑張らなくても困らなくなってしまった。もちろんいいことなんだけど、俺も含め、胡坐をかいてしまってたんだろうね…」

涼子が初めて見る、社長の弱気な顔。

伏し目がちに手元のグラスを見つめる社長に、なんと言葉をかければ良いのか分からず、涼子はぎゅっと右手を握り締める。

だが沈黙はすぐに終わり、社長は続けて口を開いた。

「俺はエンジニアとして以外は全くの素人だし、それぞれのプロを集めて自由にやってもらった方がいいと信じて、完全に任せっぱなしにしてしまっていた。

会社の規模や状況が変われば、それに臨機応変に対応しないといけないのに、図体ばっかり大きくなって、中身が伴ってなかった。いや、気付いてはいたけど、見て見ぬフリしてたね…」

そう言って、少し寂しそうに笑った。

「明日朝イチでシステム部門のリーダーを集めて、人を捻出できないか確認して、坂上さんや後藤さんに連絡入れるようにするね。」


いよいよ社長が動く!?


「今日はありがとうね。ここで本当に大丈夫?」

社長はタクシーに乗りこもうとしながら、涼子を気遣ってくれる。

大丈夫ですから、と社長をタクシーに押し込み、涼子はタクシーの姿が見えなくなるまで見送った。

社長の寂しそうな笑顔が、脳裏から離れない。

社長からしてみれば、昔から一緒にやってきた仲間の、悪口というか、嫌な部分を聞かされるのはつらいに違いない。

だが、このまま会社が悪い方向に進むのを見て見ぬフリはできないし、してはいけない、と涼子は自分を奮い立たせる。

『長期的な未来を考えているか、全社目線で考えられているか』

-自分がよく見られる為に、イエスマンで見て見ぬフリをする大人なんて、まっぴらだわ。

涼子はタクシーを見送ると、踵を返し歩き始めた。



翌日のお昼前に、社長からメールがあった。

『システムの入れ替えのスピードを上げるべく、システム部から2名派遣する。必要があれば追加人員も構わないので連絡するように。また、システム部から人員を送っているので、随時進捗を報告する事』

管理本部長の坂上さん、総務部部長後藤さん、人事部部長大竹さんに送られていたが、おそらく社長の気遣いだろう、BCCで涼子にもそのメールが届いた。

普段の社長の文面とは違う、有無を言わせない簡潔な文章だった。

そのメールが届くや否や、後藤さんからメールが入る。

『届いているか分からないので、念の為メール転送致します。本件、高橋さんが動いてくださったのでしょうか。

正直、総務ではどう解決すべきか分からない部分が見つかったのですが、私から人員を割いてほしいと坂上さんに依頼しても無理だろうなと思っていました。本当にありがとうございます。また落ち着いたら、ご飯行きましょう。』

涼子がBCCだった為、届いているか分からなかったのだろう。

後藤さんの気遣いに感謝しつつ、これで本当に良かったのか結果はこれからだ、と涼子は気持ちを引き締めた。




それからしばらく総務部近くのミーティングスペースでは、総務部とシステム部が打ち合わせをしている姿が度々見受けられるようになった。

システム部の2名は社内でもエースと言われるエンジニアであるため、システム入れ替えへの熱の入れようが周りからもよく分かり、人事部内でも「ようやくシステム入れ替え進み始めたんですね」という声が聞こえる。

時折、その打ち合わせに坂上さんも呼ばれており、追加費用が発生しないといけないようなカスタマイズを依頼するのか、それとも社内で対応するのか、そういった判断を求められているようだ。

涼子は坂上さんのそんな姿を見るたびに、唇を噛みしめていた。

-坂上さん、今に見てなさいよ。

涼子は、“とある不正”を坂上さんがはたらいているのでは、と以前から疑っていた。

そう、夜の西麻布で坂上さんを見た時から…

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涼子が本当の反撃を開始する。次回、涼子と坂上の直接対決!