バブル崩壊後の低迷する日本を生きてきた"ゆとり世代”。

諸説あるものの、現在の20代がこの世代に当たるとされる。

仕事も恋も、何もかもが面倒くさい。報われる保証もないのに、頑張る意味がわからない。

外資系コンサルティングファームに勤める瑞希(26歳)も、まさに典型的な“ゆとり”。

趣味はNetflix、たまに港区おじさん・水野と出かけるのは庶民的な餃子屋。

高学歴、高収入、容姿端麗。誰もが羨むハイスペにも関わらず、その実態は信じられないほど地味だ。

“ゆとり”は、恋愛にも非常に淡白な価値観を持っている。

大学からの友人・亜美から聞いた「ほぼカレ」の存在。恋愛のオイシイところだけを得る合理性に納得しつつも、しかし瑞希は言い得ぬ寂しさを感じてしまうのだった。




『コーヒー行かない?』

ディスプレイの左下に、社内チャットのポップアップが表示された。

瑞希が担当しているクライアント先に、同じく出向している先輩・工藤からのものだ。

―…面倒だなぁ。

暇だからといって先輩に気を遣いつつコーヒーを飲むくらいなら、デスクで仕事らしきことをしていた方がまだマシだ。

とはいえ今2人がアサインされている案件は非常に暇で、断る理由が無いことくらい彼も分かっているだろう。

『良いですね、5分後に下のロビーで良いですか?』

何か良い断り方が無いか一瞬考えを巡らせたが、そんなことはおくびにも出さずメッセージを打ち返した。



ランチタイムもとっくに終わり、ロビーはぼんやりと静まり返っている。

フロア案内板横の壁にもたれる工藤を見つけ、小走りに駆け寄った。

瑞希より2つ上の彼は、すらりと高身長、純日本人なのになぜかハーフのように目鼻立ちのくっきりと整った端正な顔、休日は仲間とフットサル...という”爽やかな好青年”を絵に描いたような男だ。

そして本人も、きちんとそれを自覚している。

「どこ行こうか?」

「そうですねえ、天気も良いですし交差点前のスタバまで歩きますか?」

―あー、2階のタリーズでも良かったのに、なんでまた…

全然乗り気でも無いのに、気付けば愛想の良い言葉が口からするすると出てくる自分が恨めしい。

“人間関係が何より大事”という価値観を瑞希は常々面倒に感じているが、先輩たちは”社内ネットワーキング”と称して頻繁に同僚をランチやコーヒーに誘う。

大した議題がある訳でも無いのに、友達でも無い仕事仲間とだらだら近況報告をし合うことの意味が、瑞希にはよく分からない。

しかし、そういった誘いを断ることで”協調性が無い”だとか”感じが悪い”だとかいう印象を残すくらいなら、多少面倒臭さを我慢してでも社内での”親交”を深めておいた方が、よっぽど得だということくらいはよく分かっていた。

口から漏れそうになった溜息を深い呼吸で吸い込み直し、瑞希は工藤の背中を追いかけた。


工藤が語る”ゆとり”男子の恋愛観。費用対効果が最優先!?


「えっ、初デートであそこに...?」

瑞希は素っ頓狂な声で聞き返した。

先月社内の飲み会で使った居酒屋に、工藤はなんと初デートで行ってきたと言うのだ。大人数で貸し切りもしやすく、手ごろな価格帯のため使い勝手は良いが、デート向きかと言われると...微妙なところだ。

そこそこ長い付き合いの彼女となら、たまにはそういう気軽な店も良いだろう。しかし口説きたい女の子を最初に連れていく店ではないように思える。

「なんていうか...意外です、先輩ってもっと洒落たレストランとかバーで女の子口説いてるのかと思ってました」

「いや、基本初デートは居酒屋って決めてるよ。しかも超普通な感じの。だってさ、最初から高いレストランとか連れてったら、毎回期待値上げられちゃうばっかりだろ」

言っている内容は後ろ向きなのに、工藤は何故か自信満々な顔で言い放つ。




「でも先輩なら、いくらでも良いレストランとか知っていそうなのに」

チームで食事に出る時も、いつも工藤が話題の新店を手際よく手配してくれる。雰囲気も味も良い素敵なお店をたくさん知っていて、さすがモテる男は違うなと感心していた。

「自分が行くのと女の子に奢るのは別でしょ。むしろ女の子にお金使うくらいなら貯金したいし、高いレストランばっかり行きたがる彼女なんか欲しくないし。

だったら最初から『俺がお前に使うのはこれだけ』ってアピールしておいた方がお互い変な期待しなくて済むだろ」

ここまで自然体で言われると、そりゃそうだ、という気にもなるから不思議だ。

「”超美人で素敵なあの子を絶対落としたい!”って時も居酒屋なんですか?」

「俺、そもそもそういう子にあんまり興味ないかも。そういう子って世間でチヤホヤされてて面倒くさそうだし。仕事だって忙しいし趣味にだって時間使いたいし、時間・費用対効果を考えたらそういう子は最初からナシかな」

そういえば工藤が前に付き合っていたという彼女の写真を見せてもらったときには、意外と地味な人だなと思ったことを思い出す。

顔も良いしモテそうなのにもったいない、と一瞬思ってから、”費用対効果”を考えれば確かにそういう考え方もあるのかもしれない、と瑞希は少し納得したのだった。


ゆとり男子・工藤の要らぬお世話で、恋愛無精の瑞希に転機が...?


「そういえば上野、彼氏いなかったよな?結婚とか考えないの?」

「もう長年居ないですよ。結婚とか考えようにも相手が居ませんし!」

自虐的に言うが、顔もスタイルも人並み以上の瑞希は決してモテないわけではない。

結婚願望はそもそも無いが、そんな話を先輩にする必要は無いので、適当に誤魔化す。

社内で快適な人間関係を築き、先輩からも可愛がられることが、仕事をより”楽”に進めるコツだ。

愛想を振りまいて、嫌みじゃない程度にお世辞を言って。

仕事はきちんとやるけどプライベートはサッパリという体で、バランスを取る。

実際社内での瑞希の評価は、”美人で仕事は出来るがちょっとダメで可愛い後輩”と、程良いところに落ち着いている。




しかし今日は、この発言が仇となった。

「それなら良い奴居るから紹介してやるよ!俺の大学の同期なんだけど、彼女募集中だからさ」

―うわぁ、余計なお世話なんですけど…

思わず本音が顔に出そうになるが、かろうじて唇の右端を引きつらせるだけに留めた。

「ほんとですか!さすが先輩、頼りになります!」

ここまで本音と逆のことを言って可愛がられる必要があるのか…と思いながらも、瑞希は半ばやけっぱちで笑顔を作った。



「…ていうことで来週は餃子お休みすることになっちゃったんです」

最早土曜の定番と化した『タイガー餃子軒』で、瑞希はぷっくり餃子を頬張る。

「へぇ、上野さんが、デート。流石に化粧するんだよね?」

おかしそうに水野はハイボールをすすった。

向かいに座る瑞希は、今日もいつも通りどすっぴんだ。

「そりゃしますけど…なんでせっかくの土曜を人に気遣って過ごさなきゃいけないんですかね」

言いながら水野が注文したパクチー豆腐を、1枚たりともパクチーが落ちないよう慎重に自分の皿へ移す。

家から徒歩3分の餃子屋で、特に待ち合わせるでもなく適当な時間にお互い集まり、こうしてだらだらビール片手にくつろぐ方が、余程楽しい土曜の過ごし方ではないか。

しかし、瑞希はここでも、自分の考えが相手とはズレていたことを思い知る。

「じゃあさ、その次の土曜は空けておいてくれる?...デート仕様の上野さん、僕も見てみたいんだよね」

空になったハイボールのグラスの中で、カラリと音を立て、氷が崩れた。

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恋愛無精の瑞希に転機は訪れるのか?ゆとり世代vs団塊ジュニア世代の行方は。