平安伸銅工業の本社事務所は大阪市西区江戸堀のテナントビル内にある(写真:平安伸銅工業)

今回は、現代日本の住宅事情にフィットして大いに売り上げを伸ばしている日用品メーカーを取り上げます。


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その製品とは、クローゼットの中などにある、おなじみの「突っ張り棒」です。この製品、隠れた場所にあることが多いのですが、それをファッショナブルに変身させて、目に見えるところで勝負。インテリアにこだわりを持つ消費者たちの間で人気となっています。

その仕掛け人が、平安伸銅工業の竹内香予子社長。生活情報誌(『ESSE』)、女性週刊誌(『女性自身』)などで紹介されて話題になり、TV番組(NHK「ルソンの壺」、日本TV系「スッキリ」)でも放送されて、その突っ張り棒へのこだわりぶりが好評でした。

おしゃれなネーミングと古めかしい社名

代表的商品の名前は「LABRICO(ラブリコ)」とおしゃれなネーミングですが、製造元の会社名は「平安伸銅工業」といささか古めかしい名前のままです。

この新旧の名前のギャップが興味深く、また30代前半で社長になって業績を回復させたらしい、との話も聞こえてきます。さらに調べてみると、実はこの竹内社長、元新聞記者で、それも筆者がかつて在籍していた新聞社グループにお勤めだったようです。興味津々で取材を申し込むとご快諾いただき、早速、本社のある大阪市西区江戸堀のビルにお邪魔しました。

普通のテナントビルなのですが、本社事務所のある4階のエレベーターが開くと、そこは異空間。まるでモダンなインテリアショップのショールームのようです。そこへ、たったいま岐阜の出張から帰ってきたばかり、という竹内社長が笑顔とともに現れました。まずは、入社の経緯と現在までの歩みをお聞きしました。

平安伸銅工業は、日本で最初に突っ張り棒をヒットさせたリーディングカンパニーです。

およそ40年前に竹内社長の祖父が渡米した際、シャワーカーテンを吊り下げる道具として使われていたテンションポール(=突っ張り棒)に注目。日本に持ち帰り、改良を重ねて突っ張り棒として発売しました。

40年前、わが国では、都市部への人口集中と手狭な住環境が問題となり始めていました。特に賃貸住宅は引っ越し時に原状回復が原則です。手狭な室内なのに釘を使った棚を作ってしまうと原状回復ができません。そこで皆はこぞって、部屋のスペースに合わせて棚を設けることができる突っ張り棒を購入したのです。

「突っ張り棒」は日本で独自に進化した商品

「アメリカでは、日本のような突っ張り棒的な使われ方はその後もありません。洋服も吊るせて、耐荷重80キログラムといった商品は日本だけです。ガラパゴス的に日本独自に進化した商品だと思います」と竹内社長。日本の住宅事情にフィットした同社の突っ張り棒は、最盛期の1995年、50億円もの売り上げがありました。


竹内香予子社長(写真:平安伸銅工業)

しかし、競合他社が次々に参入。価格競争も激化して、かつて同社で1000円以上で販売していた製品の類似品が、100円ショップに並ぶような時代になっていました。気がつけば、2010年の売上高は14億円まで縮小。最盛期の3割弱にまで激減していたのです。

当時、竹内社長は新聞記者として滋賀県の支局に配属され、県警や県庁を担当。入社3年目で会社組織の壁にぶち当たり、自分が単なる歯車のひとつにすぎないような焦燥感にとらわれていました。

そんな時、社長だった父親が体調を崩します。「本当に自分を必要としてくれる場所があるならば、そこで頑張ろう」と思った竹内さんは2010年、平安伸銅工業への入社を決意します。

娘の決意を聞いたご両親は、驚きました。企業経営の厳しさを知るだけに、親心として子どもに会社を継がせようとは思っていなかったのです。「でも、私が自分の意志で『やりたい』と言ったことを、最終的にはとても喜んでくれました」(竹内社長)。27歳、逆風下での船出でした。

業績回復のために何をしたらいいか、竹内社長は入社したての新鮮な頭で考えました。自分たちの会社の持っている強みは何か。何を有効活用すれば他社の突っ張り棒と差別化できるのか。また、どの市場に出ていけば価格競争に陥らないで済むのか、といった点も考えました。

幸いなことに、価格競争に疲弊した大手企業は、徐々に突っ張り棒市場から撤退し始めていました。残存者利益は確保できるかもしれない。急がれるのは、価格競争のない新しいマーケット探しでした。

その時、大きなヒントになったのが、自らの新婚時代の家探しの経験でした。予算の問題もあって新築が望めない身としては、中古物件でいかに快適に住むかが、切実な課題です。気に入ったインテリアショップやデパートで小物類を買い足して、居住空間を自分好みに変えていきました。

そしてリフォームの過程で、次のように考えました。

「限られた空間の中でいかに快適に過ごすかは、どんどん家を大きくしていくことができない以上、誰もが直面する課題。自分たちの会社でもその解決のお手伝いができないだろうか」

新しいライフスタイルを提案する突っ張り棒

今までの突っ張り棒作りの経験を生かし、それをもっとおしゃれな家具として提供できないか、と思ったのです。


こだわりの3色をそろえた「LABLICO(ラブリコ)」(写真:平安伸銅工業)

しかし、当時の会社は、競合他社との競争の中で「耐荷重」といった機能性を重視しており、新社長の「新しいライフスタイルを提案する突っ張り棒を!」といった主張には戸惑うばかり。現場から竹内社長には「具体的な形を示してほしい」との声もありました。

孤軍奮闘している竹内社長の頑張りを見て、応援してくれる人もいました。会社に出入りしている人材派遣会社の方です。竹内社長が抱いているイメージを形にしてくれる優秀なプロダクトデザイナーを紹介してくれたのです。

会ってみるとすぐに意気投合、早速入社してもらいました。議論を重ね、竹内社長のイメージがデザイナーの手で商品として形になります。あとは、老舗の技術家集団が熟練の腕で製品化。2016年8月、新商品「ラブリコ」が誕生します。竹内社長の夢が現実となったのです。

この商品、突っ張り棒といっても棒はありません。上下のキャップが、すなわち「ラブリコ」です(1セット・アジャスター付きで税別1480円)。ホームセンターなどで売っている2×4材を望みの長さに切ってもらい、その上下に、この2つのキャップを嵌めます。

上キャップにはジャッキがついていて、それを回すだけで2×4材がしっかりと固定できる仕組みです。竹内社長が望んだ、女性でもできるDIY製品なのです。

年間15万個を売り上げる看板商品に

ようやく形になりましたが、発売当初、一部の取引先からは「日本にDIYは根付かない。完成品でないと売れない」と厳しい意見もありました。しかし、色もこだわりの3色(オフホワイト、ブロンズ、ヴィンテージグリーン)をそろえ、雑貨感覚で選ぶ楽しさを演出。インスタグラムやフェイスブックも活用して、組み立てが簡単なこともアピールしました。そうした努力が実って徐々に売り上げが増加。今では、年間15万個を売り上げ、同社の看板商品となるまでに成長しました。


竹内社長と「DRAW A LINE(ドローアライン)」(筆者撮影)

この成功に力を得て、2017年4月に発表したのが「DRAW A LINE(ドローアライン)」です。「LABLICO(ラブリコ)」が開拓したDIY市場へのさらなる横展開を目指しました。

クリエイティブユニット「TENT」とのコラボレーションブランドで、突っ張り棒が、よりシャープな一本の線として表現されています。

そしてこの商品に合わせて独自開発された照明などを組み合わせると、賃貸マンションの一室がデザイナーズマンションのモデルルームのように変身します(「ドローアライン」はサイズによりますが、突っ張り棒は税別3500円〜。突っ張り棒と照明とテーブルのセットは、税別4万2000円程度)。

2018年春には、付帯グッズをさらに充実させ、より豊かなライフスタイルを提案していく予定です。こうした新商品にも牽引され、業績はここ3年右肩上がり。2017年の年商は22億円まで回復しました。

冒頭で書いたとおり、竹内社長はかつて新聞記者でした。その経験はどう生きているのか、尋ねてみました。

「記者時代、けっこう潜入取材がありまして、その『現場主義』は今でも、仕事に向かう基本的姿勢になっています。あと、上司からは何事にも興味を持て、と言われていました。もともと好奇心は強いほうなので、そこは自分の強味だと思います」

実は竹内社長、「DIY FACTORY」というECサイトが運営しているDIYスクールに入学。生徒としていろいろなことを学び、DIYをする顧客はどんなふうに作業し、どんなことに困っているのかを、自ら体験しました。まさに、現場主義。この経験が、その後の商品開発のアイデアに大いに役立っているそうです。

ついていけずに退社する社員も

竹内社長が入社した当時は15人だった従業員も現在は40人。女性社員もかつては経理だけでしたが、今では子育て中の社員も含め16人になり、若い女性の感性が生かされる職場に変わってきています。一方で、竹内社長のやり方についていけずに退社する社員もいて、この7年間で3分の2が入れ替わったそうです。

ここで、社員に辞められるのはつらいと思いますが、どのようにして気持ちを切り替えられるのですか、といささか意地悪な質問をしてみました。

「やはり、いろいろ考えて落ち込みます。一人、会社で泣いたこともあります。でもそういうとき、必ず支えになってくれる人がいるんです。人材派遣会社の方もそうでしたし、デザイナーの方もそう。もちろん、私を信じてついてきてくれる社員さんたちにも支えられました。私、人に恵まれてるなって思うんです。えらそうなことを言えば、経営は人で成り立っている、とホントに思います。お一人お一人に感謝です」

人材で苦労した経営者の、重い言葉だと感じました。


自宅の広いワンルームマンションでの実例を紹介(写真:平安伸銅工業提供)

現在、竹内社長は自ら広告塔となって各種メディアに登場。「突っ張り棒博士」として、さまざまな突っ張り棒の利用法を提案しています。テレビでは、自宅の広いワンルームマンションでの実例を紹介し、説得力のある映像になっています。


キッチンにもラック付き突っ張り棒を活用(写真:平安伸銅工業)

まず玄関では、先程の「ドローアライン」の飾り棚セットがスタイリッシュにお出迎えです。部屋に入るとまず目につくのは、カフェの飾り棚のような表紙を前にした本棚。普通の本棚に、木の質感に合わせた突っ張り棒を配置しています。

そしてクローゼットの中は、棚板やカゴがついた突っ張り棒でスッキリと収納。ついゴチャゴチャするキッチンも、ラック付き突っ張り棒で食器や調味料などを整然と並べています。洗面所も、洗面台下に突っ張り棒と100円ショップのカゴで収納スペースを確保。わずかなスペースを有効活用しています。

100円ショップの製品も活用

目に見えるところは、自社の「ラブリコ」や「ドローアライン」が使われていますが、そうでないすき間スペースや引き出しの中は100円ショップの製品を活用。こうしたあたりの自在さも、「突っ張り棒博士」の面目躍如といったところでしょう。


バネタイプ突っ張り棒(写真:平安伸銅工業)

平安伸銅工業の最新カタログを見ると、後半に「Weekend Workshop」というブランドが紹介されています。自らのDIYスクール体験を生かし、大工仕事に慣れない女性方でも週末気軽にDIYを楽しめるようにと考え出されたブランドです。

社会が成熟し、暮らしも豊かになりました。しかし住環境は決して改善されておらず、手に入れられる環境、スペースには限りがあるのが現実です。その中で竹内社長は、単なる道具の提供だけでなく暮らし方のノウハウまで提供する、つまりハードとソフトを融合させ、毎日の暮らしを豊かにしていけるよう提案し続けているのです。

最後に、竹内社長の社名への思いを聞かせてもらいました。

「祖父が創業者で、戦後は銅を溶かしていろいろなものを作っていました。今はもう銅製品はありませんが、社名と共に起業家精神を祖父から引き継いでいると思っています」

横文字の製品ラインナップ、インスタグラムやフェイスブックでの製品活用例の紹介など、まさに時代の最先端を行きながら、65年の会社の歴史もしっかりと見据えています。その新製品が、時代に迎合した浮ついたものでなくどっしりした風格を感じさせるのも、平安伸銅工業の長い歴史と熟練の技の賜物だと思いました。