東京を生きる女たちは、もう気がついている。

「素敵な男の隣には、既に女がいる」という事実に。

自分が好きになるくらいの男を、他の目ざとい女たちが見過ごすはずがないのだ。

繭子は商社勤務の洋平と付き合って2年になるが、彼からプロポーズの気配はなく、他の女の影をも感じて、彼に嘘の予定を告げ、深夜に我を忘れて洋平を待ち伏せる

繭子は洋平に駆け引きのつもりで「結婚できないなら別れる」と告げたが、あっさり「わかった」と言われてしまう。

別れを受け入れられない繭子は洋平に「もう一度会いたい」とLINEを送るが…。




最後のLINE


-会いたいなんて、言わなければよかった。

ここ数日、何度同じことを考えただろう。

まだ薄暗い部屋で、目が覚めたらまず、洋平からのメッセージの有無を確認する。

どうして返事をくれないの?

最初はただただ、疑問に思った。そして、傷ついた。

しかしその虚しい作業を三日三晩続けたのちに、私の心はもう、痛みすら感じないほど空っぽになってしまった。

2年もの月日を一緒に過ごしてきたというのに、LINEさえ返ってこない。

気軽に連絡を取り合うことさえ、もう許されない。

私にとって洋平は最も身近な存在だったのに、今では世界で一番遠い存在になってしまった。

その現実を、私は受け入れるほかない。どんなに胸が、張り裂けそうでも。

差し込む朝陽につられて顔を上げると、その瞬間、車窓に映る自分が目に入る。

その表情が今にも泣き出しそうで、私は無理やりに口角を上げた。

しかしそんな努力もまた、たった一通のLINEが台無しにする。

メッセージを送ってから4日目の朝、ようやく届いた洋平からのLINE。

そこには、一言だけ、こう書かれていた。

“ごめん。俺たち、もう会わない方がいいと思う”


洋平から拒絶されてしまった繭子。しかしシバユカの冷静なツッコミに、我に返る?


どこが好きなんですか?


ランチタイム、ブリックスクエアの『アンセンブル by マイハンブルハウス 丸の内』。

食欲なんてわかない…と思っていたのに、海南チキンライスの香りを嗅いだらお腹が空いてきて、そんな自分をちょっと逞しく感じる。

「そんなわけで…もう完全に終わりみたい、私たち」

できる限りさっぱりとした口調を意識したものの、結局湿っぽくなってしまって、私はぎこちなく笑う。

ふと考えてみれば、このところずっと、ランチタイムは私の恋愛相談に終始してしまっている。自分のことで精一杯で、周りに気を配る余裕がなかった。

親身に話を聞いてくれる二人に完全に甘えてしまって…シバユカなんて、3つも年下なのに。




「…繭子さんって、洋平さんのどこがそんなに好きなんですか?」

「え…?」

何かに思いを巡らせるように、しばし沈黙していたシバユカが私に尋ねた。

「いや、なんか…ずっと話を聞いてきましたけど、正直、繭子さんにとって洋平さんの存在って、まったくプラスじゃない気がして。

2年経ってもプロポーズの話題も出ずにやきもきさせられて、結婚を迫ったら30歳の誕生日に断られて。挙げ句の果てには“もう会わない方がいい”とまで言われて。…好きでいられる要素、どこかにあります?」

私をまっすぐに見上げて瞬きをする、シバユカの長い睫毛。

その様子をスローモーションのように眺めながら、私は彼女の冷静かつ的確な質問を頭の中で反芻した。

出会った頃は、たしかに楽しかった。満たされていた。幸せだった。

しかし30歳が近づくにつれ、私が求める未来と洋平の未来、私と彼の歩むペースが、少しずつ違っていくのを感じないわけにいかなかった。

そしてそのズレを、私自身が、許容できなかった。

それが焦り、嫉妬、不信…マイナスな感情へと形を変え、どんどん私を、私たちを、窮屈にしていった。

そう、きっともう随分前から、私と洋平の恋は終わっていたのかもしれない-。

「好きでいられる要素なんて…ないね、一つも」

自分に呆れながら笑ってそう答えたら、思いがけず心がふっと軽くなった気がした。

以前シバユカに、「洋平さんを好きなんじゃない。費やした時間や労力に縛られているだけ」と言われたが、その言葉の意味を今、身をもって実感したような感覚だ。

心配そうに私を見つめていた優奈とシバユカも、私と一緒になって笑い、その明るい音の響きは、私を無条件に前向きにしてくれた。

「繭子さん、失恋の傷を癒せるのは…新しい男だけです。とにかくすぐに、新しい恋を始めましょう」

シバユカが悪戯っぽく私を覗き込み、目配せをする。

-新しい恋、か。

そう考えた時、私の頭に浮かんだのは。

私の痛みを引き受けるように悲しい表情を見せた、日高さんの顔だった。


「とにかくすぐに、新しい恋を」シバユカの助言に従い、繭子は行動に出る


私の欲しい愛は


ー数日後ー

「小柳さん。すみません、また常務の予定を押さえたくて…」

聞き覚えのある足音がして、背後から声をかけられた。

いつの間にか、もう声で誰だか確信できるようになっている。

「はい、少しお待ちください」

私はいつもと変わらぬよう事務的にそう言って、日高さんの様子を伺った。

先日、私に一度デートの誘いを断られている彼は、さすがに再び踏み込むことを躊躇っているようで、今日は距離を縮めようとしない。

-今、誘ってくれればOKなのに。

そんな風に思うも、テレパシーが通じるような相手ではないのだ。

しかしそっと盗み見る大きな身体も四角い顔も、以前のように嫌な気はまったくしない。むしろシバユカの言うとおり可愛く思えてくるから不思議だった。

-私は彼のいいところを、見ようとしていなかっただけなのかも…。

穏やかで、優しくて、誠実。そして何より、自分だけを見てくれる安心感。

私が今求めているのは、今欲しいのは、そういう愛だ。

そして私の目の前にいる彼は、まさにそういう愛をくれる男に違いなかった。




「そうだ、日高さん」

常務の予定を待っている彼を振り返り、私はほんの少し甘えた声で、小さく呼びかけた。

そして少し首を傾け、日高さんを覗き込む。

「…前に誘ってくれたデート、今度の週末でもいいですか?私、ドライブに行きたいな。冬の海が見たい」

口を動かしながら、なんて自然に思ったことを言えちゃうのだろうと、自分でも驚く。

これが食べたいとか、ここに行きたいとか、自分の好きなこと、やりたいことを、相手の顔色を伺うことなく言えるのって、なんて楽で心地よいのだろう…!

「いいですね!ドライブ!」

私の言葉にわかりやすく喜び、無駄に大きな声を出す日高さんに、私は慌てて人差し指を口に当て「静かに」と伝える。

すみません…と小さくなる彼がおかしくて、私は久しぶりに声をあげて笑った。

▶NEXT:2月19日 月曜更新予定
最終回:繭子と日高さんの関係やいかに。そして衝撃の事実、発覚。