結婚に必要なのは、お金or愛?

それは、女にとって永遠のテーマである。

“最後は愛が勝つ”と信じたくてもそれは理想論だということに、女たちは徐々に気づいていくのだ。

しかし「お金より愛が勝つ」と言い切る、ある女がいた。

その名は、愛子。

金に目がない女だらけの東京において、愛子は信念を貫き、幸せな結婚生活を勝ちとれるのか?

広告代理店で働く29歳の愛子は、婚約者の知樹と幸せな毎日を過ごしていた。

一方、同時期に医者との結婚を決めた親友の明日香は、御曹司・翔太が愛子に好意を抱いていることに気がつき、愛子をそそのかす。

そして愛子は、ついに翔太からプロポーズをされたのだった。




上司との面談を終えた愛子は、デスクに戻りながら小さくガッツポーズをした。

年度末の人事査定。愛子は見事、「Sランク」を獲得したのだ。大型の新規案件を受注できたことが大きく評価されたようだ。

上機嫌の愛子の元に、同期の男子社員がやってきて、冷やかす。

「聞いたよ愛子、あの“ナッシェン”を受注したんだって?やるじゃん」

愛子が笑って頷くと、同期の男は時折悔しそうな表情を浮かべながら言う。

「あそこは随分前から、他の代理店がガチガチに入ってて難攻不落って言われてたのにな。一体どんな手を使ったわけ?教えろよ」

涼しい顔をして微笑む愛子を見つめていた同期が、突然ハッとしたような顔をした。

「愛子、ちょくちょくあそこの御曹司と食事行ってたよな。さては、お前…!?」

愛子は一言、バカね、と呟いて立ち上がると、唖然としている同期を残してオフィスを颯爽と出て行くのだった。

キャンペーンの詳細の打ち合わせのため、愛子は急ぎ足でナッシェンのオフィスへと向かった。



ドレス選びの件で言い合いになった後、知樹とはぎくしゃくした日々が続いている。その週は、ドレスショップに新婦衣装の小物合わせに行かなくてはならず、愛子はひとりで銀座に来ていた。

前回知樹と二人でショップに訪れたときは、美しくて特別な空間にあんなに胸が高鳴ったのに。ひとりで訪れると、まるで別の場所のようによそよそしく感じる。


知樹or御曹司・翔太。愛子が出した結論とは?


“もっと俺を頼って欲しい”


憂鬱な気分を振り払うようにして、背筋をのばし、ショップの玄関をくぐる。

個室に通されるなり愛子は、思わず「あっ」と小さな声をあげた。

そこには、愛子が前回の試着で選んだウェディングドレスと、もうひとつ、諦めたはずのマーメイドラインのドレスが両方つり下がっていたのだ。

「あの、これはどういうことですか?」

慌てて愛子が尋ねると、店員は不思議そうな表情を浮かべて答えた。

「御新郎様から、先日お電話いただきましたよ。やっぱり2着とも着ることにされたんですよね?」

状況がよく飲み込めないまま小物合わせを済ませ、店を出てから知樹に電話をかけた。




「トモくん。ドレスの件だけど、どういうこと…?」

すると知樹は、照れたように笑って答える。

「あれは、なんていうか…俺からのプレゼント。愛子、本当は2着とも着たいのに遠慮してたでしょう?」

知樹は、2着目のドレスをこっそり予約してくれていたのだ。しかも、お色直しで中座をするのは気がひける、と以前に愛子が言っていたことも考慮して、プランナーに相談までしていた。

「挙式と披露宴の間にドレスを変えれば、披露宴中の中座もしなくて済むって。それならゲストとゆっくり時間を過ごせるから、心配は無用だよ」

愛子が言葉を失っていると、知樹は「あのさ」と言って、話し始めた。

「愛子からしたら、俺は不甲斐ない男かもしれないけど、ひとりでなんでも抱え込まないでほしい。俺ももっと、頼れる男になるよう努力する。だから愛子も、もっと俺を頼ってほしいんだ」

「トモくん…ありがとう…。本当にごめんね…」

知樹は笑いながら「夕食作って待ってるから、早く帰っておいで」と言って電話を切った。

人々が足早に通り過ぎる銀座の道のど真ん中で、愛子はその場から一歩も動くことができない。これまで一度も人前で泣いたことなんてなかったのに、今日だけは、頬を流れ落ちる涙を止めることができなかった。



家に着いた頃、愛子の電話が鳴った。相手は、明日香だ。

「もしもし愛子、今から家に行ってもいい…?すぐ近くまで来てるの…」

明日香は、真っ赤に泣きはらした目で、大きなボストンバッグを抱えて現れた。そして愛子の顔を見るなり、堰を切ったようにまくし立て始めた。

「結婚してからも数年は東京で暮らすはずだったのに…公平さんのお父さんの体調が悪くなったらしくて、予定よりずいぶん早く和歌山に引っ越すことになりそうなの。どうしよう、私…!」

愛子は明日香をリビングの椅子に座らせると、穏やかな口調で言い聞かせる。

「明日香、落ち着いてよ。和歌山に行くのは前から決まっていたことじゃない。時期が少し早まっただけでしょう?一体、どうしちゃったの?」

すると明日香は、再び泣き始めた。

「私、自信がなくなっちゃったの。結婚式の準備も、お母さんの口出しが凄くてウンザリよ。結婚前からもうこんな調子で、同居なんて始めたら、一生私は言いなりになるんだわ!」

結局あれほど張り切っていた明日香の結婚式準備は、ことごとく母親によって却下されてしまったらしい。オーダーメイドの引き菓子や引き出物も変更させられ、ブライズメイドの企画も許可が下りなかった。


御曹司・翔太のプロポーズへの答えは?




「公平さんも両親には頭が上がらないみたいで庇ってくれないし、あの人にもガッカリよ…!私のことが大切じゃないのね。だから私、公平さんのことが許せなくて家を飛び出してきちゃったの」

するとそれまで黙って話を聞いていた知樹が口を開いた。

「明日香ちゃん。公平さん、何度か僕のところに料理を教えて欲しいって連絡くれたんだよ。最近明日香ちゃんが元気ないから、どうしても料理を作ってあげたいって。そこまでしてくれる人が、明日香ちゃんのこと大切に思ってないだなんて、本気で言ってるの?」

「そ、それは……」

さすがの明日香も、公平の思いがけぬ優しさに心が動いたのか、その日は大人しく自宅に戻っていった。




愛子は、査定のおかげで翌年度の年俸があがり、さらには携帯電話キャリアの次の大型プロジェクトを、リーダーとして再び任せてもらえるチャンスを掴んだ。

翔太とは、その後も打ち合わせで何度か顔を合わせたが、二人きりで会うのは、ナッシェンのオフィスの近くでディナーをしたのが最後になった。

「藤原さん、ごめんなさい。私、藤原さんと結婚はできません」

愛子が頭を下げると、翔太は寂しそうに「はじめからそう言われるとわかっていました」と笑ってから、言った。

「今まで僕の周りには、金や財産に目が眩んだ女性ばかりだった。だから“金より愛”という信念を貫くあなたが、本当に眩しく見えたんです。なのに僕は自分の財産や地位であなたを振り向かせようとした。情けないですね。あなたはそんなに弱い女性じゃないのに」

でも愛子は、「いいえ」ときっぱり答える。

「そんなこと、ありません。確かに以前は本心で“お金より愛”だって信じていたけど、今は色々あって、はっきりそうは言い切れませんから」

お金があるに越したことはないし、お金さえあれば避けられる苦労もたくさんある。「愛さえあれば」という綺麗事だけでは乗り越えられない現実があるのは、愛子がここ数ヶ月の結婚式準備を経て、痛感したことだった。

「でも…だからと言って、結婚相手にお金を求めるのは、やっぱり私には、何か違うんです」

翔太は納得したように頷く。

「わかりました。でも仕事の方では、これからもよろしくお願いします。愛子さんには期待しているんですから。こちらはビシバシ、やらせていただきますよ」

翔太との食事を終え、店を出た愛子はふうっと大きく息を吐いた。表参道を歩いていると、明日香の住む渋谷のタワーマンションが堂々と輝いているのが目に飛び込んでくる。

高級マンションに高級車、一流ブランドの鞄にジュエリー…。東京には、お金がなければ手に入らないものがそこらじゅうに溢れている。もちろん愛子だって興味がないわけがないし、時には喉から手が出るほど欲しくなることだってある。

でも、欲しいなら、愛子にできることはひとつだけ。働いて稼ぐのみ。買えないのならばそれまでだ。欲望に溺れて自分を見失いたくはない。

玄関のドアを開けると、夕食の良い香りが廊下まで漂ってきた。今日のメニューは、ビーフシチューだろうか。

「愛子、おかえり!」

知樹が笑顔で迎えてくれる。

何億の札束を積まれたって、失いたくない愛子の宝物。今後何を諦めたとしても、絶対にこの存在を手放すわけにはいかないと愛子は改めて思うのだった。

ーFin.